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07 第二王子誕生パーティ

「「「アイゼン・アルヴァート様、お誕生日、おめでとうございます!」」」


 クイーンズヴァレー王国、有力貴族のご令嬢、ご令息が集う中、アイゼン第二王子の誕生パーティが始まった。


 尚、この世界では齢十六歳で成人を迎えるため、毎年一月には〝成人の儀〟という一般国民へ向けたお披露目イベントも控えている。この場は王家と親交の深い貴族達が集う身内のパーティのようなもの。


 アイゼン王子の前へ代わる代わる貴族の者達が挨拶へ訪れている。


 ワタクシは中央のテーブルへ並んだケーキをお皿いっぱいへ取り、一人、王宮の味とやらを堪能しようと思っていたのだけれど……。


「まぁ、流石ヴァイオレッタ様! そんなにお食べになられるのにどうやったらその美しい体型を保てるのですか?」

「私達にも是非、その秘訣をご教授願います」


 はい、気がつけば、令嬢達に取り囲まれていたわ。そう、ワタクシは侯爵令嬢であり、第一王子の許嫁。しかも、悪役令嬢として絶対敵に回してはいけないと言われている人物なの。侯爵家より下位にあたる伯爵や男爵の令嬢は、ここぞとばかりにワタクシへ媚びを売ろうと寄って来るという訳ね。


 それにしても、取り囲む者はみんな、美男美女ばかり。どうやったらこんなに整った顔になるのか、ワタクシの中のモブメイドがご教授願いたいと言っているわ。適当に会話をしつつ、お皿に置いたケーキを堪能したいのだけれど……駄目ね、食す機会が全くない。


「こらこらお嬢さん達、俺の許嫁を困らせないでくれ」


「嗚呼、クラウン王子様。ご機嫌麗しゅうございます」

「ぽっ。大変失礼致しましたわ」


 ワタクシを取り囲んでいた者達が散り散りとなり、王子が目の前に現れる。クラウンも一通り有力貴族の者達との挨拶を終え、こちらへやって来たらしい。


「助かりましたわ」


 微笑んだ王子は暫くワタクシの顔とテーブルの上の皿を交互に見た後、誰にも聞こえない程度の声で、ワタクシの耳元で囁く。


「そんなに食べるとお腹に溜まるぞ、ヴァイオレッタ」

「ふふふ。何、殺されたいの? クラウン」


 引き攣った笑顔を無理矢理作り、王子の耳元に囁き返すワタクシ。腹黒王子がまさか淑女にそんな台詞を吐いているなんて、周囲の女性陣は想像もしないでしょうね。ワタクシがそう思っていると、遠くから何やら視線を感じる。入口付近に立っているあのメイド? いや、それはないだろう。部屋の端で一人、食事をお皿へ盛っている銀髪銀眼の女性。彼女からの視線のようだ。身につけている衣装は、ワンピース型の簡素な海色アクアマリンのドレス。


 いや、モブメイドからすれば彼女は間違いなくダイアの原石。ただし、沢山令嬢が居るこの場ではきっと馴染めないのだろう。


 ショーン伯爵家の三女――ミランダ・ショーン。ローザからの情報によると、長女と次女とは母親が違うらしく、いつも悪い役回りばかり背負っているのだという。見ると、今もショーン伯爵家の長女と次女が、アイゼンの隣をキープしている。


(成程、そういう事だったのね)


 生前のヴァイオレッタ様は伯爵家の内部事情までは把握していなかったのであろう。同じ歴史を辿るならば、この後、ミランダはヴァイオレッタ様のドレスへジュースを零すのだ。怒ったヴァイオレッタ様が『あなた程度の娘、表舞台に立つ事すら許されないわ』と一蹴した事で、彼女は表舞台へ立つ事が出来なくなってしまったんだそう。


 誕生パーティも終盤となり、そろそろ余興の時間だ。

 さて、メイド情報網で生前仕入れた話だと、ワタクシが中央のテーブルへ飲物を取に行った時、事件が起きた筈。周囲へ警戒をしつつ、ワタクシが飲物を取りに向かうと、丁度ミランダが飲物を取り、離れるタイミングだった。


 そして、ワタクシとすれ違う直前、ワタクシは確かに視たのだ。ショーン伯爵家の次女が素早く回り込み、彼女の脚を引っ掛ける瞬間を。ジュースはワタクシのワインレッドのドレスへと振りかかる。地面へ落ちたグラスが割れ、近くに居た令嬢が悲鳴をあげる!


「ヴァ、ヴァイオレッタ様! ももも、申し訳ございません!」


 控えていた侍女が、素早くワタクシのドレスを拭いていく。眼前のミランダは謝るばかり。


「あなた、名前は?」

「ミ、ミランダ・ショーンと申します」


 『あの子、終わったわね』と周囲の女性陣が小声で話し始めている。ワタクシは、主賓席・・・に座っているにアイコンタクトを取り、合図・・に気づいた彼はゆっくりと席を立つ。


「そう、普段のワタクシならば、あなたを此処で一蹴していたところだけれど。今日の主役は彼だから、彼の判断へ委ねる事にしましょう」

「え?」


 笑顔で颯爽と現れたアイゼンがミランダへ手を差し伸べる。


「きっと何かにつまづいたんだろう? 立てるかい?」

「は、はい」


 立ち上がった彼女の手を取ったまま、アイゼンは、ワタクシへと向き直り。


「今日は祝いの席だ。ヴァイオレッタ、僕の顔に免じて、彼女を許してくれるかい?」

「ええ。結構よ。ワタクシも祝辞の興を醒めさせてしまうような行為をする程、浅はかではないわ」


 ワタクシがその場を離れたところで、王子が手を叩く。


「今日は僕のために集まってくれてありがとう。最後は父上が用意してくれた音楽を聴きながら、ダンスを踊る事にしましょう。ミランダ、だったね。よかったら、僕と踊らないかい?」

「え? でも、私は……」


 自身が王子に相応しくないと思っているのだろうか? 逡巡した表情を作る彼女。


「御言葉ですが、ミランダでは、王子に相応しくありませんわ。是非、わたくしめと」

「ええ。そんな簡素なドレスを着た子より、ワタシと踊って下さいまし」


 登場したのはショーン伯爵家の長女と次女。確かにど派手な衣装に身を包んでいるわね。指輪にティアラに腕輪に首飾り。まるで歩く宝石箱。モブメイドの立場から言わせて貰うと、長女と次女のお二人がモブで、主役はミランダよ。


「いや、今日僕と踊るのは彼女だよ。簡素なドレス? 僕は着飾った女性より、内面が美しい女性を好むんでね」

「なんですって!」


「それに……純粋なダイアの原石を見つけ出し、エスコートするのが、王子の役目だ」


 そう言うと王子は掌を翳す。そして、指をパチンと鳴らすと、ミランダの身につけていた海色アクアマリンのドレスを白い結晶のようなものが渦を成して囲んでいく。細かな氷の結晶が、ダイアモンドダストのように煌めき、海色のドレスは雪色の光輝くドレスへと変化していく。皆、突如始まった氷の魔法によるドレスアップショーに魅入っている。


 氷で出来たティアラを彼女の頭へ乗せ、王子は、一歩後ろへと下がり、片膝をつき、彼女へ右手を差し出す。


「僕と踊ってくれますか? ミランダ・ショーン伯爵令嬢」

「はい、喜んで」


 奏でられる音楽の中、各々ダンスを踊る。ミランダがステップを踏む度に、雪の結晶が煌めき、二人の魅力を引き上げる。今日の主役はアイゼンとミランダ。これでミランダに対する周囲の印象も、アイゼン王子への印象も変わっていくだろう。事の一部始終を見ていたある男は、ワタクシと踊りながら、小声で囁く。


「弟に何か吹き込んだのか?」

「いえ? 何も」

「そうか、まぁいい」


 弟の主役振りに、何やらクラウン王子も嬉しそうだ。こうして、ワタクシは破滅エンドへ向かうフラグを一つ回避し、アイゼン王子とミランダ伯爵令嬢。二人の新たな味方をつけたのだった。


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