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07 橘悠希③ 牡羊座の加護★

 夕刻、行商人は並べていた香辛料や商品を纏め、風呂敷のように包み上げ、街の通りを後にする。


 人気のない、整備されていない街の外れを歩く行商人。だんだんと家のない場所へと進み、昔農場だった場所、空となった倉庫跡地へと到着する。古びた扉を開けると、非常用魔力電源を入れる。天井に灯りが燈ると、そこには黒いジャケットを着た一人の男が立っていた。


「遅かったな」

「無理を言うな。これだけの荷物抱えて歩く私の身にもなってくれ」


 大風呂敷を地面へ置き、肩から掛けた鞄から何かを取り出す行商人。謎の男は行商人へと近づく。


「中身を確認する」

「嗚呼、気をつけろよ? 高級品だ」


 男は商人の鞄から麻袋を取り出す。袋の中には大量の黒い粒。見た目、黒いダイア黒胡椒のようにも見える袋の中身。しかし、これは黒胡椒ではなかった。


「間違いないようだ。確かに受け取った。報酬をやろう、でもその前に……」

「おいおい、ちゃんと報酬のラピス金貨十枚。くれないと困るぜ?」 


 男はジャケットの懐から報酬を取り出そうとしたが、その手が止まったため、行商人がその様子に抗議する。


「嗚呼、報酬はやる。だが、その前にアレ・・をなんとかしろ!」

「ちっ、付けられてはなかった筈だが……」


 黒ジャケットの男と行商人が左右に散開すると、倉庫の入口より中央へ一直線に放たれる赤い閃光。閃光は燃え上がり、倉庫中央を一気に染め上げる。


「なぁ、その袋に入ってるもの、俺に見せてくれないかい?」


 笑顔で俺はゆっくりと倉庫内へ入る。閃光と同じ燃え上がる紅色の短髪を逆撫で、刀身に炎を携えた槍を地面へ突き立てる。俺の横には花柄刺繍の衣装を身につけた町娘姿のガーネット。


「あの時のお嬢ちゃんか。俺は此処で黒いダイア黒胡椒を売っていただけさ。ほら、これを見ろ」


 行商人は自身の鞄から黒い粒の入った袋を一歩一歩近づく俺に向け見せる。遠目だと黒胡椒に見えるその袋。これだけでは証拠にはならない。普通なら……。


「あなたは今、を吐いていますね? 私の香りの前では誤魔化しは聞きません。差し詰めその袋の中身は本物の〝黒胡椒〟。しかし、取引相手が懐へ仕舞った黒い袋は〝混沌胡椒カオスペッパー〟あたりでしょう?」


 混沌胡椒カオスペッパー――擦り潰し、粉として振りかけるだけでも強力な幻惑作用を与え、体内に服用すると強烈な快楽を与えるこの世界の麻薬。中毒性があり、国家間でも取引が禁止されているため、闇取引の場で売買される事が多い。人の言葉を話す魔族が闇市で取引する嗜好品の一つともされている。


「お嬢ちゃん、下手な正義感で詮索しては、死を招くぜ?」

「あら? 死を招くのはどっちかしら? 魔族・・と取引している貴方こそ、早死にするわよ?」


 倉庫内にいつの間にか仄かな花の香りが広がっている。しかし、香辛料を大風呂敷に抱えた行商人は気づいていない。黒ジャケットの男は行商人と俺達の会話を見届け、口を開いた。


「おい、この場は任せるぞ。報酬はお前が生きて帰った時に渡す」

「なっ、ちょっ待てよ!」


 黒ジャケットの男が突然宙に浮いたかと思うと、突如黒煙に包まれる。俺が槍先より赤い閃光を放つが、男を包む煙に炎がぶつかる頃には男の気配は既に消失していた。


「ちっ、逃げられたか」

「ハルキ、大丈夫よ。それよりこの男を捕まえましょう」


 ガーネットは余裕の表情で俺に向かってウインクをした。報酬が受け取れず眉根を寄せていた行商人だったが、後が無いと分かった男は背負った荷物を地面へと置き、表情を変える。


「世界を渡り歩いた行商人を嘗めて貰っては困りますなぁ」

「その様子、罪を認めたというのかしら?」


 ガーネットが行商人へ向け笑みを浮かべると、中央へ歩み出た男は鞄より何かを取り出した。


「罪? 私は商売をしていただけですよ? 商売の邪魔をして貰っては……困るんだよ!」

「くっ、ガーネット、下がってろ!」

「分かったわ!」


 男は鞄より巻物のようなものを取り出し、素早く広げる。指を噛み、赤い血で巻物へ一文字を描くと、巻物が禍々しい紫色の光を放ち始める! ガーネットは離れた場所へと退避する。


 巻物スクロールは魔獣や魔物、精霊を召喚する際によく用いられる。行商人は自身の血と魔力とを引き換えに、何かを召喚しようとしていた。


「その赤い髪と紅い瞳。なんでも屋のハルキ・アーレスだろ? 知ってるよ。表では仕事の手伝いや、荷物持ちに人探し、人助けをしている街で人気者の青年。しかし、裏では悪事を働く者を粛清する〝正義の使者〟だって噂だぜ」

「なんだ、俺ってそんなに有名人?」


 行商人の前で紫色の光が実体・・を持ち、一本の角を携えた黒光りする筋肉質な体躯が出現する。その数三体。高位種ハイグレードの魔獣――闘牛型の魔物、ミノタウルスだ。


「嗚呼、そんな有名人が死んでしまう姿をこんなところで拝めるなんてなぁ」

「ちっ、やるか。牡羊座の加護――火星焔槍マーズスピア!」


 俺の持つ槍の刀身が灼熱色に染まる。槍を振り翳すと、一直線上に迸る閃光が地面を奔る! 行商人の前にミノタウルスの一体が立ちはだかり、燃え上がる炎を受け止める。残りの二体が大地を震動させつつ、俺に向かって走り、拳を振り下ろすが、既にそこには俺の姿はなく……。


「そんなに遅いんじゃあ、俺に傷ひとつつけられねーぜ?」


 ミノタウルス二体の脇腹を斬り裂き、紫色の液体が飛び散る。攻撃を放った相手を見つけた魔獣が俺を蹴り上げようとするが、そのまま膝の上に乗り、高く飛び上がる。魔獣の肩口に槍を突き立てると、肉の焼け焦げたような香りが辺りに充満する。


「グモォオオオオオオオオオ!」


 ミノタウルスが奇声をあげると、倉庫の隅に移動していたガーネットが俺に声援を送る。


「ハルキその調子! 今日の晩御飯はトナカイコルリアから、ミノタウルスコルリアへ格上げよ!」

「三体倒すこっちの身にもなってくれよ!」


 二体目の腕を焼き斬りつつ嘆息を漏らす俺。動きは鈍いがミノタウルスの攻撃力と防御力は高位種を彷彿とさせるものなのだ。それを証拠に拳が減り込んだ地面は抉れ、炎を纏った槍による攻撃も致命傷にはなっていない。


「もう、しょうがないなぁー。お姉さんが力を貸してあげるわ。創星魔法、援助力・グラジオラスオドル!」


 刹那、気持ちを落ち着かせるような甘い香りが鼻腔から体内へと入って来る。眼前にはミノタウルスの右腕、その場にもし観客が居たのなら、俺の頭が潰れたと思ったであろう。しかし……。


 俺は眼前に迫る拳を片手で受け止める。刹那ミノタウルスの片腕は、閃光と共に宙を舞ったのである。



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