いつか見た景色、誰かの記憶――
子供達が教会のお庭で遊んでいる。心地良い風に乗って、無邪気な笑顔が駆け回る。見た目、齢二、三歳の子から、八歳くらいの子まで。この小さな街の
やがて、シスターらしき女性が遊んで居た子供達を呼び、教会横の建物へと入っていく。子供達の親らしき者は見当たらない。この世界は生きとし生ける者全てに優しいとは言い難い世界だった。国同士の領地争いもあり、街の外には
親を失った子供は行き場を失うか、スラム街のような荒廃した地へ流れ着くか。教会に併設する孤児院は、そんな身寄りのない子供達へ救いの手を差し伸べる場所だった。
隣に居る男の子と談笑する黒髪の女子。はしゃぐ子供達を優しく見守るシスター。女の子にとってシスターはママであり、みんな兄妹のように過ごして来た彼女にとって大切な家族だった。
「さぁ、ご飯食べ終わったら、みんなでお勉強の時間ですよ」
「えーー? お勉強やだーー」
「まだ、遊びたーーい」
幼い子達から不満の声があがる中、最年長の男の子と先程の女の子が、子供達を促していく。そんな中、食堂へ流れ込む焦げ臭い香りが鼻腔を刺激し、どこからともなく白煙が流れ込んで来る。
「え? なんかこげくさ……きゃああああ!」
刹那、衝撃と共に窓硝子が割れ、子供達が吹き飛んでしまう! シスターが咄嗟に庇い、幼い子達に覆い被さっている。周囲が燃えている。一瞬にして、視界が煙と炎に包まれる。
「わたしはこの子達を守ります。〇〇〇と×××は、その子達を連れて逃げなさい!」
男の子と女の子の名前は続け様に起きた爆音によって掻き消される。泣き叫ぶ二人の幼子を守るシスターを残し、男の子と女の子はまだ動ける子供達二人を連れて教会の入口へと向かう。炎を掻い潜り、教会の外へと出た瞬間、子供達の動きがピタリと止まる。
「くっ、くそっ!」
「そ、そんな……」
教会を取り囲む外塀が炎に包まれていた。もう……逃げ場はない。何故、炎に包まれているのか? 頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されたかのように混乱した子供達には考える術もない。
その後、炎から逃れる事の出来る場所を探し回るも、やがて、追い込まれていく子供達。そして、礼拝堂の前、銀の女神像が見守る中、残った子供達はただただ祈りを捧げていた。上空から屋根が落ちて来た瞬間、目を瞑る女の子。このとき、衝撃はなく、彼女の脳裏には、何故か温かい声が聞こえた。
「――聞こえますか? たとえこの命、尽きようとも、わたしが最期まであなた達を守ります。わたしの魔法結界の中なら、あなたはきっと大丈夫。今はゆっくりお眠りなさい。将来あなたが困ったとき、女神様はきっと救いの手を差し伸べてくれます。〝追憶は女神像の下へ還る〟覚えておいて」
………………
…………
……
「え?」
目を覚ました時、わたしの瞳から溢れた雫が、そっと頬を
それはヴァイオレッタ様へ拾われる前のかつての記憶。誰かの記憶じゃない、わたしがまだモブメイドになる前の記憶でした。
幸せだった頃の記憶は、
あのあと、ヴァイオレッタ様に拾われていなければ、きっとわたしは全ての記憶を失ったまま野垂れ死んでいたことでしょう。一度失ったこの命、メイドになったあの日から、ヴァイオレッタ様に捧げると誓ったのです。
「よし、気合を入れ直して、今日も頑張るぞ!」
ネグリジェからメイド服へ着替え、髪を整えヘッドドレスを身につけます。どんなに辛い過去があろうとも、未来は変える事が出来る。未来は自分の手で掴み取るもの。ヴァイオレッタ様の生き様にわたしは惹かれ、此処に立っている。
ヴァイオレッタ様との夢の王宮生活が今日も始まります。
大丈夫、わたしはあなたと一緒に居るだけで今、幸せですから――