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50 わたしの進むべき道 

「きゃあああああ、アイゼン王子ぃいいい、格好いいーーー!」


 氷上を華麗に滑り、旋回しつつ氷刃ひょうじんを放つ氷上の貴公子プリンス。対するは、自身の持つ闘気を爆発させ、熱き炎を滾らせる正義の騎士。二人の刃が中央でぶつかり合い、爆風と同時、両者後ろへと飛び上がる。どうやら、今日の訓練はこれで終わりらしい。


 訓練場でフレイア騎士団長と刃を交えるアイゼン王子は、あの頃・・・より格段に強くなっていた。氷魔法を自在に操り、高速移動で迫るアイゼンの刃はフレイア騎士団長へ時折届くようになっていた。それでも剣術や闘気の量は圧倒的にフレイアの方が上。フレイアに勝つのはまだまだ先になるだろうが、あの時、屋敷の炎を全て消し去ったアイゼン王子はまさに救世主だった。


「アイゼン王子、すぐ、回復しますわ」

「ありがとう、ミランダ」


 この世界線のミランダは、とても大人しく、穏やかで、憎しみや妬みと言った負の感情を全く知らないかのように純粋な子だった。アイゼンは真っ直ぐな彼女のひたむきさに惹かれ、今ではこうして付き合っているらしい。


 模擬戦闘訓練の観戦が終わった後、メイド達は王宮の厨房へと移動する。既に翠髪のツインテールを弾ませ、エプロン姿のフィリーナ王女がわたし・・・を待ち構えていた。 


「さぁ、プリムラ・・・・! ヴァイオレッタ様へ今日も星林檎ステラアップルのタルトを作るわよ!」

「うん、よろしくね。フィリーナ」


 そう、歴史が改変されたあと、フィリーナ王女は何故かわたしに懐いていたのだ。わたしが厨房へ入った瞬間、あろうことか、モブメイドであるわたしへ腕を絡ませ駆け寄って来たくらい。ヴァイオレッタ様の事は、お姉様ではなく、ヴァイオレッタ様と呼んでいるみたい。


 どうやらこの世界線で、わたしは王宮一のお菓子作り職人メイドであり、先生になってしまっているらしく、フィリーナにとって、わたしはお菓子作りの師匠であり、同年代のお友達になっているみたい。


 みんなで星林檎ステラアップルのタルトを作り、食卓へと並べていく。訓練を終えたアイゼン王子と執務を終えたクラウン王子、そして、ヴァイオレッタ様もやって来る。


「今日の星林檎ステラアップルのタルトも素敵ね、プリムラ」

「ありがとうございます、ヴァイオレッタ様」


「ヴァイオレッタ様、わたくしも一緒に作りましたのよ!」

「ありがとう、フィリーナ」


 ヴァイオレッタ様にお礼を言われ、鼻高々のフィリーナ王女。柔らかく焼き上がった星林檎ステラアップルは甘く、幸せ成分をわたしの中へ運んでくれる。ローザ達の淹れてくれたロイヤルミルクティーも優しい味だ。ヴァイオレッタ様もクラウン王子も、アイゼン王子もフィリーナ王女もみんな笑顔。嗚呼、これが本当に求めていた平穏な日常なのね。


 すると、星林檎のタルトを少し早く食べ終えたクラウン王子が、ゆっくり席を立つ。


「おっと、このあとブラックシリウス国の王子ジルバートの謁見があるんだった。美味しかったよ、プリムラ。俺はひと足早く失礼するよ」

「あ、はい。いってらっしゃいませ」


 あれ? その名前に何故か既視感を覚えるわたし。ジルバート……それまで国交を絶っていたブラックシリウス国の王子が、直接王様へ謁見を果たし、クラウン王子とヴァイオレッタ様の〝婚姻の儀〟と同時に、クイーンズヴァレー王国は〝ブラックシリウス国との国交正常化〟もめでたく発表したのである。


 ジルバート……どうしてその名前が引っ掛かるんだろう? ブラックシリウス国の王子なんて知らない筈なのに、どうして喉の奥に何かつっかえているような感覚を覚えるのだろう? 気になったわたしは、謁見の間、外の回廊にて、ジルバート王子と王様達の謁見が終わるのをそっと待つ。


 そして、彼が謁見の間から出て来たところで、思い切って声を掛ける。


「あ、あの……! ジルバート・シリウス様……ですよね?」

「お前は……?」


 突然目の前に現れたモブメイドに、一瞬、逡巡するような表情をした王子だったが、すぐに切れ長の瞳でわたしを真っ直ぐ見据える。


「えっと。わ、わたしはクラウン・アルヴァート様の許嫁、ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリー様に仕えるメイド、プリムラ・ホワイト・ミネルバと言います」 

「プリムラ……そうか。プリムラ、プリムラか」


 何故かジルバート王子はわたしの名前を噛み締めるかのように何度も、何度も反芻しているようだった。どうしてだろう、初対面なのになんだか懐かしい気がする。


「突然出て来てすいません。何故か、王子様へご挨拶をしておかないといけない気がして……あれ? あれ?」


 わたしの視界が突然滲む。どうして涙が流れるんだろう。止めどなく零れ落ちる雫。眼前の王子はとっても懐かしいのに、何も思い出せないからなのか? わたしはわたし自身の感情がわからなくなって零れ落ちる雫をそのままに困惑してしまう。


「プリムラ。その名前を聞けただけでも充分だ。俺様はブラックシリウス国の王子――ジルバート・シリウス。国交正常化に伴い、これからこの国へ来る事もあるだろう。また逢おう、プリムラ」


 わたしの頭を軽くぽんぽんと叩き、わたしの前から去ろうとするジルバート。ふと、脳裏に教会の映像が浮かぶ? これは、昔のわたし。そうか、聖女の力を継承したわたしは、教会で育ったんだった。わたしが泣いていた時、いつも頭を軽く撫でてくれた男の子。その男の子の名前は……。


「カイト……カイト!」


 その名を呼んだ瞬間、彼はその場に立ち尽くす。ゆっくりと振り返るカイト。それまで感情をあまり表に出した事のない彼の瞳に雫が溜まっていた。自然と駆け寄るわたしとカイト。その場で抱き合う二人。


「この世界線にカイトは存在しない・・・・・んだ。悪魔アスタロトは俺の肉体・・・・と、メフィストの魂を引き換えに、俺の願いを成就した。同時に俺は皆の記憶から抹消された。だから、プリムラ。お前が俺を思い出すなんて……有り得ないんだ」

「でも、あなたはカイトだもの。教会で一緒に過ごしたカイト。そして、わたしを陰からずっと守ってくれた、カイトだもの」

「プリムラ……プリムラ!」


 カイトという存在は既に抹消され、この世界で彼の真実を覚えているのはわたし一人。でも、大丈夫。わたしがあなたを忘れる事はない。あなたはわたしを守ってくれたかけがえのない人だから。


 自分の名と記憶を取り戻した聖女プリムラと、聖女を生涯守ると誓った騎士カイトは、こうして時を超えて再会を果たす。


 そして、一週間後――




「プリムラ、本当に行くのね」

「はい、行って参ります。ヴァイオレッタ様」


「気をつけて行くんだぞ。またいつでも帰って来い」

「はい、クラウン王子」


 ヴァイオレッタ様、クラウン王子、アイゼン王子、メイドの先輩、同僚達。皆が見送る中、わたしは一人一人に挨拶を済ませる。そして、彼の下へと向かう。


「行くぞ、プリムラ」

「では、救世の旅へ、行って参ります」


 そう、忘れてはならない事があったのだ。わたしはこの世界でただ一人。聖女の力を継承する存在なのだ。だからこそ、聖女としての使命を果たさないといけない。わたしは聖女として、カイトはその守り手として世界に潜む闇を晴らすため、旅に出る事にしたのだ。本当はヴァイオレッタ様の傍でずっと仕えていたい気持ちもあったが、わたしの知らない間に世界が闇に覆われ、また破滅に向かってしまっては、歴史が繰り返されてしまう。


 幸い実の妹である神殿のミレイ侯爵令嬢は、次期聖女として仕事を全うしてくれている。彼女も実は改変前の記憶を保持しており、聖女の魔力を通じて先日話し掛けてくれたのだ。『クイーンズヴァレー王国は大丈夫だから、世界を見て来て欲しい』と。まずは神殿のあるセイヴサイド領で彼女と女子会を果たした後、世界を見て廻ろうと思う。


 セイヴサイド領へ向かう馬車に乗り、わたしはヴァイオレッタ様より貰った女神水晶ミューズクリスタル首飾りネックレスをそっと握る。


 大丈夫、わたしにはカイトが傍に居るから。


「いやぁ、プリムラ。楽しみね~~。セイヴサイド領。甘いものはあるのかしら~~♡」

「って、どうしてフィリーナ王女がついて来てる訳!?」

「当然じゃない! プリムラが居なくなったら、誰がわたくしへ甘い物を作ってくれますの?」


 いやいや、どうして救世の旅にフィリーナ王女が一緒な訳。どうやら王宮執事のスミスさんにはちゃんと許可を取ったらしい。


「ヴァイオレッタ様ノ命ニヨリ、ワタシモイル。ダカラ、問題ナイ」

「えええええ? ブルーム! いつの間に!?」


 わたしの影が蠢いたかと思うと、蒼い髪のブルームが眼前に現れる。まぁ、フィリーナ王女もアイゼン王子と同じく、魔法の才能はあるみたいだし、護衛としてはブルームほど有能なメイドは他に居ない。カイトと二人きりには当面ならないでしょうけど、旅は、賑やかな方がいいよね、きっと。


「楽しそうだな、プリムラ」

「ええ、とっても」


 世界にどれだけ闇が潜んでいても、わたしはきっと大丈夫。

 だって、わたしにはこんなに温かい仲間が居るんだから――




 完


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