いつからじゃ……。いつからこうなっておったんじゃ……。
まるで
【ルーラシード】、【ルーラシード】! 【ルーラシード】……!!
駄目じゃっ!! どうなっておる!?
正確にはわからないが、気がつけば小僧との思い出も薄らいでいた。
小僧の見た目も思い出せぬし、いつからか喋っていた言葉が思い出せぬ。
小僧が死んだ辺りから『全ての並行世界』で小僧の存在が少しずつ消え始めてしまっておったのか……?
人々の記憶だけでなく『書物などの記録』まで全て……。
そ、そうじゃ! ワシの耳飾りには『M』の文字が……!
――駄目じゃ。……Mが『マサキ』のMであるということしかわからぬ。
間違いなく小僧の『M』でもあったはずじゃが、それが姓であったのか氏であったのか、それともあだ名であったのか……。くそっ……。
しかし、小僧はルーラシードであったとはいえ、ただ死んだのであれば、普通であればこんな認識阻害は起きないはず……。
小僧はルーラシードとしてなにかをしたのか……?
レイラフォードとルーラシードは雌雄が揃う故、受粉のように例えられるが、実際に行われるのは世界樹への栄養供給じゃ。
二人が結ばれて生まれる『愛』のエネルギーは樹木への栄養注射じゃ。注射器という道具は無くならず使い回すことができる。
それ故、レイラフォードとルーラシードという注射器は常に並行世界のどこかに存在できるのじゃ。
じゃが、もし異なる手段で栄養を補給させようというのであれば……。
まさかとは思うが、小僧は世界樹そのものに『溶けた』のじゃろうか……。
溶け込むエネルギーは地面に肥料を撒くようなもの。注射器で栄養を打ち込むのとはまるで違う、肥料という存在は少しずつ溶けて土へと帰って消えていく……。
なるほど、死と同時に当代のルーラシードとして肉体も精神も、小僧という存在ごと全て世界から消滅したのであれば説明がつく。
人が亡くなっても他人の記憶から消えないのは、心の中で『愛』というエネルギーがあるからじゃ。
例え憎しみであってもそれは『愛』じゃ。本当にどうでも良い人間には愛など存在せず、記憶にすら残らぬからな。
しかし、小僧が自身の『愛』をエネルギーにして世界に溶けたのであれば、小僧という存在が他人からもなくなり、人々の記憶からどんどん消えてゆく……。
しかし、少しだが世界の栄養となることで、僅かだが世界は分岐し、未来という枝葉は伸びて行くかもしれぬ……。
それにしても、小僧がエネルギーとした『愛』は一体誰に対するものなのか……。
『
選ばれる自信などないが――せめてワシも皆無ではないと願いたいものじゃ。
まったく、世界に溶けるなんていう選択肢は、世界を渡る者のワシでも簡単には思いつかぬわ……。
自らの気持ちに整理を付けつつ、少しだけでも使命を果たそうとしたというのであれば、実に小僧らしい最大限の落とし所じゃ……。
――いや、そのイメージもワシの勝手な想像かのう……。
この世界では色々と悩んだが、どの選択肢も失敗ばかりじゃったな……。
望む形ではなかったが、結果的に全て綺麗になってしまった。じゃが、この世界には選択肢が生まれるようになった。
この小僧が溶けた世界で共に過ごすのも良いが、ワシでは不足というのを既に知ってしまったからのう……。
これからは共に歩むのではなく、ワシがお主の前を歩んでいこうかのう……。
「全く……。いつもなら小僧の能力で共に並行世界を移動しておったが……」
ワシは近くで倒れているレイラとユキナの遺体を見つめる。
「散らかすだけ散らかして勝手に一人で旅を終えよって……。おかげで、ちと痛い思いをせねばならぬではないか……」
ワシは片方の耳飾りをとり、手で握りしめる。
「小僧、お主と歩んだ最期の地にこいつを残しておく。幾億の輪廻を繰り返し、また出会ったらよろしく頼むぞ、名もわからぬ『M』とやらよ……」
ワシは尾から九本の矢印を取り出し、確実に命を失えるよう正面から左胸の心臓に向かって勢いよく貫いた。
力が抜けて手から耳飾りが落ちていく感覚がする。ここからは一人旅じゃ……。
次の世界のレイラフォードとルーラシードはどんなやつじゃろうか……。出来れば素直なやつらが良いが……。楽しみじゃのう……。
第三章 【