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11. 究極の質問 

 百人もメイドが居たなら、その目的は多種多様だ。


 惰性で仕えているだけのメイドなら、ヴァイオレッタ様に目をつけられた時点で辞めている。ご主人様であるグランツ様も然り。グランツ侯爵は、気に入らない者が居たなら容赦なく切っていた。モブメイドが88番目で居られたのは、以下のモブメイドがクビとなり、常に入れ替わっていたからだ。


 不祥事やよっぽどの功績がない限り、メイドの序列が変わる事はない。現に生前モブメイドは選抜入りを果たしたが、88番目の呼び名は変わらなかった。まぁ、わたし・・・自身が、88番目のままで居させて欲しいと願ったからという理由もあるのだが。目立たず、陰からひっそり、ヴァイオレッタ様の目が届く範囲で彼女を見守る。それがモブメイドであるわたし・・・のモットーだったのだ。


 恐らく、今回わたし・・・の立ち回りで、生前王宮へ来ていたメイドと、半分は入れ替わるだろう。


 だって、面接官はワタクシであってわたし・・・なのだから。


「メイドナンバー3番、入りなさい」


 面接官は真ん中にヴァイオレッタ父――グランツ侯爵、侯爵を正面にして右にワタクシ――ヴァイオレッタ。そして、侯爵の左側に第一メイド、ローザ。既に選抜が決まっている第二メイド、グロッサは、待合室にて、順番を待つメイドの案内役だ。


 序列ナンバー3――水色の髪を短く纏めたメイド・ブルーム。寡黙に淡々と仕事を熟す彼女は、普段表に感情を出す事は少ないが、誰が見ても有能な存在であり、昔からナンバー3の位置についている。


「ブルームよ、ヴァイオレッタへ生涯仕え、忠誠を誓うとこの場で宣誓出来るか?」

「当然。宣誓スル」


「今回王宮メイドを志願する理由は?」

「志願シナイ理由ナイ。ワタシ、ヴァイオレッタ様へ仕エル。今モコレカラモズット一緒」


 ワタクシはかつての面接の様子は知らない。いつも寡黙な彼女がこんなに話したのか。


「じゃあ、特技を見せて?」

「御意」


 この特技にワタクシは驚いた。何を思ったのか、赤、青、緑、桃、茶、五色の掌サイズの球を懐より取り出した彼女は、器用に上へ投げ、右手と左手へ持ち替え、回転させつつ五色の球で弧を描いたのだ。後から聞いた話だと、道化師と呼ばれる遊戯で民衆へ笑いを提供し、旅をしている者達の得意技らしい。


 そして、最後、五つの球を空中へと投げた彼女は突然小声で詠唱を始め、指先から水を光線のように放ち、五色の球全てを割って除けたのだ。その間、数秒の出来事。あの高速詠唱で放つ水の魔法は、上級者しか出来ない芸当だ。


「お見事ね、ブルーム。ではワタクシから一つ質問してもいいかしら?」

「肯定」


「そう、では、あなたはもし、ワタクシが何かの罪を着せられ、お城から追放された時、裏切る? 裏切らない?」

「ヴァイオレッタ様!?」


 突然の質問に驚き、ワタクシの名を呼んだのは第一メイド、ローザだった。それは当然よ。だって事前の打ち合わせで、ワタクシがこんな質問するなんて言っていないもの。


 そう、ワタクシが追放された後、いつの間にか消失・・したメイドも沢山居たのだ。逃亡したのか、消された・・・・のか、それとも裏切ったのか? いずれにせよ、ワタクシに必要なメイドとは、ワタクシの身に何が起きようと、最期までワタクシの傍に居てくれるメイド。


 だから、この試験でワタクシがやるべきこと。それは――


 ――危険因子を炙り出す事


 これに尽きるのだ。


「裏切ル理由ガナイ。罪ヲ着セタ者。ソイツヲ捜シ出シ、排除スル。ソレダケ」


 合格ね。この子は裏切らない。水色の双眸そうぼうが燃えている。ヴァイオレッタへ罪を着せる者が居たならそいつを許さない。そう告げているのだ。


「あなたはワタクシがどんなに罵倒しようと、ワタクシの傍に居られるかしら?」

「罵倒ハ愛情表現」

「ふふ、そう」


 こうして、3番目のメイドの面接が終わる。父とローザは驚いていたが、『当然の質問でしょう?』と微笑んで見せる。普段、悪役令嬢として名を馳せているんでしょう? 裏切りなんていつでも起きる世界で生き抜くには、これくらいしないと。



 そして、此処からワタクシの迫力に気圧された者達は、自滅していく。


「あなたはもし、ワタクシが何かの罪を着せられ、お城から追放された時、裏切る? 裏切らない?」

「う、裏切る!? そんな事する筈が!?」


「そう、この間あなた、部屋でワタクシの悪口を言っていなかった? 『あの悪役令嬢、いつか痛い目見るわよって?』」

「だ、誰がそんなこと……」


「そう、じゃあ、あなたは裏切らないのね」

「も……勿論ですわ」


 目が泳いでいますね。10番、脱落。




「あなたはもし、ワタクシが何かの罪を着せられ、お城から追放された時、裏切る? 裏切らない?」

「勿論、あたいは裏切らないぜ! 誓って言えるね」


「そう、じゃあもし、あなたが好意を寄せている55番目のメイド、ウララちゃんとキスしている現場を目撃したなら、どう?」

「……殺す」


「今、何て?」

「あ……しまっ……ヴァイオレッタ様、申し訳ございません」


 はい、33番、不合格。




「ピーチ、あなたはもし、ワタクシが何かの罪を着せられ、お城から追放された時、裏切る? 裏切らない?」

「またまたご冗談を。裏切る訳ないじゃないですかぁ~~」


「そう、あなた確かミュゼファイン王国の伯爵家からわざわざ侯爵家へ来たのよね、それはどうして?」

「あ、それはご主人様へ申し上げた通り、異国との交流を望んだ父上のご意向ですわ」


「へぇ~。その父上は確か、ミュゼファインの王家とも繋がっていたわよね。まさかあなた、ワタクシが王子と親交が深い事を知っていて、国の内部事情を探るため、密偵・・として此処へ来た……なんて事はないわよね?」

「え? ヴァイオレッタ様、何の話をしているのですか?」


「ふふふ、冗談よ。ね、ローザ」

「はい、お嬢様。忠誠深い彼女が密偵な訳ありませんから」


 敢えてワタクシ達の前に座っている41番・・・のメイドではなく、ローザに振るワタクシ。


 彼女の両手が震えているわね。軽く揺さぶりをかけただけだけど、意外と早く炙り出てくれた。当時のモブメイドとしての知識と、グランツ侯爵がメイド達を雇った時の記録から、ある程度の出生や、貴族間の繋がりは把握していたのだ。確証はなかったし、もしかしたら他にも・・・居るのかもしれないけれど、彼女は恐らくマーガレット王女・・・・・・・・と繋がっている。


「で、答えは? あなたは裏切るの? 裏切らないの?」

「……う、裏切りません」


 足元が覚束ない状態で、ピーチは部屋を後にする。生前彼女はこの選抜試験を通過しており、王宮で一緒に仕事をしていた。きっと仕事を熟す中で、王子とヴァイオレッタの動向をマーガレット王女へ報告していたのだろう。


 このままだとグランツ侯爵によって、彼女はきっと屋敷から追放されるだろう。危険因子を一人、排除しただけでも良しとしなければ。ただし、彼女は使える・・・可能性があるため、ただ追放する事はしない。彼女の監視は、信頼出来る第三メイド――ブルームにやって貰おうと思う。


 使えるは使う。あなたはモブでは終わらせない。悪役令嬢はより・・悪役令嬢らしく、うまく立ち回るわ。

 こうしてメイド達は番号順に呼ばれ、いよいよ最後のメイドが入室する事になる。


 黒髪で小柄の目立たないメイドは、小動物のように短い歩幅で部屋の中央へ用意された椅子の前に立ち、恭しく一礼する。

 ワタクシが真っ直ぐ彼女の顔を見つめると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。


「88番です! よろしくお願いします!」


 ワタクシとわたし・・・

 二人のわたし・・・による最終面接がいよいよ始まる。

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