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メイサへの報告を終えて、四人は士官学校を後にした。人通りの絶えた道を、ぽつりぽつりと会話しながら歩いて行く。はるか天上には真円形の衛星大月の姿があり、清らかな光が降り注いでいる。
「ユウリ、ほんとにごめん。初めっから個人詠唱の
シャウアが沈鬱な声音で沈黙を破った。俯く顔には暗い影が差している。
「もう謝るなって。俺の中でルカの死はもう整理がついてるんだ。それにな。さっきは話さなかったけど、俺は今日、不思議な世界でルカと会った。それにルミラルの攻撃の時、そして俺がリグラムにとどめを刺す時、ルカを感じた。俺たちに力を貸してくれた。メイサ先生の言うとおりだ。俺の大好きなルカは、どこかから俺たちを見てくれてる。それだけで充分だよ」
心からの言葉をユウリは紡いだ。ちらりと三人に目をやると、シャウアは相変わらず沈んだ表情だったが、フィアナ、カノンは励ますように微笑んでいた。
しばしの静寂が訪れて、ユウリはシャウアを注視した。
「それでシャウアよ。お前は良いのかこのままで」一転ユウリははきはきとシャウアに尋ねた。三人とも不思議そうな表情になる。
「何でシャウアまできょとん顔なんだよ。お前はピンと来るだろ。フィアナのことだよ」
ユウリはすらすらと突っ込んだ。「私?」フィアナが眉を顰めつつ自分を指差した。
「ちょ、ストップストップ! ばっ、馬鹿か、ユウリっ! そんなあからさまに口に出したらいくらフィアナでもわかんだろ!」
シャウアは顔を赤くして、あたふたと答えた。
「何の話かしら、シャウア。……あっ。またなんか私に対して失礼な表現を用いたとか? もう、あなたったらいつもそうよね! ほら言ってみなさいシャウア! 今度はどんな風に私を読んだの? 正直に話せば許すわよ! た・だ・し、前みたいに『男女』とか、『鬼女』とかだったら保証はできないわ!」
腰に手を当てて、フィアナはくどくどと言葉を並べ立てた。口をきゅっと引き結び、むっとした面持ちをしている。
「ほらほら、全然気づいてないぞ。そりゃあこのままスルーでも何の問題もないさ。でもそれで良いのか? 後悔はしないのか?」
ユウリは、面白がるでもなく冷静にシャウアを説得する。
シャウアはしばらく悶々としていたが、「わかった! わかったっての!」必死な口振りで叫んだ。
「ふんふん、なんだかよくわからないけど深刻そうな感じですね。男にしかわからない感情の機微ってやつですかね」
考え込むような顔でカノンが呟いた。
「フィアナ! こっち見ろ! 俺はな。お前に伝えたいことがあるんだ! だから聞け!」
赤い顔のままシャウアはまくし立てた。
「相変わらず高圧的ね。何かしら?」不満げな顔でフィアナは応じる。
シャウアはうつむきガリガリと頭を掻き、「あー!」顔を上げてやけくそ気味に叫んだ。するとやや落ち着いたようで、真剣な眼でフィアナを見つめて始める。
「俺は、お前が、好・き・だ! 以上だ!」
言いたくないことを言うかのように、シャウアは早口で畳みかけた。
「えっ?」フィアナが呆気に取られたような声を発した。シャウアは変わらずフィアナを見据えている。
「シャ、シャウア? あなた、いったい何を──。え、嘘。でも。いや、ちょっと待って……。急にそんなことを言われても私、……心の準備が……」
フィアナは珍しく錯乱している様子で、返答には力がない。こちらも顔は赤く、恥ずかしさゆえかシャウアを直視できず俯いている。
「あれ? あれあれ? まさかの告白ですか? わたしてっきりフィアナさんって、ユウリ君とできてると思ってました。もしかしてもしかして、わたしにもまだチャンスがあったりなかったり……」
シリアスな表情で何やらごにょごにょ呟いていたカノンは、やがてきっと顔を上げた。
「よし! そうと決まれば善は急げです! ユウリ君! 今日はこれからわたしとデートしましょう! わたしのミリョクを嫌というほど味わわせてあげちゃいますから!」
カノンはぐっとユウリの右腕を掴んできた。にこにこと心の底から幸せそうに眼を細めて笑っている。
「いやいや、ちょっと待て! もう夜中だろ?」
「時間は関係ありません! ささ、こっちこっち!」
ぐいぐいとカノンに腕を惹かれつつ、ユウリは一人考えを巡らす。
(ルカ。お兄ちゃんはこんな風に、気の良い仲間と楽しくやってるぞ。だから心配せずに、空の上からいつもの笑顔で俺たちを見守ってくれ)
穏やかな心持ちで、ユウリは遠くに行ってしまったルカに呼びかけた。
(えへへ、当たり前だよお兄ちゃん)
どこかからルカの幸せそうな声が聞こえた気がした。
ユウリは空を仰いで、小さく笑った。
(完)