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04 栗林芽衣④ 初めての審判

 私と同じライトグリーンの双眸で見つめる端正な顔立ちの青年。余りに綺麗なその瞳に思わず吸い込まれそうになる。


「ブフォオオオ! 何者だぁーー貴様はーーーー」

「我がはまだ目覚めたばかり。姫を守護するが我の役目」


 そういうと、漆黒のマントを翻し、片手で鉄球を持ち上げる。それだけで鉄球は豚頭の手から離れ、放物線を描いて噴水へとダイブしていく。遠く噴水に水しぶきがあがり、綺麗な虹を描いていた。


 突如武器を失い、二、三歩後ずさりし、狼狽える豚頭。しかし、頭から湯気を噴出した豚頭は突如現れた青年に向け拳を振り下ろす。


「ブフォオオオ! ゆ、許さんブフォオオオ!」

豚人族オークよ、汝は汝の罪を認めるか?」


 大振りの拳を回避しつつ、青年は語りかける。


「何故だ、何故当たらない」

「お前程度の拳、一生我には当たらんよ」


 拳を回避したところ、豚頭が前傾姿勢となったところへ、無防備な額に人差し指を突き立てる青年。途端に豚頭の動きが静止する。すると、青年は私に向けて語り掛けて来た。


「――審判の魔女よ、目覚めるがよい!」

「え……?」


 私と青年、ライトグリーンの双眸が呼応するかのように光る。意識がだんだんと吸い込まれていく。私の首がカクンと落ちた。


「ブフォオオ!? な、なんだ……どうなっている?」


 昼間だった筈の世界が常闇に包まれている。月光のみが大地を照らす。豚頭は周囲を見渡すが、そこに居た筈の青年も姿を消していた。


「創星の加護の下、審判者はの者へ継ぐ。汝の罪は正義か悪か?」


 双眸は光ったまま、私は宙に・・浮かんでいた。

 この時の事はあまり覚えていない。しかし、両の手に残る冷たい柄の感触だけは覚えている。大きな鎌を持った私の背後には、星空で出来たかのような白銀の天秤。


「ブフォオオオオ! 俺が何をしたというんだぁああああ」


 白銀の天秤が、彼の犯した罪を映し出していく。人間や亜人、様々な幼い子を犯しては頭を潰して下半身を喰らう。この豚人族オークの正体は、大量虐殺犯だったようだ。


「へぇーー、己がやって来た行いを棚にあげて、貴方はそういう態度を取るのね」


 宙に浮かんでいた私はそのまま豚頭へ近づき、鎌の先を首筋へ当てる。緑色の液体が一筋伝い、頬から汗が滴り落ちる。


「ブブフォオオオ! ま、待ってくれ! わ、分かった! 姉ちゃんに従おう。な、何が望みだ。そうだ、姉ちゃん専属の男になってやるよ!」

「そう、それが貴方の答えね?」


 私は宙へ再び浮かぶ。

 月光が白銀の天秤を照らし、ゆっくりと天秤は審判のトキを告げる。



 終焉の天秤は静かに傾く――――



 私が腕を振り下ろした瞬間、頸から上、豚人族オークの頭が宙を舞う。私の頬へかかる緑色の液体。

 地面へと落ちると同時に漆黒の霧が豚頭を包むと、一気に呑み込んでしまう。

 主を失った胴体は血飛沫と共に無残にも地面へと落ちていく。勢いよく飛び出す水音だけが、月灯りの下円舞曲ワルツを奏でる。


 やがて、月光が包む世界は静寂を取り戻し、明るい世界へと変貌する。


「え? あれ……私?」


 あれ? 私、何をしていたんだっけ? 両膝をついて、両手を見つめる私に、声をかける者が居た。


「メイ、よく覚えておくといい。それがお前が持つ創星の力――〝終焉の天秤〟だ」

「え……貴方、誰?」


 ライトグリーンの双眸を持つ青年。若い魔術師にも道化師にも見える。


「我は創星の守護者が一人、トルマリンだ」

「え? まさか……あのエロね……黒猫?」


 確かにライトグリーンの双眸は言われてみるとあの猫に見えるが、あの猫とは似ても似つかない好青年なんだけど。


「どうだ、見違えたか?」

「ちょちょ、ちょっと近いわよ……」


 顎を指で近づけ、イケメンな顔を寄せるものだから、嫌でも頬が熱くなる。そのまま彼は私に顔を近づけ……あろうことか私の頬を……舐めた・・・


「ひっぃいいい!?」


 変な声が出て、思わず後ろに飛んでしまった。何をやらかすんだ、このエロ猫はぁあああああ! 身体中の熱という熱が顔に集中していくのを感じる私。


「頬が穢れていたので拭き取っただけだ」

「えっ?」


 舐められた箇所を自身の手で触れてみると、私の指が、ネバっとした何かに触れる。見ると、緑色の液体が手についていた。


「こ……これって……」

「豚人族の血液だ」


 その言葉に、曖昧な記憶が脳裏に思い出されていく。え? どうなってるの? 私は……豚人族の首を刎ねた? 途端に全身の震えが止まらなくなる。


「お前はこれから、〝審判の魔女〟として生きていく。罪人のために力を使うも、己の欲望のために使うも、お前の自由だ、メイ」

「わ……私は……殺したの? あの豚頭オークは……どこ?」


 私が首を刎ねたのなら、豚人族の死体がある筈だ。しかし、周囲を見渡しても死体は見当たらない。白昼夢。そう、これは現実でないと考えるべきだ。そうに決まってる。しかし、次のトルマリンの言葉に、私は現実を思い知らされる事となる。


「罪人は我が食べた・・・・・よ」

「はい?」


 聞き間違いかと思った。恐怖の中、私は何故か口元が緩んでいた。私、どうして嗤ってる?


後処理・・・は我がやる。戦い方も教える。だから安心してお前はその力を使え」

「なによそれ……」


『オ前ハオ前ノ思ウママ、ソノ力ヲ使エ、天秤座ノ加護ヲ与エタ。オ前ハ今日カラ〝メイ・ペリドッド〟だ』


 この世界へ送られる前、黒猫トルマリンに告げられた言葉を思い出す。


 こんな力が私の望みだったの? これが残酷な世界を覆す力なの?


「アハハ……アハハハハ……アハハハハハ」


 私は嗤っていた。双眸から雫を流しながら。虐められていた時もこんなに涙を流した事なんてなかったのに。悪魔でも亜人でも人間でも関係ない。私は今、一人の命を絶ったんだ。


「メイ、お前は優しい」


 青年は黙ってそんな私を見つめている。トルマリンは、私に新たな命を与えた存在だ。そうだ、あの時、私の人生は終わっていたんだから。じゃあ、私はこれからどうすればいい?


「トルマリン……私が死ぬ直前、炎が生贄は受け取ったって言ってたわ。ねぇ、貴方って何者なの?」


 私の質問の意図を理解したのか、涙を流して嗤う私に青年は微笑んだ。


「我は創星の守護者。種族名は……死神・・だよ」

「そっかぁ……死神かぁ……」


 何か胸の痞えが取れたような気がした。どうやら私は死神に認められた魔女らしい。




 そう、これは、世界に虐げられ殺された私が死神と契約し、

 審判の魔女として残酷な世界を変えていく物語――――

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