どうやらワタクシの身を案じ、アイゼン王子はこちらへ向かって来てくれていたようだ。すると、正門の向こうからもう一人、銀髪の女性がやって来る。それは、ミランダ伯爵令嬢の中に入ったヴァイオレッタ様その人だった。
「ヴァイオレッタ様、ご無事ですか! (モブメイドちゃん、大丈夫?)」
「ええ、ミランダ。王子のお陰で助かったわ (ヴァイオレッタ様ぁああ、お陰で助かりましたぁああ)」
お互いに心の中での会話が通じ合っている気がして、思わず笑みが零れる。
「一人で無理しようとするな。ヴァイオレッタ、僕達は君の味方だ」
「ありがとう、アイゼン王子」
「ヴァイオレッタ様、状況は? (モブメイドちゃん、どうなっているの?)」
ワタクシはヴァイオレッタ様とアイゼン王子へ状況を説明する。悪魔と契約したモブメイドは、悪魔に操られているグランツ侯爵と何処かへ消えたという事。モブメイドの中に入っている人物こそが黒幕であるという事。
「ヴァイオレッタ様、それはつまり……。 (ミランダが黒幕という事ね)」
「そういう事ですわ、ミランダ (はい、悪魔と契約したミランダが犯人です)」
心の中で会話するわたしとヴァイオレッタ様。グランツ侯爵はクーデターを起こすと言っていた。グランツ侯爵へクーデターを起こさせる。成功すれば、そのままグランツ侯爵を操ったまま国を乗っ取る。失敗した場合、グランツ侯爵へ罪を
「じゃあまさか、グランツ侯爵とモブメイドは、クーデターを起こしに王宮へ向かったという事か?」
「確証はない。だけど、ワタクシを此処で葬ろうとした事を考えると、その可能性は高いわね」
問題は、相手は漆黒の闇に消えたという事。相手が空間転移を使ったのなら、一瞬で王宮へ移動した可能性が高いのだ。ワタクシ達が今から馬車で向かったとしても、到底追いつく事は出来ない。
恐らく彼女は、ワタクシ達を洗脳出来なかった場合を想定して、屋敷の周囲に炎魔法を仕掛けていたのだ。相手の策にまんまと嵌ってしまった事を悔やみ、ワタクシは思わず爪を噛む。
王宮ではクラウン王子と騎士団の者が守りを固めている。だが、相手は悪魔の力を持っているのだ。ワタクシが居ない状況で、聖女の加護の力だけでは全員を護る事は不可能。
「今から馬車で移動していては到底間に合わない。一体どうすれば……」
「心配には及びません、ヴァイオレッタ様」
ミランダ姿のヴァイオレッタ様がワタクシへ手を差し伸べる。この状況で何か考えがあるのだろうか? そう思っていた矢先、ワタクシと
「ヴァイオレッタ、待たせたな」
「ジルバート!」
「魔物達が王宮へ攻めて来た。クラウン王子とフレイア率いる騎士団の者達が今食い止めている。行くぞ! ミランダ、お前も鍵となる人物だ、一緒に来るんだ」
「ええ、分かりました」
ジルバートがワタクシとミランダの手を取る。続いてワタクシとミランダが手を取り、輪になった状態で、ジルバートが目を閉じ念じ始める。
「ヴァイオレッタ様、我々も一緒に」
「ローザ、ジルバートの空間転移は一度に運べる人数に限りがあるわ。あなた達は此処に居て。アイゼン王子、皆をお願い出来るかしら?」
「嗚呼、此処は僕に任せておいて」
「ありがとう」
メイド達とアイゼンを残し、
そして……ワタクシの見ていた景色が一瞬真っ暗になったかと思うと、見慣れた風景へと切り替わる。
「ワタクシの部屋?」
「外は戦場だ。油断するなよ」
「ええ、分かってる」
回廊を抜け、お城全体を見渡せる上階のバルコニーへと一旦出る。人間の三倍はあろうかという褐色肌の図体を揺らし、巨大な棍棒を振るう魔物が騎士団員を吹き飛ばしていた。かつて人間の国を蹂躙したという魔物――トロールだった。
一体ではない、何体ものトロールが城を囲む外壁を壊して中へ侵入。城内を破壊しながら闊歩している。早くどうにかしないと、大変な事になる。そう思った瞬間、城内を闊歩していたトロールのうち一体の脚が吹き飛び、巨大な図体を支えきれずに転倒する。そのまま宙を舞った何かが回転しつつトロールの頭へ刃を突き立てる。刹那、魔物の頭が内側から
クイーンズヴァレー騎士団長、赤の剣聖――フレイア・バーンズ。曇りなき眼で魔物を見据える彼は今、確かに正義の刃を振るっていた。
「ヴァイオレッタ、そっちはフレイアに任せておけ。中庭から禍々しい闇の魔力を感じる。急ぐぞ!」
「え、ええ!」
ジルバートへ促されるまま、中庭へと向かうワタクシ。すると、広い中庭の中央、一人の男と、二人の人物が対峙している様子が見えた。庭の一部は無残にも破壊されており、戦闘の跡が見える。肩で息をしている金髪の男は、白く輝く聖剣を掲げ、相手を見据えている。
「クラウン!」
「そこに居ろ、ヴァイオレッタ!」
こちらへ振り返る事なく叫ぶ王子。次の瞬間、真っ直ぐに大地が裂け、隆起した地面が王子を襲う。高く飛び上がった王子が男に向かって、真っ直ぐ聖剣を振り下ろすも、男と王子の間に現れる魔法陣型の障壁。少し離れた場所で口角をあげ、嗤う
モブメイドがクラウン王子へ向け、巨大な漆黒の火球を放つ。しかし、火球が届く直前、ジルバートが火球を魔剣で斬り払い、魔剣の力で魔法を打ち消す。続けてグランツ侯爵の剣より放たれる岩盤は、ワタクシの創り出した結界で防ぐ。
「王子、怪我を! 今、回復させます」
「ミランダか」
「なーんだ。お屋敷でそのまま死んでいればよかったものを。でも、いいわ。ヴァイオレッタとモブメイドにその男。全員が此処に揃ったという訳ね」
「モブメイド……何を言っているんだ」
「あら、王子様は何も知らないの? まぁいいわ。このまま此処で仲良く地獄へ落としてアゲル♡ グランツ!」
「喰らえ――
グランツ侯爵が再び大剣を突き立てる。しかし、岩盤がこちらへ飛んで来る事はなく……。
「彼女達は今から大事な話があるんだ。親は子のやる事に口出しは無用だ」
ジルバートがグランツの前に立ち、
「ヴァイオレッタ! 悪魔には浄化の力だ。クラウンの聖剣を使え!」
「ジルバート!」
ジルバートとグランツの姿はその場から消失する。グランツがこの場に居ると邪魔になると判断したのだろう。王宮の中庭に残るはモブメイド姿のミランダ、
「終わりだ。モブメイド。お前一人では俺達には勝てん」
「ふーん。それで勝ったつもり? メフィストの力はこの程度じゃあないわよ?」
「ちっ、面倒ね、その力!」
闇の火球も、操る植物の蔓もワタクシを包む聖なる光によって阻まれる。光の中へ入る
「クラウン、ワタクシの手を取って。モブメイドの闇を浄化します」
「嗚呼」
これで全てを終わらせる。
クラウンとワタクシが手を取った瞬間、右手に持つ彼の聖剣が輝きを増した。