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46 決戦の時

 どうやらワタクシの身を案じ、アイゼン王子はこちらへ向かって来てくれていたようだ。すると、正門の向こうからもう一人、銀髪の女性がやって来る。それは、ミランダ伯爵令嬢の中に入ったヴァイオレッタ様その人だった。


「ヴァイオレッタ様、ご無事ですか! (モブメイドちゃん、大丈夫?)」

「ええ、ミランダ。王子のお陰で助かったわ (ヴァイオレッタ様ぁああ、お陰で助かりましたぁああ)」


 お互いに心の中での会話が通じ合っている気がして、思わず笑みが零れる。


「一人で無理しようとするな。ヴァイオレッタ、僕達は君の味方だ」

「ありがとう、アイゼン王子」


「ヴァイオレッタ様、状況は? (モブメイドちゃん、どうなっているの?)」


 ワタクシはヴァイオレッタ様とアイゼン王子へ状況を説明する。悪魔と契約したモブメイドは、悪魔に操られているグランツ侯爵と何処かへ消えたという事。モブメイドの中に入っている人物こそが黒幕であるという事。


「ヴァイオレッタ様、それはつまり……。 (ミランダが黒幕という事ね)」

「そういう事ですわ、ミランダ (はい、悪魔と契約したミランダが犯人です)」


 心の中で会話するわたしとヴァイオレッタ様。グランツ侯爵はクーデターを起こすと言っていた。グランツ侯爵へクーデターを起こさせる。成功すれば、そのままグランツ侯爵を操ったまま国を乗っ取る。失敗した場合、グランツ侯爵へ罪をなすり付け、カインズベリー侯爵家を失脚させる事が出来る。どういう結果になろうとも、モブメイドはモブという立場を最大限利用し、闇に紛れる事が出来るのだ。


「じゃあまさか、グランツ侯爵とモブメイドは、クーデターを起こしに王宮へ向かったという事か?」

「確証はない。だけど、ワタクシを此処で葬ろうとした事を考えると、その可能性は高いわね」


 問題は、相手は漆黒の闇に消えたという事。相手が空間転移を使ったのなら、一瞬で王宮へ移動した可能性が高いのだ。ワタクシ達が今から馬車で向かったとしても、到底追いつく事は出来ない。


 恐らく彼女は、ワタクシ達を洗脳出来なかった場合を想定して、屋敷の周囲に炎魔法を仕掛けていたのだ。相手の策にまんまと嵌ってしまった事を悔やみ、ワタクシは思わず爪を噛む。


 王宮ではクラウン王子と騎士団の者が守りを固めている。だが、相手は悪魔の力を持っているのだ。ワタクシが居ない状況で、聖女の加護の力だけでは全員を護る事は不可能。


「今から馬車で移動していては到底間に合わない。一体どうすれば……」

「心配には及びません、ヴァイオレッタ様」


 ミランダ姿のヴァイオレッタ様がワタクシへ手を差し伸べる。この状況で何か考えがあるのだろうか? そう思っていた矢先、ワタクシとミランダヴァイオレッタ様の前へ、漆黒の渦が顕現し、渦の中から漆黒の外套に身を包んだ男が現れた。


「ヴァイオレッタ、待たせたな」

「ジルバート!」


「魔物達が王宮へ攻めて来た。クラウン王子とフレイア率いる騎士団の者達が今食い止めている。行くぞ! ミランダ、お前も鍵となる人物だ、一緒に来るんだ」

「ええ、分かりました」


 ジルバートがワタクシとミランダの手を取る。続いてワタクシとミランダが手を取り、輪になった状態で、ジルバートが目を閉じ念じ始める。


「ヴァイオレッタ様、我々も一緒に」

「ローザ、ジルバートの空間転移は一度に運べる人数に限りがあるわ。あなた達は此処に居て。アイゼン王子、皆をお願い出来るかしら?」


「嗚呼、此処は僕に任せておいて」

「ありがとう」


 メイド達とアイゼンを残し、ワタクシモブメイドミランダヴァイオレッタジルバートカイト――三人の身体を漆黒のオーラが包み込み、そのまま巻き起こる渦の中にワタクシ達の身体が入る形となる。


 そして……ワタクシの見ていた景色が一瞬真っ暗になったかと思うと、見慣れた風景へと切り替わる。


「ワタクシの部屋?」

「外は戦場だ。油断するなよ」

「ええ、分かってる」


 回廊を抜け、お城全体を見渡せる上階のバルコニーへと一旦出る。人間の三倍はあろうかという褐色肌の図体を揺らし、巨大な棍棒を振るう魔物が騎士団員を吹き飛ばしていた。かつて人間の国を蹂躙したという魔物――トロールだった。


 一体ではない、何体ものトロールが城を囲む外壁を壊して中へ侵入。城内を破壊しながら闊歩している。早くどうにかしないと、大変な事になる。そう思った瞬間、城内を闊歩していたトロールのうち一体の脚が吹き飛び、巨大な図体を支えきれずに転倒する。そのまま宙を舞った何かが回転しつつトロールの頭へ刃を突き立てる。刹那、魔物の頭が内側から爆発・・し、炎に包まれ爆散した。


 クイーンズヴァレー騎士団長、赤の剣聖――フレイア・バーンズ。曇りなき眼で魔物を見据える彼は今、確かに正義の刃を振るっていた。


「ヴァイオレッタ、そっちはフレイアに任せておけ。中庭から禍々しい闇の魔力を感じる。急ぐぞ!」

「え、ええ!」


 ジルバートへ促されるまま、中庭へと向かうワタクシ。すると、広い中庭の中央、一人の男と、二人の人物が対峙している様子が見えた。庭の一部は無残にも破壊されており、戦闘の跡が見える。肩で息をしている金髪の男は、白く輝く聖剣を掲げ、相手を見据えている。


「クラウン!」

「そこに居ろ、ヴァイオレッタ!」


 こちらへ振り返る事なく叫ぶ王子。次の瞬間、真っ直ぐに大地が裂け、隆起した地面が王子を襲う。高く飛び上がった王子が男に向かって、真っ直ぐ聖剣を振り下ろすも、男と王子の間に現れる魔法陣型の障壁。少し離れた場所で口角をあげ、嗤うモブメイドミランダ。男――グランツが大剣を横に薙ぐ。王子は聖剣で受け止めるも、威力全てをいなし切れず、後方の地面へ叩きつけられてしまう。


 モブメイドがクラウン王子へ向け、巨大な漆黒の火球を放つ。しかし、火球が届く直前、ジルバートが火球を魔剣で斬り払い、魔剣の力で魔法を打ち消す。続けてグランツ侯爵の剣より放たれる岩盤は、ワタクシの創り出した結界で防ぐ。


「王子、怪我を! 今、回復させます」

「ミランダか」


 ミランダヴァイオレッタ様が回復魔法を使い、素早く王子の傷を治癒していく。そう、ミランダヴァイオレッタ様は回復魔法を使えるのだ。


「なーんだ。お屋敷でそのまま死んでいればよかったものを。でも、いいわ。ヴァイオレッタとモブメイドにその男。全員が此処に揃ったという訳ね」

「モブメイド……何を言っているんだ」


「あら、王子様は何も知らないの? まぁいいわ。このまま此処で仲良く地獄へ落としてアゲル♡ グランツ!」

「喰らえ――大地を屠る剣グランドイーター


 グランツ侯爵が再び大剣を突き立てる。しかし、岩盤がこちらへ飛んで来る事はなく……。


「彼女達は今から大事な話があるんだ。親は子のやる事に口出しは無用だ」


 ジルバートがグランツの前に立ち、混沌の魔剣カオスブリンダーを同じく地面へと突き立てていた。グランツが技を放つ前に打ち消したんだろう。両者は同時に剣を引き抜き、刃をぶつけ合う。ジルバートはニヤリと笑い、漆黒の渦を出現させる。


「ヴァイオレッタ! 悪魔には浄化の力だ。クラウンの聖剣を使え!」

「ジルバート!」


 ジルバートとグランツの姿はその場から消失する。グランツがこの場に居ると邪魔になると判断したのだろう。王宮の中庭に残るはモブメイド姿のミランダ、ワタクシモブメイドミランダヴァイオレッタ様、そして、クラウン王子の四名。


「終わりだ。モブメイド。お前一人では俺達には勝てん」

「ふーん。それで勝ったつもり? メフィストの力はこの程度じゃあないわよ?」


 モブメイドミランダは再び宙へと浮かぶ。そして、両手を掲げると、中庭にある植物の蔓が伸び、ワタクシ達を縛ろうと襲い掛かる。しかし、ワタクシが蒼い瞳を光らせた瞬間、光と共に蔓を覆う闇は浄化する。


「ちっ、面倒ね、その力!」


 闇の火球も、操る植物の蔓もワタクシを包む聖なる光によって阻まれる。光の中へ入るミランダヴァイオレッタ様とクラウン。それまで余裕の表情だったモブメイドの口元が歪む。


「クラウン、ワタクシの手を取って。モブメイドの闇を浄化します」

「嗚呼」


 これで全てを終わらせる。

 クラウンとワタクシが手を取った瞬間、右手に持つ彼の聖剣が輝きを増した。


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