悪魔の力を払い除けたワタクシを見たミランダは嗤う。まるでその場の状況を愉しむかのように。
「その力……本当は私が継承する予定だったんだけどね……」
「それってどういう?」
「今更どうでもいいわ。さぁ、
ワタクシの疑問へ答える前に、ミランダの紅い瞳が再び妖しく光る。カインズベリー侯爵家へ残っていたメイド達の瞳がミランダの瞳に呼応するかのように紅く光り、下を向いたままゆっくりと動き出す。モブメイド姿のミランダは再び階段の上へと移動する。あくまで静観するつもりなんだろう。
しかし、メイドの一人が短刀をこちらへ向け、迫って来た瞬間、ワタクシへ届く前にその短刀は弾かれる事となる。
「ご無事ですか、ヴァイオレッタ様!」
「ひぃいいい! どうなってるんですかぁ~~この状況!?」
「ヴァイオレッタ様、此処ハ、オマカセヲ!」
ワタクシを取り囲むかのように、ローザ、グロッサ、ブルームが素早く陣形を取る。それだけではない、王宮からワタクシが連れて来たメイド達、護衛の騎士は、既にカインズベリー侯爵家に残っていたメイド達を取り囲んでいた。
「何故……
それまで愉悦に満ちた表情だった
「相手が魅了して来るって分かっているんだから、対策しておくのは当たり前でしょう?」
ワタクシが右手の甲を見せる。白く光る紋様は、女神の魔力を引き出す時に現れる紋様。そして、その紋様は、ローザ達の手にも同様に出現していた。
「そうか……
王宮図書館で聖女に
モブメイド姿のミランダがワタクシ達諸共消し去ろうと踊り場から巨大な火球を放つ。しかし、皆の前へ出たワタクシが両手を翳すと、幾何学模様の魔法陣が出現し、火球は魔法陣へぶつかった瞬間消失する。
「前回ワタクシは屋敷を燃やされたのよ?
「嗚呼、それもそうね」
素早くミランダの居る踊り場へ移動するワタクシ。しかし、彼女が背後に立っていた人物へ目配せをした瞬間、それまで動いていなかった髭面の男が地面へ大剣を突き立てる。
刹那、踊り場は隆起し、階段は瓦礫の山と化す。
――
ミューズ様が見せてくれたかつての記憶にあった、元騎士団長スミスと渡り合ったと言われるグランツ侯爵の剣。幾ら聖女の力を引き継いだとは言え、あれを相手にするのは厄介だ。
ワタクシは素早く飛び上がり、回避したものの、モブメイド姿のミランダとグランツ侯爵は、あろうことか消失した階段があった場所に浮遊したまま、こちらを見下ろしていた。
「このままあなたと遊んであげてもいいんだけど、そろそろ時間なのよね。あなた達とは此処でお別れね。さようなら、ヴァイオレッタ――いや、モブメイド」
「ミランダ! 逃げるの!?」
闇の渦に包まれ、モブメイド姿のミランダとグランツ侯爵は消失する。いけない、逃げられた!
ミランダとグランツ侯爵がその場から消えた瞬間、操られていたメイド達は気を失う。どうやら彼女の術が解けたようだ。だが、安堵する間もなく、続け様に外から聞こえる爆発音。そして、屋敷全体が震動する。この轟音は?
ブルーム、ローザと共に素早く入口の扉を開ける。屋敷の外は炎の壁に包まれていた。屋敷に火を放つのではなく、周囲から丸ごと屋敷を炎で包み込む。フレイア騎士団長の洗脳を解いた今、相手が此処までの上級魔法を使えるとは思っていなかった。
「皆を屋敷の地下へ避難させて」
「ですが、ヴァイオレッタ様!」
「ローザ、早く!」
ローザへ皆の避難を促し、炎の壁の前へ立つワタクシ。ひと呼吸置き、両手を前へ翳す。
「氷魔法――
聖女の魔力とワタクシの魔力を混ぜ、氷魔法を炎の壁に向かって放つ。掌から放たれた風が吹雪となり、炎の壁へぶつかるも、炎は消えるどころか勢いを増していく。
駄目だ、威力が足りない。聖女の力は悪魔を浄化する力に長けていても、全ての魔法を扱えるような膨大な魔力を得た訳ではないのだ。魂はモブメイドであり、器はヴァイオレッタの身体。その魂と器が潜在的に持つ力は引き出せても、それ以上は不可能。
「氷魔法――
(お願い、消えて!)
何度も同じ魔法を放ち、火を消そうと試みるワタクシ。だが、ワタクシの願いも虚しく、今にも屋敷へ燃え移りそうな炎。火の粉が眼前に降り注ぎ、思わず後退する。
「――
無数の水の塊が火の粉を打ち消し、炎の壁へとぶつかっていく。ワタクシの前へ立った蒼い髪のメイド。ワタクシをいつも守ってくれた第3メイドのブルームだった。
「さぁ、メイドの連携を見せるのよ。ハイパーバケツリレー、スタートぉおおお!」
(――ぇえええええ! みんな、何やってるんですかぁああああああ!)
思わずワタクシの中に居たモブメイドが叫んでしまった。屋敷の西側では、グロッサ率いる王宮メイドチームがバケツリレーで炎へ水をかけていた。
「これ以上、スパイ、スパイなんて言わせません!
何やら手に持ったアイテムから水を放出しているのは桃色ツインテールのモブメイド、ピーチちゃん。どうやらダブルで内通者をやっていた事でスパイスパイ言われていた事を根に持っているようだ。って、あのびっくりしゅーたーってよく分からない武器は、例の鉱山で採れた精霊石の力を加えたミュゼファイン王国の武器なんだろう。
「ヴァイオレッタ様、死ぬときは皆一緒です」
「……ローザ」
ワタクシの横に立つ有能メイド、ローザ。炎の壁がこれ以上迫って来ないよう、広範囲に防御結界を展開している。どうやらワタクシは、皆の信念を見誤っていたようだわ。
「ありがとう、皆。じゃあ、最後まで足掻くわよ!」
「勿論です!」
「御意」
皆の意思がひとつになったその時、炎の壁の外側から冷たい空気が通り抜けた気がした。瞬間、屋敷の正門があった場所から白い風が駆け抜ける。道を開けるかのように正門周辺の炎が一瞬にして氷の壁へと変化していく。
「奏でよ――
地面が、炎の壁が次々に凍っていき、煌めく氷の結晶が塵となってワタクシの周りに降り注いでいく。やがて、氷の結晶と共に姿を現した貴公子は、綿雪のように純白の髪を靡かせ、ワタクシの前でいつもの笑顔を見せた。
「怪我はないかい、ヴァイオレッタ」
「アイゼン王子」