遂にこの時がやって来た。
運命の社交界。思えば生前のこの日、婚約者としてクラウン王子に紹介される筈のヴァイオレッタ令嬢は、突如現れたミュゼファイン王国の王女――マーガレット・ミュゼ・クオリアによって苦虫を噛み潰したかのような扱いを受けたのだ。
あのとき、何故クラウン王子がマーガレット王女の手を取ったのか。社交界の裏方仕事をやりつつ現場を見ていたモブメイドには真実が見えていなかった。が、今なら分かる。クラウン王子はこの社交界よりずっと前から、マーガレット王女と繋がっていたのだから。
社交界へミュゼファイン王国から訪れた人物は、マーガレット王女とそのお付らしき眼鏡をかけた女性と貴族らしき人物、護衛の騎士数名。先日王様へ
尚、マーガレット王女が扮していた王宮のモブメイドは
今回、社交界の進行を務める王宮執事のスミスさんが、本日の社交界出席者である貴族の者を一人一人紹介していく。
セイヴサイド領のホワイト侯爵と次期神殿の聖女候補とされるミレイ令嬢。聖女候補は静かに侯爵の横に佇んでいるわね。
カインズベリー家と敵対する北の地を統治するレイス侯爵とそのご令息。成程、ご令息の視線の先はフィリーナみたいだけど、お生憎様。フィリーナ王女は既に、兄かワタクシかスイーツにしか興味ない娘に調教済よ。
ミランダを虐めていたショーン伯爵家の長女と次女は相変わらずどこかのご令息をゲットすべく
そう、この場に居る百名近くの令嬢、令息、紳士、婦人。皆それぞれが目的を持って此処へ集まっている。これは戦場。華やかな社交界の裏で、互いの地位と名誉を賭けた大勝負の場。これが裏方のモブメイドでは舞台にあがる事すら許されなかった、上流階級の世界。
「さぁ皆様、お待たせ致しました。本日の主役となるお二人を紹介します。我がクイーンズヴァレー王国、第一王子クラウン・アルヴァート様。そして、その婚約者であるカインズベリー侯爵家の第一令嬢。ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリー様!」
スミスの合図で、登場するクラウン王子とワタクシ、ヴァイオレッタ。王族の控室より出て、社交界の舞台へと続く螺旋階段へ向かう。王子がワタクシの手を取り、一段一段螺旋階段を下りる度、その会場を惹き込む
どれだけの美男美女が此処に揃っていようが関係ない。先刻述べた貴族達の名前だって、正直半分以上覚える必要はないわ。なぜならば、今回の主役はクラウン王子とワタクシ、ヴァイオレッタだ。
「それでは、クロスフォード・アルヴァート国王陛下より、社交界開催の辞をいただきたいと思います」
「本日はよく集まってくれた。今日の良き日が素晴らしき日となるよう、ささやかな食事と音楽を準備しておる。そして、本日は隣国ミュゼファインからゲストも迎えておる。ミュゼファインの皆様も肩の力を抜いて、この興を愉しんでいただたきたいと思っている。それでは、この場に居る王族、貴族、全ての者の栄華と繁栄を祝して、乾杯!」
やめなさい。心の中のモブメイドが『偉い人の話って長いですよねぇ~』と口を3の形にしていたものだから、脳内で息を吹きかけて妄想を吹き消しておいたわ。王様の合図と共に、始まる社交界。ワタクシは隣に居る王子と乾杯する。
「ダンスの時間までは暫く時間がある。お前の好きな料理を存分に堪能してもいいんだぞ?」
「ふふふ、周囲の貴族さん方がそうさせない事は知っているでしょう?」
クラウン王子とは小声でそんな会話を交わしておいた。今日に関しては、事前に牽制しておいた王女がクラウン王子へ迫る事はないだろう。マーガレット王女の横に居た人物はミュゼファイン王国の大臣らしい。早速王女を連れて王様と王妃へ挨拶をしている。
さてと……。まずは第一段階の仕掛け。始めましょうか。ワタクシはある人物へアイコンタクトを送ると、その
「これはこれはカイン伯爵殿、遥々ミュゼファイン王国より、ようこそいらっしゃいました。クラウン第一王子の婚約者であるヴァイオレッタの父、グランツ・ヴィータ・カインズベリーと申します」
「なんと! あなたがカインズベリー侯爵家のグランツ殿! お噂はかねがね」
ミュゼファイン王国の鉱山を手に此処へやって来たカイン伯爵と握手をした人物は……ワタクシ、ヴァイオレッタの父――グランツ。そう、ワタクシは予め、父へ鉱山の情報をそのまま伝えていたのだ。その手腕でクイーンズヴァレー王国内で経済圏を拡大して来た父がそんな話に乗らない訳がないのだ。
グランツ侯爵とカイン伯爵の談笑する様子に顔を歪ませた人物は……やはり父と敵対するレイス侯爵。自身の息子を置いて、慌てて会話に混ざろうと移動を開始したわ。さぁて、此処からどういう商談が始まるのかが気になるところだけれど、ワタクシはワタクシでやる事があるのよね。
挨拶にやって来るイケメン達を華麗に
「お姉様~~~♡ スイーツ取って来ましたよぉ~~。一緒に食べましょう~?」
「わっと。フィリーナ!? あなた大丈夫なの? どこかの令息からアプローチされてなかった?」
「嗚呼、あの
あちゃー。この妹が居ましたわね。フィリーナもあのレイス侯爵の
「ありがとうフィリーナ。ちょうどいいわ。ご機嫌麗しゅう。マーガレット王女。よかったらご一緒しませんか?」
「え? ヴァイオレッタ……様」
スイーツを山盛りに盛ったお皿を持ったフィリーナ王女と赤ワインを手に持ったワタクシ、ヴァイオレッタを前にマーガレット王女は優しく微笑むのだった――