鏡に映る姿は、誰がどう見ても、カインズベリー侯爵家の第一令嬢――ヴァイオレッタ・ロゼ・カインズベリーその人。
普段後ろで束ねている艶やかな紫髪は、寝起きで腰の上までかかっています。透き通るようなミルク色の肌。自身の指でそっと上唇に触れると、弾力のある桃色の唇が、わたしの指を押し返します。第一メイドであるローザが部屋の外に居ない事を確認し、部屋の扉を閉め、ゆっくりと深呼吸。そして、我慢が出来なくなったわたしは……。
「嗚呼~~、ヴァイオレッタ様ぁあああああ! どうしてこんなにお美しいんですかぁ~~。髪は艶やか、睫毛は長いし、お肌はモチモチスベスベだし。嗚呼~~もうやめて~~モブメイドのライフはゼロですぅううー、モブメイドはぁあああ、悶え死んでしまいますぅううううう」
ベッドの上に飛び込んで、枕に顔を押しつけた状態で高速回転しながら叫ぶわたし。そう、御姿はヴァイオレッタ様でも、今、彼女の身体に入っている魂は、カインズベリー侯爵家へお仕えしていた88番目のモブメイドである
一通り回転した後、ゆっくり起き上がり、再び鏡の前に。そして、桃色のネグリジェごしに、ヴァイオレッタ様の上半身に実った重量感のある
「やっぱり……大きい」
ヴァイオレッタ様になって暫く経つけど、今まで発展途上だったお胸に慣れていたわたしにとって、ネグリジェ姿で触れるヴァイオレッタ様の果実は、……蠱惑的にわたしの心を掴み取ります。あ……いけない。鼻から血が……。
今日もヴァイオレッタ様の御体を堪能した後、両頬を軽く叩き、赤が基調のゴシックドレスへと着替えます。
この部屋を出るとわたしはモブメイドではなく、ヴァイオレッタ。気高く、誰もが羨む美しい女性。世間からは悪役令嬢と揶揄されようが、わたしは知っている。ヴァイオレッタ様はわたし達が憧れる侯爵令嬢であると。
「さぁ、今日も始めましょうか」
回廊を進み、階段を下り、食堂へ向かう。
「おはよう、皆。今日も素敵な朝ね」
「「「「おはようございます、ヴァイオレッタ様」」」」
★★★
状況を整理する必要があった。
ミューズ歴1750年12月1日。
わたしが目を覚ました日、それはあの屋敷が燃えた日から遡ってちょうど一年前の翌日だった。
それはこの世界を創ったとされる女神――ミューズ様の仕業なのか。現実を受け容れる迄、数日の時間を要した。
わたしはヴァイオレッタ様になっている。
じゃあ、ヴァイオレッタ様は消えてしまったのか?
どうしてわたしはヴァイオレッタ様として生きているのか?
でも、一生懸命宮仕えをするメイド達の姿を見て気づく。ヴァイオレッタ様はヴァイオレッタ様でなければいけない、と。
(この一年、生前の記憶を元にヴァイオレッタ様が生きた道を辿るだけでは、きっとあの時と同じように、追放されてしまう。ならば、わたしはヴァイオレッタ様として、破滅の道を回避するしかない)
心の中で決意を固めるわたし。
第1メイド・ローザが髪を整え、第ニメイド・グロッサと第3メイド・ブルームが衣装を準備する。いよいよ今日はクラウン第一王子に呼ばれているのだ。ヴァイオレッタ様として
こうして、ローザがルージュを塗ってくれている今も、第88メイドのわたしはきっと庭の掃除をしているに違いない……あれ?
そこまで考えてわたしは気づく。
今、この世界に存在するわたしは
そもそも、あの死に間際のシーン以外、ヴァイオレッタ様とわたしはまともな会話すらした事がなかった。この世界の
「そろそろお時間です。参りましょう、ヴァイオレッタ様」
「ええ。行きましょうか、クラウン王子の下へ」
馬車を走らせ、クイーンズヴァレー王国の王宮へと向かう。気品溢れる純白の城。いつ見ても美しい王宮。このまま物語が同じ時を進むなら、〝婚姻の儀〟の準備として、年明けより王宮へ住まう事となる筈だ。
「ご機嫌麗しゅう、クラウン王子」
「ヴァイオレッタ、待っていたぞ。今日も美しい姿だ」
白が基調な王族の服を身に纏い、金色に輝く髪と白い歯が、陽光を反射し煌めいている。
蒼い瞳に見つめられると、思わず意識が吸い込まれそうになる。眩しい。ヴァイオレッタとしての立ち振る舞いを前面に出して居なければ、ワタクシは頬を真っ赤に染めていた事でしょうね。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
「いえ、何でもありませんわ。さぁ、参りましょうか」
ワタクシとした事が一瞬固まってしまっていたらしい。ヴァイオレッタ。しっかりしなさい。今はモブメイドじゃなくてヴァイオレッタでしょう。そんな考えを巡らせていると、王子が片膝をついてワタクシの手を取り、そのまま手の甲へキスをする。
「さぁ、いこうか」
「え、ええ」
こら、ヴァイオレッタ! しっかりしなさい!
手の甲へのキスなんて挨拶でしょう?
あなたは今、