アイゼン第ニ王子の誕生パーティは大盛況の内に幕を閉じた。
ショーン伯爵家の三女――ミランダからは、祝宴の後、直接御礼を言われたわ。
「あの時、私に夢のような舞台を提供して下さいましてありがとうございます」
「何をおっしゃいますの? ワタクシはあの場の興が醒める事を避けただけよ?」
「いえ! もし、ヴァイオレッタ様が私の粗相を怒っていたなら、私は貴族社会から追放されていたと思います。あの、もしご迷惑でなければ……今後もヴァイオレッタ様とお話したく……嗚呼、私如きが申し訳……え?」
彼女が言い終わる前に、彼女の唇へワタクシの人差し指をあて、続きの発言を静止する。本来であれば伯爵令嬢と侯爵令嬢であれば侯爵の方が上の立場。更には自分に自信がないミランダの事を考えると、そう思うのは当然だ。
「せっかくアイゼン王子があの場であなたを表舞台へ押し上げたのよ? もっと自信を持ちなさい。勘違いしない事。ワタクシは来る者は拒まない。但し、ワタクシを愚弄する者には容赦はしないわ。覚えておくのね」
彼女へ背を向け、その場を離れるワタクシ。今日はこの位で充分だろう。これで暫く彼女が表舞台から消える事はないだろう。ミランダが頭を下げたまま、部屋を出ていくワタクシを最後まで見送っていた事は言うまでもないわ。
そして、あの場で罠を仕掛けたショーン伯爵家の次女には、小声で牽制しておいた。
「三女を虐めるのはいいけれど、王子を敵に回すとあなた、表舞台から消えるわよ?」と。
そりゃあもう、顔面蒼白だったわね。脳内のモブメイドが、『よし、ヴァイオレッタ。よく言ったわ。これぞ悪役令嬢っぽい台詞よ』と何やら騒いでいたけれど。まぁ、元モブメイドであるワタクシですから、ああいう弱い者虐めをされてあからさまにモブ扱いされている子を放っておけなかったとも言えるのだけれど。
さて、破滅エンド回避のための試練を一つクリアしたワタクシは、そのまま帰ろうとしたのだけれど……。
「おや、どうして帰ろうとしているんだい?
「あら? クラウン王子。ワタクシも忙しいのよ。日が暮れる前に、今日はこの辺で失礼しますわ」
「それは残念だ。侍女によると、誕生パーティ用に作られたケーキや菓子がまだ残っているらしいから、一緒に食べようと思ったんだが……」
因みにここは王宮の廊下。王子と婚約者が会話している様子を遠目からしっかり執事と侍女が見守っている事を知っている。明日はメイド選抜試験の日。本当は家へ帰って色々と準備する予定だった訳だけど。
「……まぁ、少しくらいならご一緒してもよくてよ」
――だってだって、ヴァイオレッタ様。さっきとっかえひっかえ整った顔が挨拶に来るから、ケーキ全然食べれらなかったんですもの~~~! (byモブメイド)
結果的に、モブメイドは甘い誘惑に負けたわ。キラキラとお皿の上で光輝くケーキを堪能し、王子からは『ヴァイオレッタが此処まで甘味好きとは知らなかったよ』不思議そうな顔をされたわね。
そのまま自然な流れで部屋に連れていかれ、例の如く、扉を閉められる。そして、またソファーに座って脚を組むのかと思いきや、何故か壁際にワタクシは追いやられ、そのままワタクシの顎を軽く上へあげた状態で、王子は至近距離で囁いて来た。
「お前なんだろ? 王子にあんな
「な、何のことですの?」
「視線を逸らすな、こっちを見ろ」
ちょっと待ちなさい……待ってよ! そんな整った顔を近づけないでくださいます? モブメイドは美男美女を遠くから見守るに徹していたので、こんな至近距離慣れてないのよ? 斜め下へ視線だけ逸らすも、真っ直ぐこちらを見つめる王子の迫力に気圧され、言葉が出て来なくなってしまう。
「ここ最近アイゼンが剣や魔法の稽古を終えた後、馬車で何処かへ向かっていたんで気になっていたんだ。知っているんだぞ? お前の家へ行っていた事を」
「そ……それは……!」
「お前、アイゼンと何もしていないよな?」
「え? あ? ああ! まさか! 何もやましい事なんてやってませんよ!」
顎をクイっとされて顔は固定されているので、両手を王子の横で前に出し、必死に振って何もしてないアピールをする。ワタクシは第ニ王子とあくまで王子をプロデュースする計画を練っていただけ。幸いモブメイド時代、本が好きだった私は、お屋敷にある本を沢山読んでいた。その中に魔法の指南書や応用書もあったのだ。
ちなみにモブメイドは魔力を全く持たなかったが、今はヴァイオレッタ。才に恵まれたヴァイオレッタの身体は、豊富な魔力を保有しており、アイゼン王子と魔法の訓練をするのに最適だったのだ。
あ、ようやく王子の至近距離の顔が離れましたわね。
「短期間であれだけ魔法の扱いが上達していた。ヴァイオレッタは魔法も得意だったからな。お前の事だから、甘い蜜で弟を
「ちょっと待って! 元はと言えば、むしろアイゼンの方からワタクシの家にやって来ましてよ?」
「ん、何だって?」
「なんだかんだで兄弟ね。クラウン。彼は大切なあなたがワタクシに誑かされて、騙されているって思っていたのよ? と、同時に兄と自身を比べて劣等感も抱いていた。だからワタクシはちゃんと真実を伝え、あの子をプロデュースしようと考えたの」
「……それは本当か」
「ええ、本当よ」
それまでとは違う、何か思案するような仕草を取る王子。やがて、ゆっくりと息を吐き、王子はワタクシへと向き直る。
「はぁ~。どうやら勘違いをしていたようだな。ヴァイオレッタ、ここは素直に非礼を詫びよう。にしても劣等感か。アイゼンにはアイゼンの魅力がある。俺と比べる事自体間違っている。あいつは自身が思っている以上に国民にも令嬢達にも人気だと言うのにな」
「そうですわね。彼には彼の魅力がある。概ね同意ですわね」
「俺はヴァイオレッタにアイゼンをプロデュースしてくれた礼を言わねばならんようだな。まだ未熟な弟の事、これからも頼めるか?」
「ええ。構いません事よ」
むしろあんなに可愛らしい弟のような存在が出来て、嬉しい限りですわね。ミランダという良いお友達も出来たし、万々歳ですわ。
「ふ。それにしても、裏で有力貴族へ美貌を振り撒き、次々に男を籠絡しているという噂はただの噂だったようだな」
「なっ! だ、誰がそんな噂を! そんなの全くの事実無根ですわ」
「ははは! そりゃそうだな。俺の前で『
「っ……!」
っ、かぁあああ~~~!? 両頬に手を当てるワタクシの様子を見て、明らかにこの男、楽しんでいるわ。
あの日の事を思い出して、頬が林檎色に染まってしまうワタクシ。ワタクシが男を誑かしていると言うけれど、王子、あなたこそ、その甘い囁きと仮面で女を誑かしているんじゃなくて?
「どうした? また、
「女を
部屋を出ようとするワタクシよりも早く、王子は扉の前に廻り込み、両手を広げて扉を塞ぐ。そして、そのままその両手をドレスの後ろへ滑り込ませ、彼は……ワタクシを抱き締める。彼の腕はとても温かくて、何もかも忘れてしまいそうになる。
「俺が言っても信じないかもしれんが、お前がアイゼンと何もしていないと聞いて、安心したのは事実だ」
「……ちょっと、クラウン?」
「ふっ。以前お前が言っていた通り、あくまで結婚は互いの立場を
「クラウン……だめっ……」
これ以上は駄目という言葉は遮られ、ワタクシの唇は再び、クラウンの甘く、柔らかなところと重なっていくのだった。