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26 メイドそれぞれの役割

「……以上が報告になります」

「ありがとうローザ。引き続きよろしくお願いするわね」

「承知致しました」


 スカートの裾に手を添え、恭しく一礼する銀髪メイド。カインズベリー侯爵家より王宮へ連れて来た有能メイド長のローザは、王宮メイドと引けを取らない……否、それ以上の仕事振りを発揮している。今、そんな彼女はワタクシからの極秘任務・・・・の報告を終え、ワタクシの部屋を後にしたところだ。


 王宮にも沢山の宮仕えのメイドや執事が居る訳だが、頼れるのはやはりワタクシが直接引き連れて来たメイド達。いつ裏切りがあるかも分からない王宮生活の中で、自分の身は自分で守れるよう、予め対策を練っておく事は大事なのだ。


「さて……と……」


 紅茶を手に一息入れつつ、ローザからの報告を頭の中で整理していく。

 クイーンズヴァレー王国は広大な土地からなる国で、五つの領と地方に分かれている。


 王宮が統治する国の中央にある地域――クイーンズヴァレー領。

 ワタクシ、ヴァイオレッタの父グランツ侯爵が統治する西方の地域――カインズベリー領。

 王宮の北側、湖と山に囲まれたレイス侯爵家の統治する地域――レイ・クオリア領。

 国の東方、女神を祀る神殿があり、神殿とホワイト侯爵家が管轄する地域――セイヴサイド領。

 商人と冒険者が集まり、自由連合というギルドを形成し、独自で管理する地域――観光都市ヴァイツ、ヴァイツ地方。


 地域を統治している侯爵家は表向きには仲が良い。そう、表向きは。しかし、裏では、それぞれの土地にある産業や商圏を狙っている者も少なくないのだ。侯爵家の下には伯爵家や男爵家が存在し、この世界の貴族社会は、綺麗事だけではやっていけないと言える。


 ヴァイオレッタの父であるグランツ侯爵は、類まれなる才とその手腕で王家とも密に繋がっており、今の地位を築いている。つまりは、それをよく思っていない他の領主も居ると言えるのだ。


「ホワイト侯爵とは昔からよくして貰っているし、疑わしきはやはりレイス侯爵家かしらね」


 レイス侯爵家は国の北に位置するため、観光も盛んではない。クオリア湖という湖の沸き水を中央のクイーンズヴァレー領へ届ける事で、その地位を保っていると言えるが、傲慢な性格のレイス侯爵は、それだけでは足りないようでヴァイオレッタの父、グランツと過去言い争いをしている一幕も、見た事があったのだ。


 ヴァイオレッタを追放するだけでなく、侯爵家を燃やした事には恐らく何かしらの謀略があるに違いないのだ。誰が何のために燃やしたのか……それを調査していかなければ、本当の破滅回避は免れない。


「内部にも蟲毒が存在する可能性がある。加えて泥棒猫がモブメイドとして外部・・から侵入して来ているこの状況。さて、どうしたものかしらね……」


 王家へ潜入している事がワタクシにバレた・・・後、マーガレット王女は不穏な動きを一切見せなくなった。モブメイドとして淡々と仕事を熟しつつ、定期的にミュゼファインへ手紙を送り、何やら報告はしているようだけど。そのあたりはカインズベリー家へ潜入していた事が知られ、今やダブルスパイとなっているピーチと、うちの第3メイド、水色髪のブルームが監視役をしてくれているため、ある程度筒抜けだったりする。


 気づけば運命の社交界も来週に控えている。


 此処でいかにワタクシをプロデュースするか、そして内外の危険因子を見つけ出し、取り除いておくかが重要なのだ。

 ワタクシは誰も居ない部屋で手を二回叩く。すると、誰も居なかった筈の窓際に、水色髪のメイドが顕現する。


「やっぱり居ると思ったわ。報告があるんでしょう?」

「肯定。ヴァイオレッタ様。あの賊はマダ逃走中。騎士団ノ密偵部隊モ探索中」


「そう、何か手掛かりは見つかった?」

「否。ガ、前回ガ牽制ナラ、マタ来ル可能性アル。ダカラ、来ルベキ時ニ備エテ準備シテオク」


 それは一理あるわね。星降祭ステラフェスタでワタクシの前に現れた漆黒の外套に身を包んだあの男。あれからワタクシの前に現れていないし、見つかっても居ないのだ。が、彼はまた来るとワタクシ……いや、ワタクシの中のモブメイドへ告げたのだ。


 ワタクシの中身がモブメイドであるという事実を唯一知っている人物。彼が何かしら鍵を握っている事は間違いない。ならば、彼が次来る時に備え、こちらも準備しておく必要があるのだ。


「ブルーム、ありがとう。引き続きお願いするわ」

「御意」


 そういうと、ブルームの姿はその場で消失する。認識阻害や隠密とかいう魔法の一種だろう。彼女のこの魔法があれば、密偵や護衛といった仕事も難なくこなせるだろう。持つべき者は有能なメイド達である。


「ヴァイオレッタ様~~、ヴァイオレッタ様ぁああああ~~! 失礼しまーす」


 こののんびりした口調で扉をノックする子は、もう一人忘れちゃいけないメイドね。肩までかかる黄色い髪を靡かせ、恋話と噂話が大好きなメイドがやって来た。ヴァイオレッタ付の第2メイド――グロッサだ。


「聞いてくださいよぉ~~ヴァイオレッタ様~~。こないだぁ、騎士団の若い男の子とメイドで食事会をして来たんですよぉ~。そしたら、騎士団の男の子が草食動物みたいに消極的でぇ~~」


 一体この子はどうやって騎士団の男の子との食事会に至ったのか? でも今回の男の子は外れだったらしい。草食動物でもアイゼン王子のように可愛かったなら持ち帰ったけど、残念ながら平々凡々だったらしく、王宮メイドの子と飲食・・に走ったらしい。結局、食事とお酒を存分に満喫した後、食事代を払ってもらってその日は解散したんだそうな。


 どうやら参加していたメイド達は、肉食女子らしいわね。モブメイドとしては見習った方がいいのかもしれないけれど。そう考えた矢先、脳裏にクラウン王子の顔が浮かび、思い切り首を振るワタクシ。グロッサは話に夢中でそんなワタクシの様子に気づいていない模様。


「そうそう、一緒に参加していたピーチちゃん・・・・・・が酔っ払って、帰りに色々聞きましたよ~? あの子がミュゼファイン王国出身だって初めて知りましたよ~」

「あらあら、あの子。そんなことまで話したの?」


 ピーチも二重スパイで色々溜まっていたのだろう。でもまさか、グロッサにそんな事まで話していたとは……。


「ピーチは他に何か言ってた? ワタクシの事とか?」

「ん~? ヴァイオレッタ様の事は特には……ミュゼファインの王女様は美人だとか、今度の社交界にはミュゼファインの貴族も来る予定だとか言ってたかなぁ~? なんかピーチもよく知ってるおっきな鉱山 (?) を持ってる伯爵らしいですよ~?」


 泥棒猫の容姿はどうでもいい情報だったけれど、何やら重要な情報が飛び出して来た。


「グロッサ、その話。詳しく聞かせてくれる?」


 やはり持つべき者は有能な・・・メイドである。

 こうしてワタクシは、生前ワタクシ達の運命を変えた社交界の日をいよいよ迎えようとしていた――


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