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30 そして、真実は闇へと紛れる

 真っすぐ相手を見据える王子の横顔。樹木の隙間から月光が照らす。王子の持つ月灯りを浴びた銀色の刀身が煌めく。王宮生活で剣の稽古をしている王子の姿は何度か見た事があったが、こうして実践を見るのは初めてだ。


「ヴァイオレッタ、そこでジッとしてろ。一瞬で終わらせる」


 こちらへ視線を向ける事無く、王子が小声でワタクシに囁きかける。ワタクシが木陰に隠れている事に気づいたのだろう。そう思っていた矢先、一瞬だけ前傾姿勢になった王子が眼前から姿を消した。


「ほぅ、やるな」

「お前もな」


 激しい金属音。ワタクシの横に居た筈のクラウンは、ジルバートの後ろに立っている。一瞬にして距離を詰めたクラウンはジルバートを斬りつけようとし、ジルバートはその高速剣技を受け止めた。恐らくそういう事なのだろう。


 銀色の刀身と漆黒の刀身が激しくぶつかり合う。月光を浴び輝く王子の剣に対し、ジルバートの剣は周囲の闇を取り込んだかのような漆黒の刀身。まるで光と闇。やがて、ジルバートの剣を打ち払った王子が高く飛び上がり、銀色の剣を両手に持ち替える。そして、王子は月灯りを吸収した剣を真っ直ぐ振り下ろす。


 女神の聖剣ミューズセイバー――聖戟せいげき月夜の審判ルナリス・カタルシス


 王子が剣を振り下ろした瞬間、巨大な光の柱が天上まで伸びる。眩い光はかつて悪魔を断罪する力を持ったという女神の力を形にしたもの。王子の持つ剣は、絵画や本で伝えられて来たあの英雄クロスロードが掲げる剣そのものだった。


 昼と夜を間違えてしまうかのように明るくなった世界。やがて、聖なる光は収まり、元の静寂を取り戻す。むしろ、あれだけの一撃を受けて、ジルバートは肉体諸共消滅してしまっていないだろうか? 魔の世界より召喚されたとされる悪魔や竜にも通じるのではないかと思える程の聖戟せいげきに、生身の人間が耐えられる筈もな……。


「くっ!」


 光が包んでいた場所より、漆黒の闇が黒い雷撃のように奔り、王子の身体を吹き飛ばす! 王子は聖剣で受け止めるも、ワタクシの居る場所より更に後方まで押し戻されてしまう。光の柱が顕現した場所には禍々しいオーラに身を包んだ男の姿。刀身に纏う、黒いいかづちのようなものが弾けるような音を立てている。彼は本当に人間なのか? その力は人間の持つそれではない。


 片膝をついたまま、王子はジルバートを睨みつける。自身へ傷をつけた事よりも、あの聖戟を受け止めた事の方が信じられないといった表情で。


「その剣……今の聖戟を喰ったのか?」

「だったらどうする?」


「お前……かつて帝国で悪魔を率いたと言う魔族・・の末裔か?」

「その質問には答えられない」


 そう告げた男は外套を翻し、戦いの最中にもかかわらず王子へ背を向ける。


「どういうつもりだ! まだ終わってないぞ!」

「俺様はお前と争うつもりはない。一つ忠告しておく。物事を断片でしか捉えていないようでは、真実には辿り着けん。破滅を迎えたくなければ、頭で考え、せいぜい足掻くんだな」


 今の言葉はきっと……王子ではなく、ワタクシへ向けられている。ジルバートは、此処にワタクシが居る事を分かっていて、王子と剣を交えたのだろう。ならば、ワタクシのする事はひとつ。


「待ちなさい!」

「待て、ヴァイオレッタ! どういうつもりだ」


 意を決して声を張り上げ、ワタクシは木陰より歩み出る。恐怖はない。光のように眩しい王子も傍に居る。横に立つワタクシを窘める王子を制止し、ワタクシはモブメイドの真実を知っているであろう男へ向けて、言葉を振り絞る。


「ジルバート・シリウスと言いましたね。あなた、どうして先程、ワタクシを助けた・・・の?」

「何だって!?」


 その言葉に驚いたのは王子だ。当然だ。ワタクシへ向けて放たれた刃。銀色の短剣とボウガンの矢。一見、どちらがワタクシを狙ったかは分からない。でもワタクシは確信していた。放たれたボウガンの矢が突き刺さった床に、紫色の液体が飛散しているのが一瞬だけ見えた。あれは何かの致死毒であろうと推測できる。


 姫を守る矢・・・・・へ毒は塗らない。つまりはあの矢はワタクシを殺そうとしていたのだ。ならば、ベランダの傍、二階の回廊から放たれた銀刀ぎんとうは、ワタクシを守るために放たれた。第3メイド――ブルームには、武器を回収するよう告げた。『もし、誰かが既に回収していたのならば、怪しい動きをしている者、そして、あの場で螺旋階段の上に居た騎士団員を監視するように』と。


 ジルバートはこちらを振り返ろうとしない。


「また来るぞ。ヴァイオレッタ」


 それだけ言い残し、彼を包んでいた漆黒のオーラが凝縮すると共に、闇に紛れて姿を消す。


「待て! ジルバート! くそっ……」


 悔しそうに地面を叩くクラウン。自身の剣が通らなかった事。賊を捉える事が出来なかった事実。更にはワタクシが告げた、ジルバートの放った刃は、ワタクシを守ろとしていたという事実。王子の中には今、色んな感情が渦巻いている事だろう。


「どういう事なんだヴァイオレッタ。賊はまだ、城の中に居るというのか?」

「ええ、恐らく。ワタクシの命を狙っている者が居るんだと思います」


 地面へ座り込んでいた王子の頬へ手を添えるワタクシ。王子は申し訳なさそうな表情で首を垂れる。


「すまない……ヴァイオレッタとのダンスに夢中で、姫へ向けられる刃へ気づく事すら遅れた。俺は王子失格だ」

「そんなことはありません。ワタクシのためにこうして、賊を捉えようと走り、戦ってくれたではありませんか?」


「だが、その男にも逃げられ、しかも、奴は賊ではないと来たもんだ。あまりの滑稽さに、笑いすらこみ上げてくるよ」

「王子、あなたはそのままの王子で居て下さい。利権や欲に目が眩み、破滅を招かなければ、ワタクシはずっとあなたの傍に居ます」


「勿論だ。そんな真似はしない。今度こそ、君を守ると誓う。もう君に刃は向けさせない」

「ありがとう」


 王子とそっと接吻くちづけを交わすワタクシ。真実を手にするその日まで、この王子の笑顔を手放さない。

 月灯りが照らす静寂の中、ワタクシは心の中でそう誓うのだった――


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