俺が営む〝なんでも屋〟入口の扉には『しばらく休業します』の看板を掛けておいた。
数日分の着替えと移動用の非常食、冒険用の
「あらー。ハルキさん、ガーネットさん、おはようございます。あら? 今日は荷物が多いのですね。ご旅行ですか?」
庭のお掃除が日課のお隣さんエルフ、ルルシィさん。彼女の振り撒く笑顔は近所でも評判だ。
「ルルシィさん、おはようございます。今日もいい天気ですね。ちょっとしばらく家を空けるので、よろしくお願いします」
「御察しの通り、ハルキと旅行なんですよ。ルルシィさんにはお土産、買って来ますね」
しっかり俺の右腕に両腕を絡め、恋人アピールを全面的に披露するガーネット。君は守護者だろう、と後で問う事にしよう。
「あら嬉しいーー。ありがとうございますーー。道中お気をつけてーー」
仲睦まじい様子の俺とガーネットをルルシィさんが見送り、俺達は、探し人を求め、一路隣国アルシューン公国へ向かうのである。
今回利用する移動手段――――
上級魔族が扱う転移式の創星魔法や国家間での緊急時に使われる転移魔法陣も存在するが、普段一般の冒険者が扱う事はまずない。国内の移動は基本馬車や
「俺の加護には残念ながら、そういう便利機能はないんだよなぁーー」
「いいじゃない。ハルキは炎出し放題だし。野営には困らないし、料理もし放題じゃない」
ガーネットが横から俺にフォローを入れる。何か貴重な〝創星の加護〟の無駄遣いなような気もするが。指先へ炎を出し、すぐに消す。俺煙草も吸わないからなぁー。と色々持ちネタの
幌牛車はトルクメニアとアルシューンの国境付近を目指す。元の世界で言うバス停のような停留所が幾つか存在し、途中、一日目は宿場町、二日目は関所前のキャンプにて過ごす事となる。アルシューン公国の王都、アルシューネまでは計五日間の移動となる。
「俺が住んでた世界みたいに、新幹線や飛行機みたいなものがあれば速いんだろうけどなぁーー」
「ハルキの住んでいた世界の文明はかなり発展していたものね。創星魔法がないのはとっても不便だけど、あちらは娯楽がいっぱいで色々楽しめそうな世界だったわ」
文明の利器に今更ながら感謝する俺。この日は一緒に同乗する冒険者も居らず、そのまま一日目の宿泊地、ウエストルク宿場町へと到着するのである。
「「乾杯~~~~!」」
ウエストルク宿場町の酒場。トルクメニアとアルシューンを結ぶ中継地点なだけあって、冒険者や商人を中心としたお客さんで賑わっている。銀の器に並々注がれたエールを口に含むと、独特のフルーティーな香りが口の中に広がった。
「はぁーー生き返るわー。ひと仕事終えた後のお酒は最高ね」
「ガーネット、今日は移動だけで何もやってない気がするんだけど……」
いい飲みっぷりのガーネットをジト目で見つつ、テーブルに置かれた焼いた
「移動も疲れるわよ。もうちょっと幌牛車の乗り心地が良ければいいんだけどねぇ」
「たまにはこういう旅も、俺はいいと思ってるよ」
メイン街道は整備されているとはいえ、幌牛車は元いた世界の自動車や電車のように安定している訳ではない。車軸は魔法によって強化されているため、直接震動が伝わらない分まだマシとは言えるが。しかし、こういった長距離移動も、俺にとっては異世界らしい冒険で、朝から胸が躍動している。
「え? 何々? 私との旅行に胸が高鳴っているのしから? エールおかわり~~!」
「あんまり飲み過ぎると明日に響くよ?」
俺に顔をずぃっと近づけるガーネットは既にほんのり夕焼け色に染まっている。彼女は結構お酒を飲むため、夜遅くまで付き合わされる事もしばしば。
「旅は続くのよ。こうやって鋭気を養わなくてどうするの。ほ~ら、ハルキ。今夜は寝かさないぞ♡」
俺の横へ移動したガーネットが柔らかな果実を押しつけて来る。
「ちょっと、止めてってばガーネット」
「もう~~。ハルキったら、可愛い」
お姉さん、完全に酔ってますよね? 今日は彼女が酔い潰れて眠る事を祈ろう。そう俺が心の底で願っていると、奥の席から男達の声が聞こえて来た。何やらレザージャケットと帽子を被った眼鏡の女の子に絡んでいる。
「お嬢ちゃん。こんな酒場に一人は危ないぜ? ほら、お兄さん達がジュースを奢ってやるから飲みな?」
「い、いえ、私は間に合ってますから」
騎士の格好をした大男、モヒカンに坊主頭、寒くないのか心配になる位露出度の高い格好の男。狼頭に片目眼帯をした狼人族の三人が、一人座っていた純粋そうな女の子へ迫っている。
「キシャシャシャシャ! 俺らと楽しもうぜ! そう言わず飲みなって!」
「え? ま、待って下さ……んぐ……ごぼ……」
熱い液体が彼女の咽喉を通過する度に、流し込まれる際の喉音がこちらにまで聞こえ漏れる。モヒカン男の手により強引に果実酒を流し込まれる女の子。これは明らかに危険な香りのするやつだ。
「さぁ、お嬢ちゃん。君はこの後、おいら達といい事をするでやんす? 分かったでやんすか?」
「かはっゴホッ……これ……ジュースじゃないです……」
無理矢理果実酒を飲まされた女の子が咳き込んでいる。これ以上は不味い。しかし、俺が立ち上がろうとする前に、既に見覚えのある影が動き、男共が囲むテーブルの前へ立っていた。
「ねぇ~~、その子、嫌がってるじゃない? 離してあげたら? 大人しくするなら、代わりに私がいい事してあげてもいいわよ~~?」
(あっちゃーー! ガーネット……完全に出来上がっちゃってるよ……)
「なんだよ、姉ちゃんが俺達と遊んでくれるのかい?」
「キシャシャシャシャァア! こりゃあとんだ痴女が舞い込んで来やがった!」
「へっ、今日は楽しい夜になりそうでやんすなぁ~」
「ねぇ~~? ここだと人目が気になるでしょ? 外へ行きましょ?」
俺の方へ一瞬目配せをし、会計を済ませて外へ出ようとするガーネット。あの目配せは『あとはよろしくね』と言ったところだろう……。突然舞い込んで来た厄介事に嘆息を漏らし、一人残された女の子へ駆け寄る俺なのであった。