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21 一矢報いる

 氷の刃を旋回させる度、振るわれた刀身の軌道が白く煌めき、流線形を描く。


 ――速い。


 アイゼン王子は剣術を苦手と言っていた。魔法は得意だが、剣術はクラウン王子に敵わないとも。だが、相手が剣を振るう隙を与えない程の高速剣技は、素人目のワタクシから見ても目を見張るものがあった。隣に座っているミランダも真剣な表情で二人の様子を見ている。


 周囲を見渡すと、観客席には王宮の従者達だけでなく、ヴァイオレッタ付のメイド達も何名かやって来ていた。3番目のメイド・ブルームに、あのとき内通者容疑がかかっていたピーチ、あら、88番目のメイドこと、〝わたし〟も居るわね。


 過去の〝わたし〟の記憶では、アイゼン王子と騎士団長の模擬戦闘を観た記憶はない。あ、そりゃあそうか。過去、アイゼン王子とヴァイオレッタ様は仲悪いんだった。誘われた事実が無ければ、観戦する機会もなかった訳ね。


「アイゼン様っ!?」


 それは一瞬だった。


 それまでフレイアを翻弄していたかに見えたアイゼン王子。しかし、一瞬距離を取り、アイゼン王子が刃を振るおうとした瞬間、フレイアが手持つその巨大な刀身を真っ直ぐ振り下ろしたのだ。


 舞台の端まで吹き飛ばされた王子は、四方を囲んだ結界ギリギリで踏みとどまる。彼の左手には小型の盾バックラーの形をした氷の盾。あの瞬間、きっと魔法を発動して守ったのだろう。


「ほぅ、氷魔法――氷陣の盾フロストシールドで防いだか。だが、そんな小さい盾じゃあ俺の攻撃全ては防ぎ切れないぜ」

「そう……だろうね」


 氷陣の盾フロストシールドを解除し、一旦剣を納めたアイゼン王子は両手をつく。そうか、あれを・・・する気ね。


「ヴァイオレッタに氷魔法の応用は教えて貰った。ただ相手に攻撃を仕掛けるだけが魔法じゃない。モノは使い様。これであなたに辿り着きますよ、フレイア」

「へぇ~、そうかい」


 騎士団長は一瞬だけワタクシに視線を向けた後、剣を構える。王子はゆっくりと息を吐き、言葉を紡ぐ。


「奏でよ――氷上の貴公子フローズンプリンス


 両の手から放たれた氷が舞台上を凍らせ、氷結の舞台を創り出す。この魔法、この間、王子のバースデーパーティでミランダを雪の結晶で装飾ドレスアップした魔法の延長戦上で彼が覚えたものだったりする。


 舞台から突き立てられた氷の刃が直線上に奔り、騎士団長へ向け氷の牙を剥く。しかし、氷の刃が届く直前、フレイアは一度目を閉じ、カッと見開いた瞬間、再び真っ直ぐ大剣を振り下ろした。フレイアの全身から、赤い蒸気のようなものが発せられている。


「クオーツ闘気法――咆哮ハウル焔圧イオ


 それは魔法ではなかった。自身の体内に流れる闘気をエネルギーに変えて放つ、闘気法と呼ばれる戦闘技術の一つ。ワタクシも本で読んだ事があるだけで、目で見るのは初めてだった。襲い掛かる氷の刃ごと紅く燃え上がる闘気が吹き飛ばしていく。紅と蒼。二つの相反するエネルギーが舞台中央で爆発した!


 大剣を一度振り下ろしただけで広範囲の魔法全てを払いのける程の威力。騎士団長の実力は計り知れない。もしかしたら、王子が翻弄していたように見えた前半も相手の様子を見ていただけなのかもしれない。闘気による熱と氷によって起きた蒸気が霧のように舞台を包んでいる。


 やがて、視界が晴れ、舞台上に倒れている王子の下へゆっくりと歩いていく騎士団長。倒れている王子の姿に気づいたメイド達からあがる悲鳴には耳を貸さず、フレイアはアイゼンへ話しかける。


「アイゼン、このくらいじゃあまだ気を失っている訳じゃねーだろ? 今の魔法は中々よかったぜ。俺に闘気法を発動させただけでも合格……ん?」


 刹那、騎士団長が大剣を持ち替え、顔の横に迫る刃を受ける。背後から旋回するその刃は大剣に弾かれるも、弾かれた刀身から細かい氷の刃が放たれ、騎士団長の頬に傷がつく。倒れていたアイゼンは白い氷の彫刻へと変化し、そのまま砕け散る。一旦、距離を取る両者。フレイアは頬についた傷に指を当て、満足そうに大剣を納める。


「あの極限で氷で自分の分身・・を創ったのか。こりゃあ一本取られたな。俺に傷をつけた時点で、この勝負、お前の勝ちだ」

「ははは、試合に勝って、勝負に負けた感じだな」


 苦笑するアイゼン王子。フレイアの闘気法によって彼の身体には傷がつき、手足からは赤い血が流れていた。様子を見守っていた騎士団員がアイゼン王子の名を呼び、勝ち名乗りをあげた瞬間、観客席から拍手が沸き起こる。ワタクシも立ち上がり、彼に称賛の拍手を送る。


 今まで彼はただただ氷の刃をぶつけるような直接攻撃の魔法しか使えなかった。ワタクシは魔導書の知識を基に彼に魔法を教えたんだけど、短期間で、此処まで応用を使いこなせるようになったのは彼の才能と実力があっての事だ。


「アイゼン様。大丈夫ですか? すぐに回復を!」


 誰よりも先に彼の傍へ駆け寄ったのはミランダだった。彼の傷へ手を当て、何やら言葉を紡いでいる。それは回復の聖属性魔法。彼女が回復魔法を使えるとは初耳だ。


 淡い光が彼の四肢を包み込み、傷を治していく。教会の神官や、騎士団の救護部隊が扱える魔法に匹敵するほどの治癒魔法。その真剣な表情と突然の回復魔法に驚くアイゼンだったが、治療が終わると彼女へ満面の笑みを返す。


「見事な魔法だね。ありがとう、ミランダ」

「いえ、もうこんな無茶……しないでくださいね」


 あら。なんだか二人の様子がいい感じじゃない。王子ファンクラブのメイド達が心配だけど、以前までの自分に自信がない様子だったミランダと違い、王子の横に並ぶのに相応しい凛とした立ち振る舞いに何も言い返せないでいるわ。こちらへ向いている視線を感じたので、そちらの方向を向くと、視線に気づいた88番目の〝わたし〟がお辞儀した。


 なんだ、〝わたし〟か。その隣に居たブルームも何か言いたそうにしていたが、やがて一礼し、他のメイド達と観客席を後にしていく。


「ミランダ、回復魔法が使えるのね。びっくりしたわ」


「いえ。最近覚えたんです。元々魔力は備わっていたのですが、どの属性魔法が自分に向いているか知らなかったので。王子のお役に立てて……よかったです」


「いやぁ~、ミランダ嬢。今のは騎士団の救護部隊や王宮の神官達が扱う神聖魔法と変わらないレベルだったぞ!?」

「……フレイア様、褒めていただき感謝いたします。えっと……恥ずかしいです」


 頬を赤く染めるミランダが可愛らしい。さ、アイゼンの面目はこれで立った訳だし、次は妹のところへ向かうとしましょう。此処からは女子のターンね。


 こうして、王子と騎士団長の模擬戦は大盛況のうちに幕を閉じる。この日の経験が、未来であんな形に役立つ事になるとは、この時のワタクシは知る由もなかった――


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