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Ⅱ 火星焔槍 05 橘悠希① 喪失

 栗林芽衣の葬儀はしめやかに行われた。


 とあるマンションの一室で起きた惨劇。母と娘が二人暮らしの家を襲った火災。始めは火の不始末から起きた事故のように地元ニュースで取り上げられたのだが、SNSによる生徒達の呟きから、学校での虐めの可能性が浮上した事によりマスコミが嗅ぎ付け、やがて、全国ニュースへと波及した。


 『母親が漆黒の魔女・・・・・として有名だった彼女の事故死・・・は、余りにも憐憫れんびんであった』これは当時新聞が取り上げた記事からの抜粋だ。


 通夜と葬儀は、親戚の伯父が喪主を務めた。芽衣の母親を良く思っていない者が『あんなやつの葬儀なぞあげんでええ!』と抗議する場面もあったらしい。同級生の葬儀なんて、普通経験する事はない。学校でも虐めがあったのではないかとマスコミが取り上げ、持て囃す毎日。


 しかし、それも長くは続かない。街へ一時的に台風が通り過ぎただけ。最終的には占いに没頭し、狂った魔女・・が引き起こした悲惨な事故として片づけられ、学校も虐めを否定する。


『この度は大変痛ましい事故が起きてしまい遺憾に存じます。学校職員一同、彼女のご冥福を心よりお祈り申し上げます』


 上辺だけの取り繕った言葉。街の巨大スクリーンに映った校長の会見をTV中継で見ていた俺は、思わず地面を蹴ってほぞを噛む。


「くそっ! くそっ!」


 どうして俺は彼女を助けてあげられなかった。クラスで陰湿な虐めを受けていた彼女は、それでも日々気丈に振る舞い、生きようとしていた。今回の事は本当に事故だったのかもしれない。しかし、虐めがあった事実には変わらない。


 彼女の命はもう戻らない。芽衣とは小学校から同じクラスだった。彼女は誰よりも明るく、人気者だった。ある日、体育の授業があった際、彼女の背中に描かれていた魔法陣を偶然クラスメイトが見つける。最初は『何これ、凄い凄い!』とはしゃいでいた子達も、親から『あの子とは付き合うな』と言われた事がきっかけで、次第に離れていく。


 無視、虐め、母親達の井戸端会議。今も昔も、異端者は叩かれるのが世の常だった。そんな中、明るく気丈に振る舞い、生き抜いていた彼女は誰よりも強く、輝いてみえた。


 地元の公園でベンチに座り、俺は今日も途方に暮れた。大切な者を失うってこんな気持ちなんだな……。


「なぁ、芽衣……俺はどうすればよかったんだ……?」


 俺の気持ちも何も伝えないまま、彼女は逝ってしまった。まぁ、俺の事なんて、彼女からすると、働き蟻の中の一匹位にしか見えていないのかもしれないが。


「ねぇ、君、恋してるね?」

「……ひっ!? び、びっくりした!?」


 オフィススーツの女性がいつの間にか俺の隣に座っており、声をかけて来た。


「あ、驚かせちゃってごめんね。年頃の男子が一人、神妙な面持ちで公園のベンチに座っている様子が目に入っちゃって、お姉さん、つい声かけちゃった」

「あ、そうなんですね……」


 そう言うと、長いブラウンヘアーのお姉さんは、俺に優しく微笑みかける。


「何だか訳あり……のようね。好きな気持ちなんて、声に出さないと伝わらないわよ?」

「そう……ですね。でも、もう声に出しても伝わらないので……」


「え?」

「死んじゃったんです……その子」


 焦点が定まらない状態で、俺は地面を見やる。冬支度へ向け、蟻の行列が巣へ向かって供物を運んでいる様子が見えた。


「そうだったの。ごめんね。悪い事、聞いちゃったわね」

「あ、いえ。気にしないで下さい……」


 訪れる沈黙。そりゃあ『好きだった相手が死んだ』なんて話を聞かされると誰だって沈黙する。逆の立場だったなら、自分もそうなっていただろう。


 空気に耐えられなくなったのか、俺は自然とお姉さんへ彼女の事を話していた。小学校からクラスメイトの一人だった事。彼女が途中から虐められていた事。それでも彼女は強く生きていた事。何度か助けようとも思ったが、傍観者となってしまった事。彼女を守る力が、勇気がなかったという事。自分は何も出来なかった弱虫だと言う事。


「ねぇ、もし、もしよ。神様が願いを聞いてくれて、彼女に思いを伝えられるとしたら、どうする?」

「え?」


 あくまで仮定の話よ、とお姉さんは俺に告げる。


「もし、もう一度、彼女に会えるのなら、やり直せるのなら、どうしたい?」 

「それは……」


 脳裏に彼女の笑顔が浮かぶ。俺はどうしたかった。いや、どうしたい? 叶わない事だけど、もし出来るなら。


「彼女を守る力が欲しいです。集団に流されない強い心を、勇気を。そして、彼女に相応しい男になって見せますよ」


 俺は意を決して拳を握り、立ち上がる。お姉さんは一瞬目を丸くして立ち上がった俺を見るが、そのまま拍手をしてくれた。


「よっ、いいぞ青年、よく言った!」

「あはは、叶わない夢……ですけどね」


 少し熱くなり過ぎた事に羞恥が生まれ、後頭部に右手を当てて照れ笑いする俺。


「よーし、じゃあお姉さんが、君にその勇気とやらをあげよーう!」

「あはは、沈んでた俺を励ましてくれたんですよね、ありがとうございます」


 お姉さんの意図を汲み、お礼を言う。すると彼女は突然、俺の両手を握りこう言った。


「青年、その決意は、例え何か失うモノが・・・・・・あっても揺るがない固い決意かな?」

「え? まぁ、さっき言った事は本心ですよ?」


 彼女への想いは揺るがないし、失ったモノは大きかった。俺の心に嘘、偽りはない。やがて、真意を確かめるかのように俺の瞳を見つめた彼女は、握っていた両の手を離し、ニ、三歩後退あとずさった。


「分かりました。〝願い〟を受け取りました。〝たちばな悠希はるき〟君。君に牡羊座の加護を与えます。これからはその力で貴方が想うまま、生きて下さい」

「え? どうして俺の名を?」



 そして、俺――橘悠希は気を失うのであった。

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