生前のわたしは、此処カインズベリー侯爵家に雇われた88番目のモブメイドでした。
100人ものメイドが何故、お屋敷に雇われていたのかと言うと……ヴァイオレッタ様の父、グランツ・ヴィータ・カインズベリー様の趣味です。はい、趣味です。大事な事なので二回言いました。
生前、モブメイドだったわたしにとって、転機となる事件がありました。それは、年明けより、ヴァイオレッタ様が王宮へ住まう事が決まった翌朝。
この屋敷の主であるグランツ様が、100人の侍女達を集め、こう告げたのです。
『我が娘、ヴァイオレッタが嫁ぐ準備として、年明けより王宮へ住まう事が決まった。よって一週間後、ヴァイオレッタの宮仕えとして連れていくメイド達の
――と。
★★★
「さて、今頃ご主人様……じゃなかったお父様が選抜総選挙の件を皆へ告げている頃ね」
カインズベリー家へ仕える100名のメイド全員が宮仕えとして王宮へ出向く訳にはいかない。そう考えたグランツ侯爵は、100名のうち20名を選び、王宮へ連れていくと決めたのだ。
この選抜試験も恐らく
メイド長であるローザと第二メイドであるグロッサだけは、ずっとヴァイオレッタの傍へ仕えていた技量と功績があったため、初めからついて行く事が決定していた。
よって、残りの枠は18名。88番目のモブメイドだった〝わたし〟は見事この選抜入りを果たす事となるのだが、実技試験と面接には、当然ワタクシ、ヴァイオレッタも同席する事となる。
これが何を示しているのか?
そう、生前88番目のモブメイドだったヴァイオレッタと、この時間軸に存在するわたしが対面することになるのだ。
〝わたし〟という存在は、どうやらこの時間軸にも存在している。50番目以下とほぼ会話をしていなかったヴァイオレッタが急に話しかけるのは怪しまれるため、遠目で庭仕事をしている彼女を先日目視で確認したところだ。
今は12月8日、アイゼン第二王子の誕生日パーティは一週間後、そして、その翌日はメイド選抜試験。来るべき日へ向けて、色々と準備をする必要があった。
「ローザ、ちょっといいかしら?」
「御用でしょうか、ヴァイオレッタ様」
「アイゼン王子の誕生パーティまでに調べておきたい事があるの。お願い出来るかしら?」
「ええ、何なりとお申し付け下さい」
ローザはカインズベリー家とも親交があった侯爵家の出自で、顔が広く、貴族間の情報網に長けている。そして、何より必ず秘密を守る。一切の詮索はせず、ヴァイオレッタのために尽くす彼女は、非の打ち所のないヴァイオレッタ専属のメイドなのだ。
「ショーン伯爵家とあなたの家は、確か親交があったわよね?」
「え、あ、はい。そうですね。どうかされたんですか?」
「ええ、三女のミランダ・ショーンについて、少し調べておいて欲しいの。アイゼン王子の誕生日パーティへ地方の伯爵令嬢が出席する事に、少し興味が湧いたのよね」
「そういう事でしたら承知致しました」
「あ、それと。お父様から聞きましたけど、ワタクシと共に王宮へ行く子達を決めるんでしょう? せっかくなので、選抜試験の日、普段ワタクシとお話出来てない下位の子達がワタクシと話せる機会を与えてあげてもよくてよ?」
「嗚呼ヴァイオレッタ様、なんと寛大な。素晴らしいお考えですわ。早速ご主人様へご報告して参ります」
「ええ、お願いするわ」
「では、失礼致します」
ローザの表情も明るくなったところを見ると、他のメイド達に日が当たる事を彼女は嫌に思っておらず、心から喜んでいる事が見てとれた。
彼女が部屋を出たあと、ワタクシはお屋敷の庭へ移動する。88番目のモブメイドだった〝わたし〟は、手入れの行き届いたこのお庭が好きだった。
中央の噴水へ向けて創られた美しい薔薇のアーチ。その奥には季節ごとに咲く花が植えられた花壇が並ぶ。
だんだんと肌寒くなっていくこの季節。彩りを魅せる花も少なくなっていく。そんな中、一際目立つ純白と紅色と紫色の花。
花の名前はプリムラ。冬の寒い時期にも咲き誇るこの花は、わたしの好きな花。
紫色のプリムラの花言葉は
生前時々誰も居ない庭で、ヴァイオレッタが庭の花を眺めている様子を、88番目のモブメイドは遠くから見ては、嬉しく思っていたのだそう。って、わたしの事なんだけど。
「へぇー、悪役令嬢として名を馳せるあなたも、花を眺めるような趣味を持ち合わせているんだな?」
思わず花へ夢中になっており、その人物が庭に入って来ていた事にワタクシは気づいていませんでした。
貴族の服に外套を纏った
来週行われる誕生日パーティの主役、クイーンズヴァレー国の第二王子――アイゼン・アルヴァートその人であった――