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10 メイド選抜試験、開始

 はっきりと同じ部屋にもう一人のわたし・・・の存在を認識し、ワタクシの心臓が早鐘を打っていく。88番目のモブメイドは眼前の試験に真剣で、ワタクシの視線には気づいていないよう。そんなワタクシの深層心理を余所に、第一メイド――ローザの合図で試験は始まる。


 計五十問の問題。クイーンズヴァレー王国の歴史とこの世界を創ったとされる女神ミューズ様について。一般教養。貴族としての教養やマナー。剣や魔法についての問題。同じ大陸に存在するクイーンズヴァレー王国、ミュゼファイン王国、ブラックシリウス帝国との関係性など。各十問ずつ。


 侯爵家に就くメイドは、少なくとも準男爵や子爵家のようなある程度の地位のある家が出自の事が多い。少女時代、たまたま住んでいた教会を焼かれ、ヴァイオレッタによって拾われたモブメイド・・・・・・・・・とは違い、ある程度の一般教養は持っている者が多い。


 でも、ワタクシは知っている。88番目のモブメイドが、人一倍努力して来たという事を。


 文字の読み書きだけは、教会に居た頃、お世話になったとあるシスターから教わっていた。彼女は人々を惹きつける、不思議な魔力を持っていた。彼女が使う神聖魔法は、神の奇跡と言われた程だ。だが、モブメイドが幼い頃、憧れたシスターはこの世にもう居ない。代わりに彼女の前に現れた存在、それがヴァイオレッタだったのだ。


『問8.ミューズ歴1250年、クイーンズヴァレー王国誕生のきっかけとなった英雄クロスロードと、マリウス帝国の王・ヘルズバーンとの戦いの名前は?


 解.セーブザクイーンの戦い』


『問10.この世界を創ったとされるミューズ様。奇跡を起こすとされる彼女の蒼き瞳のことを何という? 


 解.エンゲリオン=キュアノス』 


『問27.かつて、その破天荒な言動と遊戯により三つの国を平定し、歴史に名を刻み、グランツ・ヴィータ・カインズベリーが最も尊敬する革命家として語る、その人物の名は?


 解.シヴァ・フレイアクオーツ』


『問33.魔法とは元来、体内に流れる魔力と大地に眠る自然エネルギーとを呼応させる事で発動するが、この自然エネルギーを総称して何と呼ぶ?


 解.精源スピリッツ


『問45.この世界の脅威とされる悪魔と密接に絡んでいるとされるブラックシリウス国。現帝国の王の名は? 


 解.スレイヴ・カオス・シリウス』 


 有力貴族には、教養を学ぶ学校が存在するが、メイドの中には幼い頃より屋敷に仕え、学校へ行っていない者も多い。88番目のモブメイドも然り。だが、88番目のモブメイドは、この教養試験、五十点満点中、四十八点で通過する。間違えた問題は、ブラックシリウス国の産業についての問題と、『自身の魔力を使って、火の刻印をせよ!』という問題のみ。刻印とは火の魔力を呼び起こし、自身の名を指定した場所へ印字するやり方なのであるが、魔力ゼロであるモブメイドにはこの問題を解く事は不可能だったのだ。


「え? 四十八点?」


 メイド達が一時間休憩する中、メイド達の解答を採点していたローザが驚きの声をあげる。それはそうだ。あれだけの範囲が広い問題。半分解けたならいい方なのだ。侯爵家の書斎にある侯爵が趣味で集めた本を全部読んでいなければ・・・・・・・・・・きっと無理だろう。


「へぇ~、名前も知らない88番目。中々見どころがあるわね」

「ほぅ~。あの問題で高得点を取る者がおるとは、この先が楽しみじゃのぅ」


 それとなく、ヴァイオレッタであるワタクシもローザが採点していた解答を横から覗き込み、興味を示したように見せる。案の定、父であるグランツも興味を示してくれた。これで舞台は整った。あの時と同じモブメイド・・・・・なら、あなたはこの試験で一瞬羽搏く筈。


 続いて、料理の試験。モブメイドは無難にお肉料理を出して来た。程よく赤身が残る焼き加減で提供される肉料理。香辛料もしっかり利いていて美味しい。此処でワタクシは気づく。どうやら全く同じ歴史を辿るという訳ではなさそうだ、と。


 生前のわたし・・・は、ただの肉料理ならば、料理が得意なメイドに負けてしまう可能性を予見し、クイーンズヴァレー王国の西、スカイクレープ半島に生息する美しい羽根を持つ渡り鳥、天空鳥ウラヌスアーラの卵をメイド伝手に準備し、卵料理を提供したのだ。


 この時代、上流階級しか食す事が許されていない卵料理。しかも、冬の季節にしかやって来ない希少な天空鳥の卵を取り寄せ、ふわっふわに仕上げることで、かつてのヴァイオレッタ様・・・・・・・・・・へ強い印象を与えた事は間違いない。


 希少な卵を使わずとも見事な焼き加減で肉料理を提供し、他のメイド達と寸分違わぬレベルで持って来た彼女は流石と言える。


 そして、前半の試験を終え、88番目のモブメイドは見事試験を通過し、ヴァイオレッタと面接の機会を得るのだった。


 最終試験へ残るは上位四十名のメイド達。此処から十八名が、ヴァイオレッタ専属のメイドとして、ワタクシと共に王宮で生活する事になるのだ。


 一度歴史を経験しているワタクシは知っている。あのとき、誰が落ちて、誰が試験を通過したのか。ですが、此処からは違った歴史を歩む事になるわ。だって、現在、ヴァイオレッタ様の中にはわたし・・・――88番目のモブメイドが入っているのだから。


 ワタクシが認めなければ、メイド達は落ちる。だからこそ、ワタクシは決めていた。この面接で、メイド達へ何をすべきか? そして、何を聞くべきか?


(ふふふ、ようやく|わたし《・・・》に会えるわね。待っててね、もう一人の|わたし《・・・》)


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