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12 メイド選抜試験、終了

 果たしてわたし・・・はワタクシが知っているわたし・・・なのか。それとも全くの別人なのか。これではっきりする。

 まずはグランツ侯爵が88番目でありながら、最終試験へ残った彼女を称える。そして、王宮メイドとして何故志願するのかを問う。


「グランツ様、ヴァイオレッタ様、ローザ様。見ての通り、わたしは88番目。誰がどう見ても、黒髪のモブメイドです。ですが、ヴァイオレッタ様の傍に仕え、奉仕させていただく事で、わたしも一介のメイドとして、光輝く事が出来る。ヴァイオレッタ様の慶びはわたしの慶び、ヴァイオレッタ様の輝かしい未来を築く事はわたしの幸せなんです」

「ほぅ、そこまでして我が娘を想う理由は、なんだね?」


「知っての通り、わたしはヴァイオレッタ様に拾われました。教会が燃えたあの日、わたしは全てを失い、燃え盛る炎の前でただただ佇んでいた。あのとき、放心状態で涙を流すわたしへ手を差し伸べ、お屋敷に連れて来てくれた御恩。一生忘れません」

「そうであったな」



 あの日、その地の伯爵家に用事があったヴァイオレッタ様は、ローザ、グランツと共にたまたま近くを訪れていた。そして、天上へ昇る黒煙と爆音に導かれ、火事になった教会の前を通りかかったのだ。教会で生き残った子はわたし一人。その様子を見ていたヴァイオレッタ様は、わたしの手を取り、ローザと父グランツ侯爵へ『この子、連れて帰ってもいいかしら?』と言ったのだ。グランツ侯爵は反対したが、ヴァイオレッタ様は頑なだった。あの時、わたし・・・へ見せた彼女の微笑みを、わたし・・・は決して忘れない。


『もう大丈夫よ? あなた名前は?』

『…………』

『言いたくないのなら構わないわ。ワタクシのところへ来なさい』

『……あり……がとう』


 忘れる事のないあの日の記憶。それは〝わたし〟が魂に刻んだ記憶。この過去を知っている眼前のわたし・・・は、やはりわたし・・・であって、他人ではない。


「あなたにひとつ、お尋ねしてもいいかしら?」

「はい、お願いします、ヴァイオレッタ様」


「あなたはもし、ワタクシが何かの罪を着せられ、お城から追放された時、裏切る? 裏切らない?」

「え?」



 一瞬、彼女の表情が固まった。待って。どうして固まったの? あなたは一生ワタクシに仕えると誓ったメイドでしょう。その心はモブじゃない、どんな物語のヒロインよりも強固で硬い宝石のように輝いている筈。何を考えているのか、彼女は下を向いてしまう。その様子にローザと侯爵も訝し気な表情となる。


「どうしたの?」

「そんな哀しい事……おっしゃらないでください!」

「あなた……!」


 顔をあげたモブメイドは、その双眸そうぼうから涙を流していた。この一瞬で、彼女はワタクシが追放された時の情景を思い浮かべ、そして、ワタクシのために涙を流したと言うのだろうか?


「追放されてしまうなんて有り得ない事ですが、架空のお話でも考えたくありません。裏切るとか、裏切らないとか、それ以前の問題です! ヴァイオレッタ様は常に気高く美しい。ヴァイオレッタ様は誰よりもこの国の未来の王妃に相応ふさわしい御方おかた。わたしはそう考えています!」


 完璧な答えだった。第三メイド――ブルームが魅せた怒りとはまた違う感情。ヴァイオレッタが裏切られる事に対する哀しみと同調。ヴァイオレッタに仕え、ヴァイオレッタと共に歩む事を、88番目のモブメイドは涙を流して証明してみせたのだ。第一メイドのローザまで、彼女の解答に大きく頷いている。


「あなたの気持ちはわかったわ。あなたは裏切らない。そう誓えるのね?」

「勿論です!」


 真っすぐにワタクシを見つめる瞳に迷いはない。絶対ワタクシの傍に仕えたいという強い意思と気迫を感じる。彼女の決意を見届けたところで、満足そうに自身の髭を撫でていた侯爵が手を叩き、面接は無事に終了する。


 そして、部屋の入口付近、扉の前で振り返った彼女が、ワタクシへ向けて話し掛ける。


「あ、ヴァイオレッタ様。最後にひとつ、いいですか?」

「何かしら?」


「あの……今のヴァイオレッタ様は、わたしの知っているヴァイオレッタ様ですか?」

「え? それはどういう意味?」


「いえ、何でもありません! 忘れて下さい! それでは失礼します!」


 慌てた様子で一礼し、彼女は部屋を出る。まさか、ヴァイオレッタの中に〝わたし〟が入っている事に勘付いた? 幾らわたし・・・がヴァイオレッタをずっと見ていたからと言って、流石にそれはないだろう。〝わたし〟がヴァイオレッタ様をずっと見て来たからこそ、今、ワタクシは、ヴァイオレッタを演じる事が出来ているのだから。


「彼女、面白いですね」

「ふふふ、そうね」


 このあと、ローザとワタクシ、父グランツの三人で、選抜試験の合格者を決めていく。生前の選抜メンバーとは半分近く入れ替わっている気がする。生前、怪しい動きをしていたメイドには、残念ながら脱落して貰った。モブメイド時代に仲が良かった信頼における者や、有能で忠誠度が高い者など、選りすぐりのメイドを選抜していく。


 そして……。


「合格者を発表する。長くなる故、番号で呼ぶので、呼ばれた者はその場で起立するように。ヴァイオレッタ」


 侯爵に促され、合格者の番号がかかれた紙を広げるワタクシ。神妙な面持ちで結果を待つメイド一同。ワタクシはゆっくり息を吸い、ひと呼吸置いた後、紙に書かれた番号を読み上げる。


「では読み上げるわね。王宮メイド選抜。選ばれた十八名のメイドは、3番、5番、7番、8番、9番。11番、13番、15番、19番、24番。27番、30番、32番、41番、55番。61番、77番、88番。以上よ」


 この十八名に、第一メイド・ローザ。第二メイド・グロッサの二人を加えた二十名が王宮メイドとしてヴァイオレッタに仕え、王宮で生活する事になるのだ。88番の名が呼ばれた時には流石に会場からどよめきが起こった。彼女は両手を握ったまま、黙って一礼をした。


「待って下さい! こんなのおかしいです!」


 全身を震わせたまま立ち上がったメイドが一人、手を挙げている。何か訴えたいのか、桃色のツインテールが激しく揺れている。そう、41番のメイド、ピーチだ。そりゃあそうよね、あなたはついさっきまで、この屋敷から追放される運命だったのだから。


「どうしたの? 選抜に選ばれたのよ? もっと喜んでもいいのではなくて? だって、あなた。ワタクシを裏切らない・・・・・んでしょう?」

「そ、それは……」


 震えるメイドの様子を楽しんでいるかのように敢えて愉悦に満ちた表情を作るワタクシ。そのまま崩れ落ちるように地面へへたり込んでしまう彼女。そう、ピーチ。あなたにはもっともっと働いて貰わなくちゃいけないの。だって、せっかく見つけたマーガレット王女との貴重な繋がりだもの。悪役令嬢が、そんな貴重な繋がり、知っておいて断つ訳がないでしょう?


 こうして、王宮メイドとなる二十名が無事決定する。


 待っているのは、愛に溢れた夢の王宮生活――ではなく、真の裏切り者を見つけ出す、人々の愛憎と欲望に塗れた破滅回避の王宮生活だ。

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