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08 橘悠希④ 少しは戦場で踊ってくれよ?

「なっ、何が起きたんだ!」


 倉庫の端より戦況を見つめていた行商人が驚くのも無理はない。俺の槍擊は一瞬にして、並の重鎧じゅうがいよりも硬いミノタウルスの腕を斬り飛ばしたのだ。しかも斬り落とされた腕は、鉄板の上で焼かれる蛸足のように炎に包まれ踊っている。腕を失ったミノタウルスの心臓へ槍を突き立て、二体目の頸を続け様に刎ね落とす。


 そして、眼前に迫る最後の一体へ向け、槍先を向ける!


「少しは戦場で踊ってくれよ? 火星焔槍マーズスピア――火山爆焔舞オリンポス!」


 槍先が魔獣の体躯に刺さった瞬間、爆音と共に燃え上がる肉片が弾丸となりて倉庫内へ飛び散る。焼け焦げた音と共に、肉の焼ける香りが周囲へ充満していく。自身の眼下へ突如飛来した火炎弾魔獣の肉片に悲鳴をあげるは行商人。二歩、三歩、後ずさりし、倉庫の壁へと男の背中が触れる。


「あんたには聞きたい事があるからな。すぐには粛清しないから、安心しな」

「ひぃっ……な、何をする気だ……!?」


 男は恐怖に身体を震わせ、酷く狼狽している。


「そんなに怖がらなくていいのよ? これからじっくり時間をかけて、お姉さんが尋問してあ・げ・る♡」

「な……な、に……を……」


 男の意識はそこで途切れ、そのまま気を失ってしまう。ガーネットが眠りを誘う創星魔法、援助力・ムーンミールオドルを使用したのだ。


「さて、と。これで任務完了ね。あとは女王様へ受け渡して煮るなり焼くなりして貰いましょ!」

「それにしても相手を追尾する、眠らせる、真実を見抜く・・・・・・、仲間の潜在能力を引き出す……ガーネットの魔法……万能過ぎだよね?」


 絶対敵にすると厄介な魔法ばかりだ。彼女が味方でよかったとつくづく思う。


「そんな事はないわよ? だって私、戦闘能力が皆無だもの。ハルキ、貴方が居てこそ私の力が引き立つって訳よ」

「まぁ、そうかもしれないけど、いざという時は守護者の力・・・・・もある訳だろ?」


 彼女がその力を開放したところをまだ俺は見た事がない。彼女は俺へ向けて片目を閉じ、軽くウインクする。


「それはとっておきよ。いつか来るべきトキまでのお楽しみって事で」

「ガーネット、君が最強のお姉さんに見えるよ……」


 彼女には逆らえない。そう思う俺なのである。



********


 この世界へ来て一年、まだ探し人・・・は見つかっていない。

 ガーネットによると、俺が前の世界で好意を寄せていた相手――栗林芽衣くりばやしめいは確かにこの世界に存在しているという。俺の場合は転移だったが、彼女の場合はあの日命を失っているため転生となる。


 広大な世界でたった一人の人間を見つけ出すなど至難の業。ましてや転生した際、容姿すら同じとは限らないというのだから、雲をも掴む作業だ。


 だから俺は、なんでも屋を開いた。この世界の事を知り、彼女へ繋がる情報を集める。そして、戦闘をこなす事で、創星の力を自分の物とし、彼女を守る力を手に入れる。それが俺の目的であり、行動原理だった。


「やっぱりあの行商人、魔族と繋がっていたみたいよ」

「そうか……」


 数日後、ガーネットから報告があり、俺は頷いた。魔族が裏に潜んでいる。そんな事実を聞いても、俺の心は上の空。この時、俺の正義感は迷子になっていた。


「あら、なんだか元気ないわね? どうかした?」

「なんでもないよ」


 俺は服を着たままベットへダイブする。すると、あろう事かガーネットは、バスローブのような部屋着姿で俺の上に馬乗りとなる。


「もう、またあの子の事考えてるでしょ?」

「別にいいだろ?」


 ガーネットが俺をまっすぐ見つめる。彼女の衣服の隙間から桃色の布地が見え隠れする。


「つれないわねぇ……これだけずっと一緒に居るのに、お姉さんの誘惑に屈しないなんて信じられないわ」

「……やめてくれよ、ガーネット」


 彼女の果実が目に入らないよう視線を反らす俺。慣れて来たとは言え、転移前、高校生だった俺にとって彼女の肢体は目に毒だ。


「しょうがないわね。そんな憂鬱なハルキ君に、お姉さんがビックニュースをお伝えしましょう」

「ビックニュースねぇ……」


 彼女と目を合わさないまま、俺は適当に相槌を打つ。


「行商人と繋がっている可能性がある魔族を調べていたんだけど、隣国アルシューン公国で、面白い事例を見つけてね」

「ん? 面白い事例?」


 俺がベットから身体を起こすと、ガーネットは俺の隣に座る。


「アルシューン公国で、悪事を働く者が消失・・する事件が起きているらしいの。どうやら〝審判の魔女〟が悪を裁いているって噂が流れているわ」

「審判の魔女? 悪を裁くのに魔女って、何か皮肉めいてるな」


 それのどこがビックニュースなのか、俺にはまだ分からなかった。


「魔女の姿を実際に見た者が居ないから、あくまで噂話なんだけどね。でも魔女は確かにアルシューン公国に住んでいる。そして、日々悪を裁いている」

「どこの国にも俺みたいな事をしている正義の味方が居るもんだな」


「問題は此処からよ。その魔女の傍には黒猫が一緒に居るらしいの。それで私はピンと来たわ!」

「んん……話が全く見えないんだけど……」


 魔女と黒猫。なんとなく街で宅急便でもして居そうな響きなんですけど……。


「私が創星の守護者・・・・・・って話は前したわよね? 居るのよ、黒猫が! 創星の守護者の中に、普段文字通り猫被ったキザな野郎が!」

「え? ガーネットと同じ創星の守護者だって!?」


 ようやく俺は彼女の顔を見た。彼女は長い睫毛をカールした大きな紅い瞳を俺に向け、笑みを浮かべる。


「知っての通り、創星の守護者はね。創星の加護を与える事が出来るの。あの猫とは此処数百年会ってなかったけど、最近まで契約・・をしていなかった筈なの。もし、あの黒猫が誰かに加護を与えたとすれば……」

「それは転生者か転移者の可能性があるという訳か!? 凄い、ビックニュースだよ、ガーネット!」


 俺と同じ〝前の世界〟から来た者が隣国アルシューン公国に居るという事が分かった。これは本当にビックニュースだった。俺はあまりに嬉しくて、思わずガーネットに飛び掛かり、ベットに押し倒してしまう。


「無邪気なハルキ、可愛いわね」

「んんっ、ガーネット!」


 軽く彼女の柔らかい唇が一瞬触れる。突然の事に目を丸くし、池の鯉のように飛び跳ねる俺。そのまま彼女はベットから飛び降りる。


「今のは事故・・って事にしときなさい。お姉さんは、いつでも待ってるぞ」

「揶揄わないでくれよ、ガーネット」


 俺の左胸が熱を帯びて脈打っている。

 この時、ウインクをする彼女が妖艶な悪魔に見えてしまった事は言うまでもない。

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