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36 はじまりの場所

「え? ヴァイオレッタ様が……この世界にも存在する?」


 そんなこと、考えもしなかった。むしろ、この身体のどこかでヴァイオレッタ様は眠っているのではないかと。そして、あの日死に戻ったのはわたしだけだと勝手に思っていたのだから。じゃあ、ヴァイオレッタ様は何処に……あ、まさかもしかして……。


「ま、まままさか、わたし? モブメイドの正体がヴァ、ヴァイオレッタ様ぁあああああ?」

「いや、それは違う」

「なんだぁ~残念」


 途端にシュンとなるわたし。88番目であったモブメイドごとき・・・の肉体に、高貴なヴァイオレッタ様の魂が宿っていたのなら、それはもう天にも昇る出来事だと思ったのに。って、そんなことを考えている場合ではない。彼が死に戻ったのなら、聞かなくてはいけない事があるのだ。


「待って。そこまで知っているのなら、カインズベリー侯爵家に火をつけた黒幕は誰なの? マーガレット王女?」

「黒幕は俺様にも分からない。何せ、俺様はあの日、間に合わなかったからな。だが、少なくともマーガレット王女ではない。彼女は何者かに利用されていただけだ。今回もな」

「今回もですって?」


 ジルバートによると、マーガレット王女は純粋な皮を被った泥棒猫気質らしい。他人の者が欲しくなる。肥沃な土地を持ち、富に溢れるクイーンズヴァレー王国。そして、その地で自由に立ち回るヴァイオレッタに嫉妬し、王宮へ忍び込み、クラウン王子を奪った。そして、カインズベリー侯爵家と敵対する北の地を統治するレイス侯爵の手を借り、カインズベリー侯爵家があたかもクーデターを起こしたように仕向け、追放に追いやったのだ。


「だがな、この話には続きがあるんだよ。俺はそのあとももう暫く生きていた・・・・・・・・・からな」

「え? じゃあ……カインズベリー侯爵家が燃えた後……何が起こったの?」


 何か触れてはいけない禁忌・・に触れてしまいそうな気がして、全身に何故か悪寒が走る。少し間を置いた後、ジルバートはわたしに告げた。


「クイーンズヴァレー王国は滅んだのさ。ミュゼファイン王国とレイス侯爵家がクーデターを起こし、国を乗っ取ろうとした。そして、滅んだ。俺はその災禍に巻き込まれて死んだ。だが、そのときある者・・・と契約し、死に戻ったのさ」


 クイーンズヴァレー王国が滅んだ……それは信じ難い事実だった。でも、それが真実ならば、ミュゼファイン王国をなんとかしないと大変な事になるのではないか? わたしが行っている破滅回避は果たして正しいのか? 様々な疑念が沸いて来るのだ。


「そう、つまり、カインズベリー侯爵家とヴァイオレッタ令嬢が破滅回避をしたところで、国が滅ぶ可能性は十二分にあるという事だ」

「じゃ、じゃあ。わたしはどうすればいいの? 何をすれば!?」

「いや、お前はもう何もしなくていい。俺様が黒幕を見つけ出し、叩き潰すからな」


 真っ直ぐ虚空を見つめる彼。しかし、絶対に破滅回避しようというわたしと同じ信念がそこに伝わって来た。


「あの……ジルバート……生前のあなたって、何者だったの?」

「すまない、契約・・に触れることは答えられない。だが、連れていきたいところがある。今からついて来て貰えないか?」


 彼がそう言うと、何もない空間に漆黒の渦が顕現する。これはあのとき、わたしと王子の前で使った転移魔法だ。転移魔法の渦を前に、一瞬たじろぐわたし。一緒に転移魔法の空間に入った瞬間、身が引き裂かれる可能性だってあるのだ。すると、ジルバートはわたしの両肩へそっと手を置き、真っ直ぐな瞳でこちらを見た。


「今までの行いを考えると信じて貰えないかもしれない。だが、モブメイド。俺様は、お前の味方だ。これだけは信じてくれ」

「ジルバート……」


 そういうとジルバートは自身が身につけている漆黒の外套の中へとわたしを招き入れる。どうやらこの外套の中に居れば、彼の魔力に護られ、無事転移出来る仕様らしい。此処はもう、彼を信じるしかない。そう思い、飛び込もうとしたその時……!


 キン――


「賊メ、ヴァイオレッタ様カラ離レロ!」


 ジルバートはわたしを覆った状態のまま、懐から取り出した銀刀で飛んで来た刃を躱していた。物凄い形相で彼を睨みつける蒼髪のメイド。そう、ブルームが目を覚まし、彼へ向かって短刀を投げたのだ!


「待って、ブルーム! これは違うのよ!?」

「止む負えん。このまま行くぞ!」

「え? 待ってジルバート!」


 そのまま漆黒の渦の中へ飛び込むジルバートとわたし。ブルームがヴァイオレッタの手を掴もうとするも、手は擦り抜け、そのまま漆黒の渦はその場から消失する。必死の形相をしたブルームを置いたまま、わたしとジルバートは別の場所へと転移する。


 真っ暗で何も見えなかったのは一瞬、突然明るい場所に出た事で、わたしは思わず目を瞑る。


「ここからは外だ。念のため、お前はヴァイオレッタとして振る舞うといい」


 誰にも聞こえない程度の小声で耳元で囁くジルバート。恐る恐る目を開けると、そこは、柵に覆われ、荒廃した土地が広がっていた。何もない場所の中央には瓦礫の山。地面に落ちているあれは……教会の鐘?


 外套で包んでいたワタクシから離れ、先に歩を進めるジルバート。慌ててワタクシはヴァイオレッタとして彼の後をついて行く。


 どうやら此処はかつて教会だった場所らしい。割れたステンドグラスの跡。礼拝堂があったのだろうが、ほぼ灰燼と化している。火事で消失してしまったのか、見るも無残な状態だ。


 火事で消失?


 何か既視感を覚えるわたし。よくよく見ると、荒廃しては居るが、何か懐かしさを感じる。気づけばワタクシは、何かを辿るようにゆっくり周囲を見渡しながら歩を進めていた。あっちが食堂。その奥が寝室のあった建物。じゃあ、あの丘の向こうには牛や鶏を飼っていた小屋の跡があるのだろうか? 


 そうだ。此処はモブメイドがモブメイドとなる前、幼い頃生まれ育った場所。カインズベリー領より遥か西、聖女の神殿があるセイヴサイド領手前にある丘の上にあった教会……その跡地で間違いなかった。


「ヴァイオレッタ、こっちだ」


 敢えてヴァイオレッタの名前でワタクシを呼ぶジルバート。どこまで彼は警戒しているのだろうか? それだけ今までも危険を冒して破滅を回避して来たのだろうか? そこは礼拝堂があった場所らしい。崩れたパイプオルガンが瓦礫に埋もれている。そして、その奥……瓦礫に囲まれながらも崩壊する事なく、創世の女神ミューズ様の姿をしたその像は祈りのポーズのまま横たわっていた。


「銀の女神像……これって」


 ジルバートは、女神像の背後へと廻り込み、瓦礫をどかし始める。そして、そこに現れたのは……隠し階段だった。


「行くぞ」

「は、はい」


 ワタクシとジルバートは、ゆっくりと階段を降りて行く。


 〝追憶は女神像の下へ還る〟いつか聞いたあの言葉を反芻しながら――



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