「ヴァイオレッタ様、ご機嫌麗しゅうございます! 王宮で生活を始められたとお聞きし、飛んで参りました。この度はおめでとうございます」
「まだ王宮生活が始まっただけでおめでたいことはないわよ? でも来てくれてありがとう」
ミランダ伯爵令嬢。アイゼン第二王子の誕生パーティで王子がエスコートした事で、所謂社交場デビューを果たす事が出来た彼女。今では母違いの長女、次女からの虐めも少なくなったらしく、すっかりワタクシに懐いてしまったのだ。
そして、第二王子へ向き直った彼女は視線を逸らしつつ身体を前後へ軽く揺らした状態で、恥ずかしそうな仕草を見せる。まぁ、あんな形で王子にエスコートしてもらったなら、彼女じゃなくても、どんなご令嬢でも王子の笑顔に落ちてしまうでしょうからね。
「ミランダ令嬢、元気そうで何よりだ」
「は、はい、アイゼン王子もご機嫌麗しゅうございます!」
「ちょうど騎士団の者が訓練をしているそうなの。よかったらミランダも一緒にどう?」
「私ごときがよろしいのですか?」
「ええ、勿論。ね、アイゼン王子?」
ワタクシが横目で彼を見つつ、アイコンタクトを送ると、王子は観念するかのような表情を一瞬作り、いつもの笑顔をミランダへと見せる。
「勿論さ、ミランダ。騎士団の訓練なんて早々見る機会もないしな、さぁ、行こうか」
「ありがとうございます、アイゼン王子」
アイゼン王子が優しく手を取った瞬間、頬を紅く染めるミランダ令嬢。可愛らしい乙女ね。ワタクシも昔はアイゼン王子の女子に対する然り気無い仕草にドキドキする事もあったわ。勿論、モブメイド時代の話よ。
クラウン王子にアイゼン王子。モブメイドの言葉を借りるなら毎日がパラダイス……って、そんな事を考えている場合じゃないわね。
訓練場はとても広く、中央には闘技場を模した舞台も用意されていた。魔法訓練用の結界に囲まれたスペースや、巨大な鎧人形と模擬戦闘が出来るスペースまで。
皆、それぞれ訓練に精を出す中、訓練場へ王子やワタクシが入って来た事に気づいた騎士団長が急いでこちらへやって来た。
騎士団長フレイアは、クラウンやワタクシよりも年上の28歳。20代の若さで実力を買われ、今は剣術の師範をやっているらしい先代騎士団長の意思を継いだ精鋭だ。燃えるような赤い髪はその闘志の象徴とされ、その大剣でどんな巨大な魔物も両断する。民からは〝赤の剣聖〟と言われている。
背中に大剣を担ぎ、銀色のプレートアーマーを身につけた男は、訓練中で少し乱れていた赤髪をかきあげ、王子とワタクシヘ一礼する。
「おぉ、アイゼン。それにヴァイオレッタ殿。来てくださったんですね! 団員も喜びますよ。おや、そちらのご令嬢は?」
「フレイア、今日も元気そうだな。こちらはショーン伯爵家のミランダご令嬢だ。ミランダ、こちらは王宮の騎士団長をしているフレイア・バーンズだ」
「よろしくお願いします、フレイア様」
フレイアとミランダが握手を交わす。このあとフレイアが訓練場の中を案内していく。確かに女の子が見に来た瞬間、士気があがる騎士団員も沢山いらっしゃった。中には俺の技を見て下さいと剣技や魔法を披露する者まで。
最後に円形の観客席が設けられた中央の舞台へと案内される。戦闘訓練時には四方の石柱より、結界を展開する事が出来、激しい戦闘も可能なんだそうだ。
「せっかくヴァイオレッタ殿も居る事だし、闘技場で誰かと一戦交えるか? おーい、お前等、誰か俺と一戦やるか?」
背中に担いだフレイアが周辺に居た騎士団員へ声をかけるも、皆、あまり乗り気ではなさそうだ。
『嫌っすよ、団長とやったら死にますって』
『死ななくても半殺しにはされるな』
『団長手加減って言葉知らないっすもん』
まぁ、戦闘に関しては素人のワタクシが見ても、彼が場数を踏んでいる事が分かるものね。どうしようか考えていた騎士団長、何を思ったのか、アイゼンの方へ向き直り、ニヤリと歯を見せる。
「な、アイゼン。久しぶりに俺と一戦やるか?」
「なんだって! 馬鹿なのかフレイア」
「別に魔法を使って貰っても構わんぞ? それならお前の片手剣――
アイゼンへ近づいたフレイアはワタクシとミランダを交互に見たあと、彼へこう告げる。
「王子の格好いいところ見せたら、そこのご令嬢も喜ぶんじゃねーか?」
「なっ!?」
あら、ワタクシの隣に居たミランダご令嬢が頭から蒸気を出しているわね。アイゼンも覚悟を決めたのか、腰に携えていた剣の束に触れる。
「ヴァイオレッタ、ミランダ。そこの観覧席で見ていてくれ」
こうして、アイゼン第二王子と騎士団長フレイアの模擬戦が開始される事となった。
王子の戦いが見れると言う事で、いつの間にか訓練をしていた騎士団員と、どこで話を聞きつけたのか、〝アイゼン第二王子を愛でる会〟のメイド達も集まって来ていた。
『きゃーー王子ーー格好いいーー頑張ってーー♡』
佇まいだけで絵になる王子とはこの事だ。クラウンより幼い童顔の彼だが、真剣な眼差しを見せる時は大人びて見えるのだ。
一方、巨大な大剣を引き抜いた騎士団長は余裕の表情。何処からでもかかって来ていいぞと言わんばかりの笑顔を見せている。
「俺に一太刀でも入れる事が出来たらアイゼンの勝ちでいいぜ?」
「その余裕、後悔するよ?」
『それでは、アイゼン様、フレイア様。模擬戦、始めて下さい』
審判役の騎士団員が真ん中に立ち、合図をする。戦闘に巻き込まれないよう、すぐ審判役の男は結界の外へと避難。それを確認したと同時、舞台上の空気が一変した。
「――氷?」
ゆっくりと呼吸をするアイゼンの口から白い息。腰から引き抜いたその剣は、まるで氷の結晶を刃にしたかのような蒼白く、美しい剣だった。
「いくよ、フレイア」
「いつでも来い」
刃から溢れ出した氷の結晶が、空気に触れて宝石のように煌めく。
冷たい空気を纏ったアイゼン王子が地面を蹴った瞬間、大剣を両手で持った騎士団長も、その体型からは想像もつかない速さで地面を弾く。
〝氷の神童〟と〝赤の剣聖〟。
若き男達の刃が舞台中央で激しくぶつかり合った!