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15 橘悠希③ 媚薬~混沌胡椒~

「くそっ、君、そのままじっとしてろ!」


 俺が走り出そうとすると、モヒカン男が行動に出る。


「キシャシャシャァア! この嬢ちゃんがどうなってもいいのかい?」

「お兄さん……なんだか胸が熱くて……あの……どうしたら気持ちよくなれるんですか?」


 モヒカン野郎は、さっきの女の子の喉元へナイフを突きつけて舌なめずりをしていた。ナイフを突きつけられている状態にも拘わらず、女の子は下半身をモジモジさせつつ愉悦の色を浮かべている。


「様子がおかしい……どういう事だ!?」

「……教えてあげるわ。ハルキ、先日捕えたあの商人が売り捌いていた混沌胡椒カオスペッパーよ」


 先程迄の扇情的な態度とは打って変わって、服のボタンを正し、何事もなかったかのように立ち上がる守護者ガーネット。守護者のお姉さんは俺に違和感の正体を告げる。


「ま、待て。姉ちゃん……どうして普通に立ち上がれる……んだ?」

「あら、残念だったわね。私はね。〝香り〟に耐性があるのよ? スプレー・・・・にはちょっと驚いたけどね」


 俺に斬り捨てられ横たわる騎士男がガーネットを訝し気に見上げるが、肩を竦めてみせる彼女。そう、彼女は香りに意匠を籠め魔法として放つ〝芳香の魔術師〟。よって彼女は精神操作や眠り、毒、麻痺、混乱といった状態異常に耐性があるのだ。


「キシャァアア! 姉ちゃん、それ以上動くとこのお嬢ちゃんの命は……な……いぜ……」

「残念だけど、チェックメイトよ。創星魔法、援助力・ムーンミールオドル」


 気づくと甘い桃色の霧が周囲を包んでおり、騎士野郎、狼野郎、モヒカン野郎のゲス冒険者達は上半身からくずおれ、そのまま眠りに落ちていく。


「あのぅ……お兄様ぁ~~。この胸の高鳴り、もう止められませんわ……♡」

「混沌胡椒……そうか。さっきのお酒に混ぜてこの子にも……」


 虚ろなままの女の子を助け出すと、見上げた少女は潤っとした瞳で俺を見つめる。


「心配しなくても、あとで私の香りで中和させてあげるからね。ゆっくりおやすみ、子猫ちゃん」


 ガーネットが少女の双眸へ手をかけると、安心した面持ちでそのまま彼女は眠りに落ちていく。


「どうやら潜んでいる闇は思っていた以上に出回ってるみたいだな……。……ガーネット、無事かい?」

「もう、遅いよハルキ。もう少しで私、穢れてしまうところだったわ。でもさっきのハルキ、かっこよかったから許してあげる」


 俺の腕へ素早く両腕を絡める彼女。俺はゆっくり息を吐き、彼女へ問う。


「なぁ、ガーネット。さっきの。催眠にかかったフリしてたろ?」

「あ、バレた? てへぺろ!」


 この後、彼女をジト目で見たのは言うまでもない。




********




「さて、この子どうしようか……」

「この子、どうしてあんな酒場に一人で居たのかしらね?」


 そのまま放っておく事も出来ないため、宿屋へ女の子を運んだ俺とガーネット。彼女はベットの上で、気持ち良さそうに寝息を立てている。


「とりあえずコートくらい脱がせてあげようか。あと眼鏡も」

「さっきのゲス野郎共みたいに、そのまま襲ったらだめよ?」


 ガーネットの言葉はスルーして、コートを脱がしてあげると、綺麗なシルクのローブ姿が露わになる。


「このローブ、魔法耐性の保護魔法がかかってる」

「本当ね。一流の冒険者か上流階級じゃないとこんな服買えないわよ?」


 恐らくこのローブ、ラピス銀貨十枚相当――つまりはラピス金貨一枚かそれ以上の代物だ。

 冒険者に見えない出で立ちからして、上流階級出身? そう思いつつ、眼鏡を取ってあげると可愛らしい素顔、少女の寝顔が露わになった。


 ん? この顔どこかで……。

 なぜか少女の顔に既視感を覚える俺。


「んん……ハルキ様……」


 ちょっと待て!? この子、今、なんて言った?


「待って。この子まさか……!?」


 何かに気づいたのか、ガーネットが少女の黒髪をそっと掴むと、黒髪がすっぽりガーネットの手に収まり、少女の頭は束ねた状態で隠されていた美しい金髪ブロンドヘアーが、宝箱を開けた瞬間輝き出した財宝のように煌めきを放っていた。


「おい、これって……」

「パテギア王女様!?」


 目の前で眠る少女は紛れもなく、トルクメニア国第一王女パテギア・トルクメニアンその人であった。いつも何故かガーネットを通じ、俺のなんでも屋へ極秘依頼をして来る王女様。皇族のイベントでお目にかかった事はあるが、こうやって間近で見るのは初めてだ。綺麗な顔立ち、ミルク色の肌は艶やか。普段はプリンセスドレスを着ている彼女がどうしてこんなところに居るのか……。


「ともかく、どうして王女様がこんなところに居るのか、ご本人に尋ねるしかなさそうだな」

「そうね。何せさっき、寝言でハルキ様って呼んでたしね」


 『王女様に気に入られるなんて早々ないわよ』とでも言いたげな俺のパートナー。


「いやいやいや。そういう問題じゃないだろ。王女様居なくなったって、早く返してあげないと明日大変な事になるんじゃ……」

「うーん。何か訳ありみたいだし、そこまで緊急事態にならない気もするわよ?」


 と、楽観的なガーネット。大丈夫なのか、これ? 考えても仕方がないし、とりあえず今は大人しく眠る事にしよう。


「王女が一つベット使ってるし、俺はそこのソファーで寝るよ」

「えーー。こっちのベットで一緒に寝ましょっ、ハルキ。嗚呼……さっきの媚薬・・の効果が今頃……ねぇ、疼くの……王女の横で……私を冒し……ちょっと無視しないーーそこーーーー!」


 俺は毛布を一枚包まり、発情するお姉さんを放置して横になるのであった。


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