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『――聴こえますか?』


 ん? 誰だろう、ワタクシを呼ぶ声……なんだか聴いているだけで心が落ち着いてくる。このまま優しい声に包まれて眠っていたい


『いや、眠ってしまっては駄目です。むしろ今眠っているのですから眠れません』

「え?」


 その声に思わず目を開けるワタクシ。いや、ワタクシじゃない……真っ白な世界に立つわたし・・・はヴァイオレッタ様の姿ではなく、モブメイドの姿だった。どこでもない世界。そこに誰かの声だけが響いていた。


『本来干渉はタブーなんです。ですからひとつだけあなたへ伝えます。女神はいつもあなたを見守っています』

「その言葉は……」


 一瞬だけ、懐かしいあの笑顔が見えた気がして……。


…………


……


「――ヴァイオレッタ、ヴァイオレッタ!」

「シスター!?」


 ワタクシを呼ぶ声にベッドから飛び起きる。って、目の前にはものすご~く整った顔があって。


「え? クラウン!?」

「シスター? ではないぞ? さては寝惚けているなヴァイオレッタ。目が覚めたようだな、大丈夫か? 心配したんだぞ、王宮図書館で気を失って運ばれたと聞いた時には」


 えっと、だんだんと思い出して来た。図書館で紅茶を飲んでいた時に、突然脳裏に何かの映像が浮かんだ瞬間、頭が痛くなって、そして、そのまま気を失ってしまったんだ。どうやら此処はワタクシの自室らしく、ランプの灯りだけついているところを見ると既に夜らしい。


「え? あ、ワタクシ……。気を失って眠っていましたのね」

「嗚呼、まさか護衛をつけていない時に倒れるとは。これ以上俺を心配させるなよ? ほら、熱はないか?」

「え、ちょっと……クラウン!?」


 ワタクシのひたいにクラウンが自身の額をくっつける。クラウンの吐息がワタクシの鼻へかかる。いや、近い。熱が無くても、頬が火照ってくるのが分かる。


 クラウン王子はあの事件以来、ワタクシをより心配するようになった。溺愛に拍車がかかっている気がして心配なくらい。ヴァイオレッタとしても中に居るモブメイドとしても、幸せなひと時を過ごせる事はいい事だとは思う。


 でも、このまま唯々愛欲に溺れてしまって深く沈んでしまっては真実へ辿り着けないような気がして、このまま王子の愛に深く溺れていたいと思うワタクシも居て。


 二律背反――


「やはり熱があるようだ。今日はこのままゆっくり休むといい」

「それは……王子がこんなに近づいてくるから……」

「俺はお前が心配なだけだ」


 クラウンがそう呟くと、まるで磁石に吸い寄せられるように、互いの口元がそっと触れる。互いの温もりを確かめるように暫くそのままで居る二人。彼が両腕をそっとワタクシの背中へ回そうとした時、ワタクシはそっと両手で彼の身体を離す。


「待って。今日は……まだ調子がよくないから……」

「そうだな。すまない。また今度にしよう。おやすみ、ヴァイオレッタ」

「おやすみなさい、クラウン」


 その日、クラウン王子は自室へ戻り、ワタクシは眠れない夜を過ごしたのだった。



 ――ヴァイオレッタ様ぁああああ、モブメイドはぁああああ、このまま王子に溺れてしまっていいのですか?


★★★


「ちょっとお姉様! ご無事ですの? 心配したじゃないですか?」

「ヴァイオレッタ、これからは僕が護衛についていましょうか?」 


 ええ、こちら朝食会場。昨日ワタクシが倒れたという情報が出回っているらしく、クラウン王子の妹君と弟君がそりゃあもう、心配してワタクシの傍へ駆け寄って来たのだ。


 フィリーナ王女はワタクシのほっぺたに手を添えて心配して来たのだけれど、途中から『お、お姉様どうしてこんなにお肌がモチモチスベスベなんですの!?』と、論点がズレてしまっていた。


 アイゼン王子は最近ワタクシと一緒でない事が多かったため、改めて護衛を申し出てくれたのだ。というのも、最近アイゼン王子はあのミランダと一緒に居るところをよく見かけているのだ。公務以外のときは、騎士団長と剣の訓練をしているか、ミランダ令嬢とデートしているみたい。これはミランダ令嬢がアイゼン王子と結ばれるのも時間の問題なのではなかろうか? 


「アイゼン、心配は要らんぞ。これからは、俺がしっかりヴァイオレッタについているからな」

「いやいや、兄さん。あなたがついていながらヴァイオレッタが倒れているじゃないですか?」


 朝食のローストした鴨肉を口に含みつつ、得意気に話すクラウン王子を否定するアイゼン王子。『まぁまぁ、アイゼン。四六時中護衛をつけなくていいと彼に言ったのは他でもないワタクシなんですよ?』と此処で発言してしまうと同席している王様と王妃様に護衛をつけられそうなので、暫く静観していようと思う。


「じゃあ、わたくしがこれからはヴァイオレッタお姉様と毎日ランデブーしますわ♡」

「それは、ワタクシから遠慮しておくわ」

「えぇーーー!? お姉様ぁあああああ」


 瞳がハートマークになっているフィリーナ王女を華麗に躱すワタクシ。いやいや、フィリーナ王女には悪いけど、毎日あなたとワタクシでランデブーしている内に破滅エンドを迎える訳にはいかないのよ。ごめんなさいね。


「今度一緒にアップルタルトを作るから、ね?」

「やったぁ~~それでこそわたくしのお姉様ですわ♡」


 いつからフィリーナのお姉様になったのかはよく分からないが、この子はこのままそっとしておこうと思う。


「しかし、ヴァイオレッタ。お前を襲った賊も見つかっていないんだ。くれぐれも気をつけるんだぞ?」

「ええクラウン、心配には及びませんわ」


 恐らくクラウン達には見えていない・・・・・・と思うが、ワタクシの傍には常にブルームが陰となって護衛についている。つまり王宮の護衛は最低限で問題ないのだ。それに、四六時中護衛につかれると真実を探るために色々と調査する事に支障が出てしまう。ワタクシは誰からの命令も受けず、自由に立ち回る方が性に合っている。


 クラウン達との食事を終え、部屋へと戻るワタクシ。部屋の外には騎士団員の一人が居るみたい。まぁ、護衛役なんだろうけど、相手が暗殺者だとすれば、騎士団員一人じゃあ意味がないような気もしてならない。


「ブルームーー、少し休憩しても大丈夫だからね」


 モブメイドの時は魔力がゼロだったので出来なかったのだが、ヴァイオレッタである今は、魔力を豊富に備えているワタクシ。自身の魔力で見知った相手の僅かな魔力の動きを感知し、気配を察知出来るようになっていた。ちなみにブルームは普段一切の気配を消しているので、普通に魔力感知をしている程度では、彼女の存在を認識する事は不可能だろう。


 彼女が陰で動いている事を知っている人物は、ワタクシとクラウン王子、第1メイドのローザくらいだ。


「ブルーム? そこに居るんでしょう?」


 椅子に座っていたワタクシはこの時油断していた。この部屋は魔力で防御結界シールドも張ってあり、扉からしか侵入出来ないようになっている……筈だったのだ。でも、陰に潜む事の出来るブルームのように、もし相手が特殊な能力を扱う者だったら……。


 黒い外套を纏った女性が突然床へと伏した状態で顕現する。闇に忍ぶ姿をした彼女――第3メイドのブルームは目を閉じ、気を失っていた。そして、ワタクシは背後から口を塞がれる。


「モブメイド、待たせたな。時は来た。此処までよく頑張った」

「んんーーー、んんーー」


 それは、あの日、社交界でワタクシを助けた張本人、ジルバート・シリウスその人であった――


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