見上げると満天の星だった。まるで天の川に浮かんでいるかのように、天地全てが星空の世界だ。確か私は炎に包まれてあの時死んだ筈。その証拠に私は今、何も着ていなかった。
「
眼前には
「私、死んだの?」
「嗚〃、虚シイ人生ダッタ」
突如現れた黒猫に人生をとやかく言われる筋合いはない。
「何も知らない貴方には言われたくない」
「オ前ノ事ハ何デモ知ッテイルゾ? 高校一年生、十月十一日生マレ、天秤座」
突然私の誕生日を言い当てる黒猫。私は何も着ていない事も忘れ、
「母ノ化粧品販売団体ガマルチ商法デ摘発後、小学生ノ時父親ガ蒸発。ソノ後母ガ占イニ没頭。貯金ヲ使イ果タシ借金地獄、母ガ原因デ小学校、中学校ト虐メラレ、高校デビューモ失敗……」
「もうやめて!」
そのまま蹲る私。黒猫は私の頭へ飛び乗りこう告げる。
「オ前ハ何ヲ望ム? 力カ? 救イカ? 復讐カ?」
救い? 復讐? この猫、何を言っているの?
「オ前ノ痣ハ消シテ置イタ。我ハ味方ダ。オ前ト共ニアル。サァ、望ミヲ言エ」
腕や身体中についていた痣が消えていた。黒猫と目が合うと、すぅーっと黒猫のライトグリーンの瞳に私の意識が吸い込まれる。
「私の……望みは……」
私はどうしたかったのだろう。幸せって何? 抗えない現実を覆す力? 私は……。何かが私の深層心理を抉っていく。腸をぐちゃぐちゃに抉られたかのような嘔吐感と共に、嗚咽を交えて言葉を紡ぐ。
「私はっ……生きるっ……意味が……欲しかった……。残酷な世界を覆す力が欲しかった……幸せに……なりたかった……」
「願イヲ受ケ取ッタ」
刹那星屑が発光したまま私の躰を包み込み、黒猫もそれに呼応するかのように淡い光を放ち始める。そのまま世界は白き光へ包まれ、気づくと私の肩までかかる黒髪は銀髪へと変化し、瞳の色はライトグリーンに。黒と白を基調としたゴスロリの衣装に、巨大な漆黒の鎌が手に握られていた。
「これは?」
「オ前ハオ前ノ思ウママ、ソノ力ヲ使エ、天秤座ノ加護ヲ与エタ。オ前ハ今日カラ〝メイ・ペリドッド〟だ」
そして、私はこの世界、
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人間と亜人、魔族が暮らす
悪行は小さいモノから大きなモノ迄。己の権力に託け、エルフを性奴隷として侍らせる者。欲望のまま罪を犯す者。悪魔と契約し、領地争いをしていた国を滅ぼそうと画策する者。この世界は残酷だ。
私は私の思うまま、月光の下、審判を下す。
「今日ノ獲物ハアノ侯爵ダナ?」
「ええ、種は撒いたわ。後は此処へ来るのを待つのみ」
あの日以来、私の傍に居る黒猫はトルマリンという名の守護者として仕える事となった。
「欲望二塗レタ男。結局人ハ何処ノ世界へ行ッテモ同ジ」
「私はティラミス姫を救いたかっただけ。あの子は救いを求めていた」
ライトグリーンの双眸で私を見つめる黒猫。カツカツカツと革靴の音が響き、宝飾を大量生産したかのような仰々しい貴族の格好で、お腹へ脂肪を溜め込んだ男がやって来る。
「フフフ、誰にも言わずに来てやったぞ。儂の眼に狂いはなかったようだ。いい躰をしておる」
「あら、エスプレッソ様に褒めていただき光栄ですわ」
私はスカートの裾を掴み、恭しく一礼する。ゴスロリの衣装から胸の谷間が見えるように強調させると、侯爵は思わず咽喉を鳴らした。
「あっちに取って置きの部屋を用意してある。さぁ、行こうか」
「いえ、もっと素敵な所へ連れて行ってあげますわ」
私の肩へ男の手が伸びようとした瞬間、肩に乗った黒猫、トルマリンの瞳が妖しく光る。侯爵の身体は金縛りにあったかのように動けなくなった。
「なっ、身体が動かぬ……どうした事だ!?」
激しく狼狽する男の顎へ指を滑らせ顔を近づける私。
「あら、どうしたんですか? こんなに汗をかいて」
「……き、貴様! 儂に何をした!?」
狼狽しつつも態と腕に押しつけた私の両胸に鼻の下を伸ばす男。欲望に塗れた男の末路だ。
「こんな状況でも興奮するなんて、侯爵様はとんだ変態ですね!」
「そ……そうか、そういう
汗をかいたまま男は嗤う。私は
「ひっ……!?」
「創星の加護の下、審判者は
私の背後、月光へ導かれるがまま、白銀の天秤が君臨した。
裁かれる者へと罪を問い、そして、冒頭のシーンへと戻る。
「き、きさま……な、何者だ!?」
「私はメイ・ペリドッド。審判の魔女よ」
「……!?」
私がそう告げた瞬間、創星の守護者――トルマリンが突如黒煙に包まれる。ライトグリーンの双眸そのままに、漆黒のマントを靡かせ、道化師のようなスーツを纏った黒猫が、
「メイ、時間だ」
「ね、猫が……人間になって……喋った……」
口をパクパクさせた男は閉じる事を忘れたかのように唯々空気を取り込んでく。
「思い残す事はないかしら?」
「……こんなところで……死んでたまるかぁーー!」
刹那エスプレッソ侯爵の身につけていた指輪の一つが光る。この世界の魔法力を取り込んだ
「創星魔法、電解力・サンダートリノ!」
「なっ!?」
氷の刃全てにトルマリンが放つ雷撃が瞬間的にぶつかり、魔法具による攻撃を全て相殺する。動けないまま明らかに狼狽する侯爵が、もう一つの指輪を光らせ、紅蓮の業火が続け様に放たれるが、私は鎌を一振りし、炎を打ち消してしまう。
「私へ炎を向けるなら、そんな陳腐な魔法具に頼るより、〝極大爆発力・ペテルギウス〟級の魔法をぶつける事ね」
「ば……化物……審判の魔女、お前は一体なんなんだぁーー! どんな権限があってこんな事をぉおおおおお」
「権限? そんなものなんてないわ? だって私、
「た、助けてぇえええええええええ!」
そして、月光は輝き、天秤は一瞬煌めく。
審判の時を迎えると共に漆黒の鎌が男の魂を刈る。
死神は罪人の魂を喰らい、私は私が存在する理由を確かめる。
終焉の天秤は静かに傾く――――