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Ⅲ 水戟創造 09 栗林芽衣① 猫舌のセクハラ道化師

 此処、極創星世界ラピスワールドには魔法が存在する。

 私達が触れている大気成分の中に存在する、可視出来ない星屑スターマナ

 星の欠片を集め体内の魔力と練り上げ、自身の持つ力を具現化する事で、創星魔法が完成する。

 個々により能力差があるため、その者が持つ魔力と器用さの数値と、扱える魔法のランクは比例する。


「創星魔法、炎熱力――インカローズ!」


 私の眼前にある魔力変換装置マナコンロに火が点り、暫くすると大鍋がコトコトと踊り始める。インカローズは、ある程度の魔力があれば、加護がない一般市民でも扱える初級創星魔法だ。最も魔力がない者は、魔力変換装置へ魔力を抽出するため蓄魔回路チャージチップを使うのであるが。


「向こうの世界みたいに、百円ショップで電池が売られる世界ではないのよってね」


 独り言を呟きつつ、とあるお肉・・・・・を炒めた後、一旦別皿へ移し、鍋に具材を放り込み、沸騰させて煮込む。


「ふんふーん♪ 今日はちょっと贅沢料理~~♪」


 鼻歌を歌いつつ、料理を作る私。今日は街外れにある迷宮ダンジョンでミノタウルスの肉を入手したため、青空市場マルシェで仕入れたコルリ粉とエメラルドリーフ、ラピス芋で創るミノタウルスコルリアだ。


 名前は違えど、作り方は元居た世界のそれカレーとさほど変わらない。始めは強火で煮込んで、途中別皿へ分けていたお肉を投入。灰汁を取って火加減を調整、一旦火を止め、コルリ粉と香辛料で味を調節。具材に味が染み込み、柔らかくなるまで再びじっくりコトコト煮込む。


「いい香りがして来たじゃないか」

「ひふぅ!」


 突然耳元で囁かれたため、素っ頓狂な声をあげてしまう私。こんな事をする相手は一人しか居ない。

 私――メイ・ペリドッドと契約した創星の守護者、トルマリンだ。


「ちょっと、突然耳元で囁かないでよっ! びっくりした拍子にコルリアが服についちゃうじゃない!」

「汚れても替えの衣装ゴスロリメイド服なら幾らでもある。何ならここで着替えても……熱っ!」


 木杓子きじゃくしで熱々のコルリア を掬い、青年エロ猫の口元へ流し込んでやる。後方へ飛び跳ねた青年はそのまま黒猫姿へと変化する。


「オイ! 我ガ猫舌・・ダト知ッテイルダロウ!」

「いや、知ってるからやったんでしょう? 大人しくしてないと晩御飯抜き・・・・・にするわよ?」


 抗議をするトルマリンに臆する事なく優しく微笑みかける私。全身を震わせた黒猫は観念したのか私の言葉に従う。


「ショウガナイ……大人シクシテイル……」

「分かればよろしい」


 一年も経つと、守護者パートナーの扱いにも慣れて来るものだ。我ながら感心する私なのである。尚、彼が以前教えてくれたのだが、黒猫姿の際トルマリンは脳に直接語りかけるため、言葉が片言に聴こえるのだそうだ。彼が流暢に喋っているトキ、それは即ち黒猫から青年姿へ変化した刻だ。


 鍛え抜かれた締まった肉。柔らかく煮込む事でミノタウルスの脂身部分と肉汁がコルリアのルゥへと溶け出し、より野生的でかつ刺激的な味を体現出来る。魔獣を食べる事なんて最初は躊躇したが、慣れてしまえば何の事はない。食材と調理方法さえ間違えなければ、こちらでも食事を愉しむ事が出来た。


「メイ、お前が創る料理は最高だな。やはり我の双眸に狂いはなかったようだ」

「んんんーー、美味しいわね。ミノタウルスの脂身がコルリアに溶け込んで、トロっとした食感と暴力的な肉の味。身体が蹂躙されてしまいそう。隣の国から取り寄せたって言うサウスレッド? この香辛料も利いてるわ! 刺激的な辛味が食欲をそそる」


 元の世界では、狂った母と一緒に食事をする事なんてほとんどなかった。木匙で温かいコルリアを口に含み、平穏な食事が出来るという幸せを噛み締める。


「メイのような者を正妻に迎える男は幸せだな」

「何よトルマリン、褒めても何も出ないわよ」


 そう言いつつも、ついつい口元が緩んでしまう。相手は守護者とは言え、今青年姿の彼はどこの誰が見ても分かる程イケメンなのだ。彼がエロ猫・・・かつ死神でなければ、もし彼にこの場でプロポーズされたら受け容れていたかもしれない。


「本心から言っている。仕事のパートナーとしても、人生のパートナーとしてもお前は有能だ」

「そう言いつつ、あんたの趣味通りの容姿に変化させたのが一番の原因でしょう?」


 私はモグモグタイムを継続しつつ、双眸を細めて彼を見据える。彼は黙って立ち上がり、私の背後へと回り込む。何よ、肩口から抱き締められても私は落ちないわよ?


「我が好みに開発した箇所は、此処・・だけだ」


 トルマリンの甘声が耳元で囁かれ、全身の毛穴がゾクっとするが、その直後、彼の両手が私を包み……込む事なくゴスロリ衣装の上から生前より実った林檎サイズの果実を鷲掴みにしたものだから、一瞬私の中でトキが止まる。私の形相はみるみる憤怒の化身のソレ (死神の前で) へと変わっていった。


「このまま我に身を任せてもいいん……」

「このエロ猫がぁあああああああ!」


 私の拳は彼の顎へと減り込み、彼はそのまま宙を舞ったのである。



********


「先程ノ行為ハ、オ前カラノ愛情表現トシテ受ケ取ッテオク」

「どうやったらそういう解釈になるのよ……」


 月明りの下、黒猫を肩に乗せた私は嘆息を漏らす。このエロ猫、死神の癖にプラス思考である。


「今日ノ獲物ハ闇市場ト繋ガッテイルラシイ行商人ダ」

「そう、大した相手じゃ無さそうね」


 街外れにある迷宮ダンジョンで刈る魔物や魔獣の方がよっぽど相手になる。しかし、この世界が混沌としている以上、私は審判を下さなければならない。


「奴ダ、来タゾ」

「ええ、分かっているわ」


 酒場から出て、宿屋へ帰る途中の男。ターバンに黒衣を纏う、褐色肌の行商人。彼もまた人間だ。人気のない通りへと入ったところで、私は男へ声をかける。


「創星の加護の下、審判者はの者へ継ぐ。汝の罪は正義か悪か?」

「んだぁ~~? 姉ちゃん、何か用かぁ~~~~?」


 背後からの呼び掛けに振り返る酒に酔った男。

 私の背後、月光へ導かれるがまま、今日も白銀の天秤が君臨する。

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