「異世界でもこんなに美味しい珈琲が飲めるとは思わなかった」
これは一年前、この世界に来て初めて珈琲を飲んだ際、俺が漏らした感想である。今日も俺は、自室のテーブルに乗ったカップを手に取り、リビングにて珈琲を嗜んでいる。苦味の中に酸味と後味が良いコクが残るこの珈琲は、俺が今住んでいるこの国の特産品だ。
「トルクメニアは資源が豊富だものね。首都トルクメニアンには、国南に位置するサウスドリームより採れる香辛料や珈琲といった嗜好品も豊富に届くからねぇー」
ブラウンヘアーを靡かせ、部屋のベットメイクをしていた女性が笑顔で話しかけて来る。
王宮のメイドさんがするようなヘッドドレス。綺麗な花柄の刺繍が特徴の民族衣装のような格好をした女性は、初めて逢った時のオフィスレディー姿からは想像出来ない格好だ。
「俺としては、これが一般市民の家庭にもちゃんと行き届いているのかがいつも心配なんだが」
「まぁ、お隣のアルシューン公国よりは資源も豊富だし、商業も盛んだし、まだ貧富の差は少ない方かしらね」
あの日、俺は此処、
「で、ガーネット。今日の
「ええ、なんでもとある行商人が魔族と繋がっているらしく、捕まえて来て欲しいのだそうよ?」
珈琲を飲み終えた俺は溜息を吐く。ちなみにガーネットと俺が呼んだ女性は、俺をこの世界へ連れて来た張本人である。
「あのさ、どうしてこんな街外れの
「お姫様一人の私情では城の兵士や軍隊は動かないものよ。だから、ハルキに頼んでるんでしょう?」
『まっ、私も一緒に行くから……ね♡』と彼女はウインクしつつ補足する。実際のところ、この世界ではまだまだ高級品である珈琲を毎日嗜む事が出来ているのは、王女様からの依頼による報酬があるからこそな訳ではあるが……。
「了解。じゃあ着替えて行きますか」
棚上に置いていた
「あらー。今日もお出かけですかぁー。お二人共いつも一緒で仲がいいですねぇーー」
「あ、ルルシィさん、こんにちは、今日も|いい天気ですね」
庭の掃除をしていた
「そうなんですーー。ルルシィさん。今日もハルキとお出掛けなの。ではでは、ご機嫌よう!」
「はい。ハルキさん、ガーネットさん、お気をつけてーー!」
お隣さんのルルシィさんにはガーネットと俺が恋人同士に見えるのだろう。借家とは言え、一つ屋根の下、男女が一緒に住んでいるんだから、そう思うのも無理もない。ガーネットは満面の笑みで軽くルルシィに会釈し、俺の手を引き、その場から離れる。
「ハルキ、こんな美しいお姉さんと一緒に住んでいるんだから、お隣さんに鼻の下を伸ばさないで貰えるかしら?」
「ちょっとガーネット! 腕引っ張らないで……」
行商人は地面へ敷物を広げ、街行く冒険者や市民へ香辛料を売っていた。気前良さそうな笑顔。ターバンを巻いた細身の男にこれと言って怪しい様子はない。
「これをいただこうかしら」
「おや、美しいお嬢さん。お目が高い。これはサウスレッドと言って、今話題の香辛料だよ。コルリ粉と混ぜ合わせると、よりアクセントの利いた美味しいコルリアが出来るんだ。他にも色んな料理に使えるよ」
俺の
「お幾らかしら?」
「一袋、ラピス銀貨一枚さ」
「じゃあ一袋買うわ」
「毎度あり!」
ガーネットがこの世界の通貨、ラピス銀貨を一枚渡す。尚、ラピス硬貨は世界共通の硬貨である。ラピス銅貨十枚分。元の世界ならばスーパーに並ぶメロンが一個買えそうなお値段だな。行商人に見えないよう路地裏に隠れていた俺は、迂回した後ガーネットと合流する。
「いい買い物をしたわ! ねぇ、ハルキ。今日の晩御飯はコルリアでいい?」
「嗚呼、それならトナカイ肉のコルリアでお願い……って、ガーネット。結果はどうだったの?」
さっき購入したサウスレッドの袋を見せつけ、紅い瞳を輝かせるガーネット。買い物をするため行商人と接触をして来た訳ではないのだ。
「ええ、ちゃんと
「じゃあ、その時が俺の出番だな」
腰には短剣、背中に槍を背負ったまま、ゆっくり俺は息を吐く。この世界へ来て一年、以前より躊躇いがなくなったとは言え、粛清の前は覚悟が居るのものだ。
「今日も格好イイところ、見せてね。ハルキ」
「はいはい。時間になったら行くよ、ガーネット」
そして、陽は傾き、夕刻を迎えるのだった――――