「あれ……ここは……?」
王女様が目を覚ます。殺風景な木造の天井。シャンデリアが装飾された天井とは違う。眠そうな瞼を擦り、ゆっくり身体を起こした王女へ俺が声をかける。
「お、目が覚めたか。気分はどうだい?」
「え、貴方はハ……昨日の!」
今確かにハって聞こえましたよ、王女様。聞こえなかったフリをする俺は笑顔で声をかける。
「あの後、君、そのまま眠ってしまったんだよ? だからガーネットと、宿屋へ運んだのさ」
「え……あ……助けて下さいまして、ありがとうございました……って。あ、私……嗚呼~~」
突然王女は両手で顔を覆い、そのまま蒲団へ顔を埋めてしまう。どうやら昨日の出来事を思い出したらしい。林檎色に染まった頬を隠し、『あ~~』『う~~』と声にならない声をあげる王女。
「昨日、貴女はお酒に薬を盛られていたのよ? 強制的に幻惑作用と快楽を呼び起こす薬。私が薬の毒は中和しておいたから安心して。昨日の男共は警備の兵士へ引き渡しておいたわ」
「私……あんなはしたない事を……恥ずかしいです……」
王女の横へガーネットが座り、背中をさすってあげる。そのまま頭を撫でてあげると、王女はやがて落ち着きを取り戻す。
「怖かったでしょう。もう大丈夫だからね。私の香りは強力だから、薬の副作用も心配ないわ」
「お姉さん、お兄様、ありがとうございます……」
王女が身体を起こし、お辞儀をする。
「気にするなって。君が無事でよかったよ。そう言えば、君の名前を聞いてなかったな。君、名前は?」
「え? 名前ですか……えっと。パ……パフェです! パフェ!」
パフェねぇ……美味しそうな名前だな……。俺がどう返そうか考えて居ると、ガーネットが彼女へ優しく問いかける。
「パフェちゃん、よろしくね。私はガーネット。こっちはハルキね」
「よろしくお願いします、ガーネットさん、ハルキさん」
俺とガーネット、順番に王女が握手を交わしたところで……。
「で、そんなパフェちゃんはどうして変装までして、お城を抜け出し、あんな宿屋へ一人で居たのかしら?」
「え……!?」
ガーネットが笑みを浮かべたまま問い質すと、王女の顔が一瞬強張る。が、すぐに作り笑いを取り繕う。
「な、何を言ってるんですか? ガーネットさん?」
「ごめんね。寝ている間に眼鏡を取ったの。でも今の貴女は見えている。普段から眼鏡かけてるなら、起きた時に探すでしょう? それに、美しい金髪は、貴女のトレードマークでしょう、
ガーネットがその名を告げると、王女は観念したのか、黒髪のかつらを取り、束ねていた
「そうですか……バレちゃっていたんですね」
「王女様。俺達の事も気づいてますよね。いつもうちの〝なんでも屋〟をご贔屓にしていただき、ありがとうございます」
軽く舌を出した王女の前で跪き、お礼を言う俺。王女は微笑んだまま俺へ声をかける。
「顔をあげて下さい。ハルキ様。私にとって、あなたは星の王子様なんですから」
「へ?」
突然〝様付け〟。しかも、王女からの王子様発言に戸惑う俺。ガーネットは横で軽く噴き出す始末だ。
「私が昨日、宿屋へ居た理由。それは貴方ですよ、ハルキ様」
「あの……意味が分からないんですが……」
そう言うと、王女は立ち上がり熱弁を振るい始める。
「先日、貴方のお店に立て掛けてあった看板を見て私、戦慄しました! だってしばらく休業って有り得ないですから。貴方の仕事振りを影からこっそり拝見する事が日課なんです! その凛々しい御姿を拝見出来なくなってしまうなど言語道断。すぐに調べて今日貴方がアルシューネへ旅立つ事を知りました。そして、こうして追い掛けて来たという訳です」
あのー、色々突っ込みどころ満載すぎるんですが。何この王女様のストーカー発言? 俺、王女様に何かしたっけ?
「えっと、王女様。同じ
「嗚呼、それなら王家ご用達の緊急時に使われる転移魔法陣を使いました故、楽勝でした」
いやいや、緊急時に使う魔法陣を私用で使わないで下さい。
「それより貴女が抜けた事でお城、今大変な事になってるんじゃ?」
「あ、そこは
なんとかならない気もするんだが……と思っていると、ガーネットが補足説明を加えて来た。
「その爺やなら王女様からの依頼の報酬を受け取る際に何度か逢った事あるわよ? 今は王女様のお世話係兼護衛役のようね。何でも現役時代は騎士団長を務めていたスーパーお爺ちゃんらしいわよ」
スーパーお爺ちゃんねぇ。あれだ、脱ぐとムキムキなお爺さんだったりして。
「まぁ、そう言う事です。旅は道連れ、星は情けです。さぁ、ハルキ様。私を一緒に連れていって下さい!」
「だが断る!」
途端に今にも泣きだしそうな表情となるパテギア王女様。
「どうしてですか!?」
「実は俺とガーネットは旅行でアルシューンへ行く訳ではないんです。パテギア王女様を危険な目に合わせる訳にはいきません!」
「それなら心配要りません。だって、ハルキ様が守って下さるもの……」
頬を赤く染める王女様がモジモジしつつ俺に迫る。あのー、誰かこの子に媚薬盛ったりしてないですよね? そんな事を考えていると、部屋の窓へ何かが衝突したかのような音が聞こえる。続けて窓をノックするような音。何事かと窓にかかる暖簾を掻き分け、部屋の窓を開ける。
「え? 鷹?」
遮蔽物がなくなった事で、鋭い嘴に何かを咥えた白い毛並の美しい鷹が部屋へと侵入する。部屋の中をゆっくりと旋回し、咥えていた手紙らしきものを床へと落とした。
「ゴンザレス! どうして!?」
「ゴ、ゴンザレスだって!?」
鷹はパテギア王女の肩に大人しく乗っている。
「その鷹。報酬や依頼のやり取りをする際にいつも接触してるわ。王家ご用達の鷹よ。どれどれ……あら、さっき話題にしたスーパーお爺ちゃんからよ!?」
「え? スミスから? 何かしら?」
ガーネットが手紙を読み始める。文字を追っていく内に彼女の表情が曇り、次第に真剣な眼差しへと変わっていく……。
「ガーネット、何が書いてあったんだ?」
「ハルキ。その子、このままアルシューンへ連れていくわよ」
王女様もガーネットの口から突然出た発言に驚いた様子だ。ガーネットは羊皮紙で出来た手紙を俺に渡しつつ、こう告げる。
「ガーネット、どうして?」
「……パテギア王女は今、誰かに
燻っていた火種はやがて大きな炎となりて、国家を揺るがす事態へと広がっていく。
どうやら俺は、知らぬ間にとんでもない事件へと巻き込まれてしまったようだ。