格好はメイド服のままだが、黒髪のかつらに今まで抑えられていた橙色の髪は、少し乱れているものの艶やか。先ほどまで黒色の瞳だった彼女の瞳は橙色。恐らくご丁寧に、認識阻害系の魔法を使って、瞳の色まで変えていたのだろう。真ん丸な橙色の瞳と、その可愛らしい顔は、生前、王子の部屋で申し訳無さそうにしていたあの王女そのものであった。
ヴァイオレッタとマーガレット王女は今、このとき初対面。でもモブメイド――〝わたし〟は生前、彼女の姿を目に焼き付けているのだ。申し訳無さそうな表情の裏に、彼女は何かを隠していた。もしかすると、生前もこの王女様は、社交界前から王宮へ潜入していた!?
「カインズベリー侯爵家、第一令嬢。ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリーですわ。これはこれは、マーガレット王女様。どうして一国の王女様が遠路はるばる隣国よりやって来て、モブメイドとしてクイーンズヴァレーの王宮へ潜入しているのですか? しかも、ワタクシの婚約者と何やら
「そうですね。ヴァイオレッタ様はクラウン王子と婚約されているご関係。私からお話しましょう」
さて、この泥棒猫は何を話すのかしらね。さっきメイド服が少し乱れていた彼女が王子へ迫っていたのは間違いない。ただ追い出すのでは意味がない。この場に居合わせた
「結論から申し上げます。私は王子と親密になりたかったのです!」
「おい、マーガレット!」
「はっきり申さなければ、ヴァイオレッタ様も納得されませんでしょう?」
はい、これで黒確定ですわね。さぁ、お父様を通じて彼女を追放するか、不法侵入者として捕えるか、それとも王妃様あたりへ告げ口するか、この子はどれがお好みかしらね。あらあら、王子も王女の事を呼び捨てにしているじゃないの? 少なくとも、彼女と王子は昨日今日の話ではなく、もっと前から繋がっていた事になる。
「ワタクシの婚約者と親密になろうとしていたと聞いて、誰が納得をすると思って?」
「ええ、ですからこれには理由があるのです。今からちゃんと説明します」
いいでしょう。泥棒猫ちゃん。生前ちゃんとした理由を聞く事が出来なかったヴァイオレッタ
「ミュゼファイン王国は、クイーンズヴァレー王国に比べ、小さな国です。広大な土地と、豊富な資源があり、産業が発展しているクイーンズヴァレー王国と違う。そして、ミュゼファイン王国の南に位置するブラックシリウス帝国。この世界の闇とされる悪魔とかつて契約し、独自の発展を遂げている独立国家。近年、ブラックシリウスが不穏な動きをしている……私の国は危機に瀕しているのです」
「そのあたりの情勢は俺からも補足しよう」
かつて、クイーンズヴァレー王国は幾つかの小国の集まりだったのだが、ミューズ歴1250年、世界征服を企んでいたマリウス帝国の王・ヘルズバーンを英雄クロスロードが退けた、セーブザクイーンの戦いによって、クイーンズヴァレーという大きな国が誕生したのだ。マリウス帝国は、ヘルズバーンが命を落とした事により、土地の一部を失い、後退。帝国から逃れた者達が新たに作った国が、ブラックシリウス帝国となったのだ。
ミュゼファイン王国は、この五百年、こうした争いとは無縁だったのだが、近年、魔法の素となる自然のエネルギー、
今日王様と王子へ謁見していた者はミュゼファインの有力貴族で、国境からミュゼファインの宿場町まで続く街道を整備する事で、精霊石を融通する交渉をしに来たのだという。
「国の危機をいち早く察知した私は、国での王女役を影武者に任せ、メイドとしてクイーンズヴァレーへ忍び込み、こうして王子と直接相談をしていたのです」
とまぁ、かれこれ数十分の間、二人からの説明を淡々と受けたところで、ワタクシは部屋のソファーへと座り、脚を組み替える。
「で、それが何?」
「え?」
「もしそれが真実だとして、あなたが色目を使ってワタクシの婚約者である王子を
「そんな、私はあくまで相談をしに来ただけで」
「さっきの雰囲気は、どうもそんな様子に見えなかったのですが」
「それは、たまたま眩暈がして、王子に
そう、あくまであなたはそういう態度を取るのね。いいでしょう。限りなく黒に近いグレーだとしても、疑わしきは罰せず、という事に
「ヴァイオレッタ。お前以外の女を黙って部屋へ招き入れた件は謝る。だが、彼女とは何もない。本当に相談を受けていただけだ」
「いいですわ。女神の慈愛も三度まで。今回は王子を信じましょう。ですが、王女。これからもメイド姿でこの国に居座ると言うのなら、スパイ行為のような怪しい行動は慎むこと。国交に関する交渉は、王子の婚約者として
「え、それは……?」
「では、この国に内通者が居ると、王妃様へ今すぐ報告へ行きましょ……」
「わ、わかりました! これからはヴァイオレッタ様へ相談する事に致します!」
「よろしい。では、これからよろしくお願いしますね、マーガレット王女」
ワタクシは立ち上がり、彼女に手を差し出す。一瞬だけ躊躇するような仕草を見せた王女だが、ワタクシの手を握り、そして、微笑む。
「は、はい。よろしくお願いしますわ」
あら、どうしたの? 心なしか顔が引き攣っているように見えるわよ。そういえばちょうど来月、運命の社交界だったわね。社交界でクラウン王子と踊るのはワタクシと決まっているのよ? ごめんあそばせ。