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37 ジルバートの正体

 階段の下は洞窟になっていた。ジルバートが火属性魔法で掌から炎を出し、それを灯りに進んでいく。暫く進むと人工的に造られた巨大な扉が目の前に現れる。


 ジルバートが扉へ手を翳すと、光る幾何学文様が扉へと広がり、地鳴りと共に扉は横へと開いていく。


「ここは、何?」


 広い部屋の中央はせり上がっており、何やら儀式をするような円形の舞台が存在していた。燭台に囲まれた舞台中央には何かを宝石を嵌め込む事が出来そうな台座があった。


「此処は、儀式の間だよ。聖女の力が眠っていると言われている。聖女の神殿地下にあるものと同じだ」

「どうして、この教会の地下にそんなものが……?」

「その答えはお前が解き明かすんだ。さぁ、次の扉を開く鍵はお前・・が持っている」

「鍵なんてワタク……いや、わたし、何も持っていないわ」

「肌見離さず身に着けているじゃないか?」

「え、それって……」


 そこまで言われて気づく。わたしが肌見離さず身に着けているもの……それは、星降祭ステラフェスタの前、クラウン王子から貰ったプレゼント。女神水晶ミューズクリスタル首飾りネックレス


 確か、持ち主に危機が訪れた時、一度だけ助けてくれると店員から聞いた憶えがあった。女神ミューズ様の祝福を受け、聖なる魔力を蓄えた女神水晶ミューズクリスタル……でも、王子から貰った首飾りが此処に嵌まるなんて偶然……。


 恐る恐る首飾りについている女神水晶ミューズクリスタルを嵌め込むと、台座はゆっくりと沈んでいき、舞台の奥、地面から小さな部屋が出現する。


「ねぇ、どうして偶然貰った女神水晶が⁉」

「偶然じゃない、必然だ。時を超え、ようやくお前は女神ミューズ様に導かれたのさ」


 わたしとジルバートが部屋へ入った瞬間、入口の扉が閉まる。そして、四方の白壁が光を放ち、部屋の奥には祭壇とミューズ様の女神像、机の上にはひとつの書物が置かれていた。


「その女神水晶ミューズクリスタル、生前もヴァイオレッタが持っていた。だから女神に導かれ、お前と共に時を戻った」

「え?」


 ジルバートは祭壇へと近づき、机に置かれた書物を手に取る。そして、わたしへと差し出す。


「モブメイド、これが真実・・だよ。読めば分かる」

「もしかして……シスターの日記?」


 それは、わたしを育ててくれたシスターの日記だった。わたしを含めて六名の子供がこの教会で暮らしていたらしい。最初は教会で静かに暮らす子供達とゆっくりとした時間を過ごしている日記だった。しかし、後半になるにつれ、事態は急転していく。


『もう、この教会は長く持たないでしょう。あの娘を継承者にするため、継承者候補は消される。それが彼等の手口。○○○○が真の聖女候補だと知られてしまった。子供たちをわたしが守らねば』


 名前の部分は全て黒塗りになっていて何故か見えなかった。でも、それがわたしを指しているのだと途中から気づいていた。


『カイトにあの子の秘密を伝えました。教会が襲われたとしても、あの子は賢いからきっと、二人で逃げる事が出来る。どうか○○○○を守ってね、カイト』


 カイト……そうか、教会でいつも一緒に遊んでいつも一緒に過ごしていた男の子……。どうして名前を忘れてしまっていたのだろう。


『聖女の血継は、あの子を含めて七名。もう四名殺されてしまった。次はきっと○○○○。だからわたしはこの地下室へ、この日記と、最期の希望を託す事にしたわ。女神水晶は信頼出来る占術師へ渡した。あの人なら魂の行方を辿って、いつかあの子に近しい人へと届けてくれる』


 そして、教会にとって運命の日が訪れる。あの日、教会は燃え、子供達とシスターは尊い命を落とした。でも、わたしはシスターの魔法結界に守られて、生き残ったんだ……。


「俺様……いや、はあの日、お前を連れて逃げるつもりだったんだ。だが、目を覚ました時、お前の姿はなかった。血眼になって探したよ。モブメイドになっているお前を見つけるのにどれだけの時を費やしたか……」

「あなた……カイトなの!?」


「ああ、そうさ。俺の名前……思い出してくれたんだな」

「ありがとう……ずっとずっと、わたしを守ってくれていたんだね」


 両眼から自然と雫が零れ落ちる。


 ヴァイオレッタ姿とジルバート姿のまま、ゆっくりと抱き合う二人。でも、脳裏には幼い頃の互いの姿が浮かんでいた。カイトはあの日、わたしと同じく生き残り、真実を求めてわたしを探した。そして、長い年月をかけて、カインズベリー侯爵家のモブメイドになったわたしを探し出したんだ。


「見つけ出すの、大変だったでしょう?」

「嗚呼、全く手掛かりもなかったからな。何年もかけて、国中を探し回った」


 そっか、ずっとヴァイオレッタ様のモブメイドとして生きてきたわたしは、それ以上でもそれ以下でもなかった。だって、教会が燃えたあの日、わたしは一度死んで、更にはカインズベリー侯爵家が燃えた日に、二度も死んでるようなものなのだ。


「カイト……教えて」

「なんだ?」


「わたし……気づいてしまったの……今まで何の疑問も感じた事がなかったんだけど」

「嗚呼、そろそろ気づくと思っていたよ」


 まるで、わたしがその質問をするだろうと予測していたかのように、彼はジルバート姿のまま、切れ長の瞳でわたしを見つめる。


「わたしはずっとモブメイドだった。ねぇ、どうしてこの世界にわたしの名前は存在しない・・・・・・・・の? わたしの名前って……くっ!」


 急に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走り、そのままジルバートへ凭れ掛かるわたし。何かに呼応するように、わたしの肩が震え始める。これは……恐怖?


「すまない、お前の本当の名前は今、封印されて・・・・・いるんだ。お前が女神と契約し、時を戻った代償に。だから、俺もお前の本当の名前を口に出す事が出来ないんだ」

「そんな……」


 時を戻った代償……女神との契約……その言葉に反応したのか、銀色の女神像が光を放ち始める。そして、光に導かれるがままわたしは女神像に触れ……。


『あなたを、待っていましたよ』


 そして、わたしの身体は光に包まれた――

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