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03 王子と初めての……

 わたし・・・の記憶を辿ると、確かこの日は夕方より嵐が来て、お城へ泊まる事になったのだ。モブメイドであったわたしは翌日帰宅したヴァイオレッタ様が、年明けより婚礼の儀の準備として、お城へ一緒に住む事になったという話を聞いたのだ。


 一体、この日、王子と何があったのか?


 わたし・・・はその事実を知る事になるのだ。


 さぁ、此処からは、ヴァイオレッタとして王子と接するのみよ。


 王宮の中へ案内されるワタクシ。ええ。勿論、お付であるローザとグロッサも一緒。


 豪華な彫刻や絵画、調度品が並ぶ部屋。ソファーの座り心地も紅茶の香りも申し分ないわ。


 お城の客間にて紅茶を嗜んだ後、ワタクシは王子の自室へと案内される。ローザとグロッサは王宮の侍女達に連れられ、何処かへ行ってしまったわ。


「さて、此処なら誰も居ない。いつものように・・・・・・・話が出来るな」

「いつものように? 何の事かしらクラウン王子?」


 部屋の扉が閉まった瞬間、王子は自室のソファーへ勢いよく座り、そのまま脚を組む。何やらいつもと様子が違うわね。いや、そもそもモブメイドが見て来た王子とヴァイオレッタが幼い頃から接して来た彼は別人なのかもしれないわね。


「此処ではクラウンでいいぞ? 皆が見ている前で紳士的な態度を取るのは疲れる。いいよな、お前は。表裏なくはっきりものを言う性格だからな」

「あら、そんなこと? 表裏と言うなら、皆の前で優しい笑顔を振り撒く王子と、ワタクシの前で脚を組んでいる今のクラウン。どっちが本心なのかしらね?」


「少なくともこっちの方が、仮面は被っていないな」

「そう、それはよかったわ」


「で、お前の親と俺の親が勝手に決めた婚約の件だが、どうなんだ? 来年はクイーンズヴァレー王国創立五百年の記念式典がある。国民に〝婚約の儀〟の件を正式に進めていくならば、国としてもいい頃合と考えているだろう」

「そうですわね、ワタクシは別に構いませんわよ。ワタクシが結婚し、あなたが王位を継承すれば、カインズベリー家は安泰。有力貴族であるカインズベリー家と王家との結束は国家の安定にも繋がる。互いのメリットを考えるならば、断る選択肢はないわね」


 きっと、ヴァイオレッタならこういう話し方をしていた筈。相手が王子であろうと上から目線で、愉悦に満ちた表情で。


 平民のように好きに恋愛をして、小説に出て来るようなラブロマンスの世界へ身を投じる。そんな生き方では、貴族の世界は生きていけない。平民の世界も貴族の世界も両方を見て来たモブメイド。ワタクシは、恋愛に溺れて同じ過ちを繰り返すような事はもうしませんわ。


「ははは、お前らしいな。それでこそ、ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリーだ」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 ワタクシが恭しく王子に一礼したその時でしたわ。急に窓の外で雷が鳴って、思わず『きゃっ』と声をあげてしまいましたの。いつの間にか外の景色は厚い雲に覆われ、激しい雨音が聞こえて来ましたわ。そして、二度目の雷が鳴った時、気づけばワタクシは威圧的な態度を取っていた王子の胸に飛び込んでしまっていましたの。


「きゃああああ」

「ヴァイオレッタ?」


 服の上からでも分かる王子の鍛え抜かれた肉体。顔をあげると不思議そうな顔をしている王子の眼差しがすぐ近くに……。


「え? 待って! これは違うのよっ! って、ちょっと」

「ははは! 流石ヴァイオレッタ。わざと女性らしいところを見せて俺を誘惑・・するとはな」


 ワタクシは王子から離れようとするが、王子がワタクシの腕を掴んで離さない。


 視線が眩しい。駄目よ、こいつは生前ワタクシを裏切った男よ。隙を見せては駄目。あくまで婚姻の準備は進めておいて、ワタクシは自身の死を回避しなければならないの。って、どうして王子の顔がだんだん近づいて来る訳? え? 何? 近い近いちょっと待って、これって……。


「んんっ!?」

「お前が先に誘惑したんだぞ?」


 顔が熱い。王子の柔らかいところの感触。今のって……生前恋愛のれの字も全く経験した事のないモブメイドだった〝わたし〟のファーストキス!? 


「どうした? キスの一つや二つ。お前の事だから当然やっているだろう?」

「と、当然よ。このくらいひ……っ!?」


 再び王子の顔が眼前にあった。ワタクシの柔らかい部分と、王子の柔らかい部分が重なる。暫く甘く蕩ける時間が続く。ワタクシの脳内が王子でいっぱいになっていく。そして、王子はワタクシの背中と両膝へ腕をかけ、お姫様抱っこの状態で隣の寝室へと連れていくのだ。


 ベッドへワタクシを寝かせた王子は、耳元で囁く。


「急にしおらしくなったな? いつもの強い態度はどうしたんだ?」

「あなたが……ワタクシを蕩けさせたんでしょう?」


 いま、王子の喉が鳴った気がした。いや、ワタクシはヴァイオレッタ。きっとこんな場面でもワタクシがリードをする必要があるのよ。頭が火照っていて考えがまとまらない。大丈夫、モブメイドはラブロマンスな小説を沢山読んで、いつか来るべき日に備えて勉強をしていたもの。


 こんな場面なんて余裕よ? 王子が上半身の服を脱いで、分厚い胸板が露わになっても、逞しく鍛え抜かれた肉体がワタクシの前に現れても大丈夫……はぁはぁ……何なのこの王子様。……すっごくカッコイイじゃない。


 ヴァイオレッタは何時いつ何時なんどきも高貴でなければいけないのよ……高貴でなければ……。


「抵抗しないと言うことは、いいんだな?」

「ワタ……ワタクシの気が変わる前に……ワタ……ワタ」


 ワタクシはヴァイオレッタ……ワタクシはヴァイオレッタ……ワタクシは……ワタ……ワタ……わたし……。


「ん? どうした?」


「あの、初めてなんで……優しくしてください」

「ヴァイオレッタ!」



――ヴァイオレッタ様~~~こんな、こんなの、聞いてないです~~~! (byモブメイド)

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