銀髪の伯爵令嬢――ミランダ・ショーン。その中身はわたしがずっと憧れ、そして、まさに今その姿を演じているヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリーその人だった。
ヴァイオレッタ様は生きていた。それだけでもう……胸がいっぱいで。わたしは暫く、ヴァイオレッタ様の姿そのままで、ミランダ姿の彼女の胸で泣いていた。
「あの……ヴァイオレッタ様も……女神様と契約したのですか?」
「ええ、そうね。少しお話しましょうか」
ヴァイオレッタ様はそう告げると、わたしへ話してくれた。あのとき……お屋敷が燃えた日。ヴァイオレッタ様はわたしと共に命を落とした。でも魂が燃え尽きる直前、真っ白な光の中で優しく語りかける女性の声がした。それが、女神ミューズ様だったんだそう。
ヴァイオレッタ様は女神様と契約し、わたしと共に時を渡った。本来であれば、わたしとヴァイオレッタ様は自身の身体へ再び転生する予定だった。しかし、そこへ邪魔が入った。
「それが、悪魔メフィスト」
「ええ、恐らく」
再び目を覚ました時、ヴァイオレッタ様の魂は何故かミランダ伯爵令嬢へ、そして、わたしの魂はヴァイオレッタ様の中へ入っていた。そして、ヴァイオレッタ様は気づいた。自身が破滅へと向かった事は全て仕組まれた事であり、悪魔と契約した黒幕が居るのだという事を。
「モブメイドちゃんの魂がワタクシの身体に入っている確証もなかったから初めは遠くから、様子を見ていたのよ?」
「じゃあ、いつ気づいたんですか?」
「それは勿論、アイゼン王子の誕生日パーティね。あの時、ワタクシはこの子を罵倒した。でもあなたはそうしなかったでしょう?」
ミランダ伯爵令嬢姿のヴァイオレッタ様は、アイゼン王子と距離を縮めつつ、わたしの様子をずっと見守っていたんだそう。そして、いつか時が来たら真実をわたしへ告げようと、この時を待っていたんだそうだ。
「ずっと、ずっと見ていてくれたんですね」
「今まで何もしてあげられなくてごめんなさいね」
「ととと、とんでもないです! わたしはヴァイオレッタ様と同じ場所で同じ空気を吸えるだけで幸せですから!」
「ふふふ、大袈裟ね」
「全て真実です!」
鼻息を鳴らして両手を腰に当てるわたし。これでわたしたちは真実へと一歩近づいた。あとはもう、
「行くのね……モブメイドちゃん」
「はい、わたしは最後までヴァイオレッタ様を演じきって見せます」
カインズベリー侯爵家へ侍女達全員を連れて向かう。そこにはきっと何かが待っている。大丈夫、わたしにはヴァイオレッタ様も、信頼出来る仲間も居る。
ヴァイオレッタ様の
「そう、モブメイドちゃんがやはり聖女の継承者だったのね。ワタクシもアイゼン王子とコンタクトを取って、何か手伝える事がないか考えてみるわ」
そう告げるとヴァイオレッタ様もミランダの仮面を被る。ここからはワタクシがヴァイオレッタで、ヴァイオレッタはミランダ伯爵令嬢だ。
運命をかけた最期の仮面舞踏会が始まるのだ。
「よろしくお願いするわね、ミランダ。では行って参ります」
「ヴァイオレッタ様、ご武運を」
★★★
用意された複数台の馬車に乗り、ワタクシとメイド達はカインズベリー侯爵家へと向かう。曇天が陽光を隠している。嵐の前の静寂がこの地を支配しているかのよう。
「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」
お屋敷の前へ到着すると、既に百名のメイドのうち、お屋敷へ残っていた侍女達が左右に分かれ、入口にて、ワタクシを出迎えてくれた。
ワタクシを先頭に、ローザ、グロッサ、ブルームと序列順にメイドが続いていく。最後尾は護衛として王宮より派遣された騎士、二名だ。尚、最後尾へ置いている理由は、ローザやブルームの方がよっぽどワタクシの護衛として有能であるからである。
屋敷へと入ると、お屋敷のメイド達がワタクシ達に続き入室し、エントランスに侍女達全員が集まる形となった。
二階へ続く階段の踊り場へヴァイオレッタの父であるグランツ・ヴィータ・カインズベリーが現れる。そして、何故かその隣には、エントランスで見掛けなかった最後のメイド。88番目のモブメイド――この世界のわたしが控えていた。
「よく戻った。ヴァイオレッタ。王宮での生活も順調よようで何よりだ」
「只今戻りました、お父様」
グランツ侯爵は全員を舐めるように一瞥した後、ワタクシへ声を掛ける。そして、その場に居たメイド達全員へ向け、声高々に宣言する。
「我は今より、クイーンズヴァレー国へ反旗を翻し、クーデターを起こす事と決めた。さぁ、お前達も我に続き、全身全霊を持ってその身を捧げるがよい」
爬虫類のような黒い虹彩と真っ赤な瞳孔。あのとき操られていた騎士団長フレイアと同じ瞳。隣に控えているモブメイドは表情を変えていないものの、なんだかとても楽しそうにしているわね。
「ご主人様、仰っている意味がよく分かりません」
「あの、あの……何かの冗談ですか?」
「ご主人、雰囲気……異常……」
ヴァイオレッタを取り囲むように、三名のメイドが前へ出る。しかし、メイド達の言葉へグランツ侯爵が答える前に、それまでひと言も発していなかった彼女が遂に、グランツ侯爵の前へと躍り出る。
「ふふふ、哀れなメイドの皆様。大丈夫、直ぐに欲望のまま生きていけるよう、魂を解放してあげますわ。この国は悪魔の帝国として産まれ変わるのですから……」
「あなた、王宮に居た筈よね。どうして既にカインズベリー侯爵家に!?」
「ローザ、あのモブメイド、オカシイ」
異常に気づく二人。ブルームは、懐に忍ばせていた短剣を握り、モブメイドを睨みつける。
「ローザ、ブルーム。貴女方程度ではわたしに触れる事すらかないませんよ。さぁ、始めましょうか? 最期の舞踏会を!」
愉悦に満ちた表情のまま、この世界のモブメイド――わたしの姿をした