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06 橘悠希② ハルキ・アーレス★

「異世界でもこんなに美味しい珈琲が飲めるとは思わなかった」


 これは一年前、この世界に来て初めて珈琲を飲んだ際、俺が漏らした感想である。今日も俺は、自室のテーブルに乗ったカップを手に取り、リビングにて珈琲を嗜んでいる。苦味の中に酸味と後味が良いコクが残るこの珈琲は、俺が今住んでいるこの国の特産品だ。


「トルクメニアは資源が豊富だものね。首都トルクメニアンには、国南に位置するサウスドリームより採れる香辛料や珈琲といった嗜好品も豊富に届くからねぇー」


 ブラウンヘアーを靡かせ、部屋のベットメイクをしていた女性が笑顔で話しかけて来る。

 王宮のメイドさんがするようなヘッドドレス。綺麗な花柄の刺繍が特徴の民族衣装のような格好をした女性は、初めて逢った時のオフィスレディー姿からは想像出来ない格好だ。


「俺としては、これが一般市民の家庭にもちゃんと行き届いているのかがいつも心配なんだが」

「まぁ、お隣のアルシューン公国よりは資源も豊富だし、商業も盛んだし、まだ貧富の差は少ない方かしらね」


 あの日、俺は此処、極創星世界ラピス・ワールドという世界へ転移した。と同時に我が目を疑った。漫画やアニメ、小説で観るような世界が眼前にあったからだ。この世界、人間以外にも、魔族や亜人、様々な種族が暮らしている訳で、俺が住む家の隣にも、おっとり美人な耳の尖ったエルフさんが住んでいる。


「で、ガーネット。今日の依頼・・パテギア王女様・・・・・・・からかい?」

「ええ、なんでもとある行商人が魔族と繋がっているらしく、捕まえて来て欲しいのだそうよ?」


 珈琲を飲み終えた俺は溜息を吐く。ちなみにガーネットと俺が呼んだ女性は、俺をこの世界へ連れて来た張本人である。


「あのさ、どうしてこんな街外れのなんでも屋・・・・・にそんな仕事を頼む訳? 城の兵士にやらせたらいいだろ……」

「お姫様一人の私情では城の兵士や軍隊は動かないものよ。だから、ハルキに頼んでるんでしょう?」


 『まっ、私も一緒に行くから……ね♡』と彼女はウインクしつつ補足する。実際のところ、この世界ではまだまだ高級品である珈琲を毎日嗜む事が出来ているのは、王女様からの依頼による報酬があるからこそな訳ではあるが……。


「了解。じゃあ着替えて行きますか」


 棚上に置いていた銀の胸当てシルバープレートを身につけ、ベルトには短剣、右手に立て掛けていた槍を持つ。赤いマントを羽織り、俺はガーネットと家の外へ出る。


「あらー。今日もお出かけですかぁー。お二人共いつも一緒で仲がいいですねぇーー」

「あ、ルルシィさん、こんにちは、今日も|いい天気ですね」


 庭の掃除をしていたお隣のエルフのお姉さんが、金髪ブロンドヘアーを靡かせ声をかけて来た。おっとりした艶めかしい大人の女性。今日も翠色のチューブトップからは溢れんばかりの果実が……。


「そうなんですーー。ルルシィさん。今日もハルキとお出掛けなの。ではでは、ご機嫌よう!」

「はい。ハルキさん、ガーネットさん、お気をつけてーー!」


 お隣さんのルルシィさんにはガーネットと俺が恋人同士に見えるのだろう。借家とは言え、一つ屋根の下、男女が一緒に住んでいるんだから、そう思うのも無理もない。ガーネットは満面の笑みで軽くルルシィに会釈し、俺の手を引き、その場から離れる。


「ハルキ、こんな美しいお姉さんと一緒に住んでいるんだから、お隣さんに鼻の下を伸ばさないで貰えるかしら?」

「ちょっとガーネット! 腕引っ張らないで……」





 行商人は地面へ敷物を広げ、街行く冒険者や市民へ香辛料を売っていた。気前良さそうな笑顔。ターバンを巻いた細身の男にこれと言って怪しい様子はない。


「これをいただこうかしら」

「おや、美しいお嬢さん。お目が高い。これはサウスレッドと言って、今話題の香辛料だよ。コルリ粉と混ぜ合わせると、よりアクセントの利いた美味しいコルリアが出来るんだ。他にも色んな料理に使えるよ」


 俺の赤髪・・では目立つため、ガーネットがお客に扮して行商人へ接触する。コルリア (注:某惑星の偉人、福沢諭吉の著「増訂華英通語」にてカレーはCurry=コルリという表記で紹介されていたり) とは、元の世界でいうカレーのような料理だ。コルリ粉はカレールー。とはいえ、コルリ粉を固形で販売するような技術はまだこの世界極創星世界にないため、粉での販売となっている。


「お幾らかしら?」

「一袋、ラピス銀貨一枚さ」


「じゃあ一袋買うわ」

「毎度あり!」


 ガーネットがこの世界の通貨、ラピス銀貨を一枚渡す。尚、ラピス硬貨は世界共通の硬貨である。ラピス銅貨十枚分。元の世界ならばスーパーに並ぶメロンが一個買えそうなお値段だな。行商人に見えないよう路地裏に隠れていた俺は、迂回した後ガーネットと合流する。


「いい買い物をしたわ! ねぇ、ハルキ。今日の晩御飯はコルリアでいい?」

「嗚呼、それならトナカイ肉のコルリアでお願い……って、ガーネット。結果はどうだったの?」


 さっき購入したサウスレッドの袋を見せつけ、紅い瞳を輝かせるガーネット。買い物をするため行商人と接触をして来た訳ではないのだ。


「ええ、ちゃんと私の香り・・・・を振り撒いて来たから大丈夫よ。恐らくあそこでの商売を終える夕刻、彼は動く」

「じゃあ、その時が俺の出番だな」


 腰には短剣、背中に槍を背負ったまま、ゆっくり俺は息を吐く。この世界へ来て一年、以前より躊躇いがなくなったとは言え、粛清の前は覚悟が居るのものだ。


「今日も格好イイところ、見せてね。ハルキ」

「はいはい。時間になったら行くよ、ガーネット」


 そして、陽は傾き、夕刻を迎えるのだった――――


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