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第20話

       20


「おのれおのれおのれ! どいつもこいつも私に楯突こうというのか! 傲岸不遜! 神罰だ! 神罰を下してくれる!」

 怒り心頭といった調子で、リグラムが絶叫した。

「神罰神罰うるさいのです! 生き残るのはわたしたち! 邪悪なあなたは一人で地の底にでもどこでも落ちていってくださっていっこうに構いません!」

 子供っぽい口調で反論し、カノンはキビタキ化。滑らかに宙を進み、怒りで我を失い隙だらけのリグラムの頭頂部に着地。脳天目がけて、雷を帯びた黒黄刀を振り下ろす。

 雷光が瞬いた。リグラムが苦悶の声を上げる。

「やった!」カノンが快活に叫んだ瞬間、リグラムは苦しげに身体をよじった。無防備だったカノンの腹部に、長大な尾が叩きつけられる。

「あぐっ!」悲鳴のような声を出し、カノンは吹き飛ばされていった。剣術こそ天才的だが、カノンの打たれ強さは普通の少女とそう変わらない。

「カノン!」落ちていくカノンにユウリが絶叫する。

「問題ないわ、ユウリ! こういう時のための子ユリシスの防護だもの!」

 決然とフィアナが応じた。カノンは地面に激突するかに見えたが、子ユリシスの塊が滑空。カノンと地面の間に入り、衝撃を和らげた。

 わずかな着地音とともに、カノンは地に倒れた。

「悪あがきみたいな一撃を食らっただけだ。カノンはおそらく心配ない。というか、心配している暇はない」

 ユウリは静かに告げて、風扇でリグラムを示した。ふうふうと荒い息をしつつ、ユウリたちに凶悪な視線を向けてきている。カノンの突き刺した箇所からは、血だろうか、黒い液体がどくどくと流れでている。やはり電が弱点なようだった。

「ケイジ先生にルカ! あいつは俺たちの大切な人を死に追いやった! 絶対に、絶対に見逃したりなんかしない! ここで討つ! 行くぞフィアナ!」

「ええ!」二人は言葉を交わし、隣り合ってリグラムへと飛んでいく。ユウリはカノンから雷槌らいついを呼び寄せ、右手で掴んだ。

「王を舐めるなぁぁぁぁぁ!!!!」

 狂気すら感じる罵声を発すると、リグラムの全身の「口」が発光し始めた。やがて白い光がそれらの表面に収束し、一斉に放たれた。

(この土壇場でこんな奥の手を!)驚嘆するユウリへと、光線が多角から迫り来る。

鏡蝶弾ミラルガン!」フィアナが叫んだ。蝶翼から白球が続々と出現。フィアナの前に至ると、四方八方に飛んでいく。

(いつもの技か! でもこの恐ろしいほどの数! フィアナの力も完全に飛躍を遂げてる!)

 高揚するユウリの視線の先で、鏡蝶弾ミラルガンはリグラムの光線のすべてに当たった。しばらく押し合い拮抗していたが、すぐに双方消滅する。

 猛攻を凌ぎ切った。ユウリは全速でリグラムとの距離を詰めて、頭部へと着地。雷槌らいついを振り上げて大きく息を吸い込んだ。

 刹那、雷槌らいついの周囲に純白の靄が生じた。ユウリは目を瞠る。優しくて清らかで人なつっこくて、あまりにも慣れ親しんだこの雰囲気は。

(ルカ? ──って俺は何を言ってるんだ。ただの光だぞ?)

 ユウリは混乱しつつも不思議な靄を見つめる。するとなんとなく、靄が笑った気がした。ユウリも笑みを返し、強く雷槌らいついを握って、振り下ろした。

 命中の瞬間、すさまじい白光がほとばしった。ただの雷槌らいついでは起きないはずの現象だった。

 光の中でリグラムの身体がぼろぼろと崩れ、空中に溶けるように消えていく。ユウリは静謐な心持ちで、魔王の滅びを見届ける。

 光が収まった。ユウリはふうっと息を吐き、着地した。

「ユウリ!」背後から歓喜の声がした。ユウリは振り返った。

 フィアナが駆けてきていた。表情はこの上なく晴れやかな笑顔で、一点の曇りもない。

 ユウリの手前でフィアナは止まった。両手でユウリの左手を握り込む。

「やった! 私たち、勝ったのよ! もうエデリアとルミラリアを脅かす者はいない! ケイジ先生もルカさんも、安らかに眠れるわ!」

 フィアナはまっすぐにユウリを見つめつつ、興奮気味にまくし立てた。

「ああ、まったくそうだ! ここに来るまでたくさんの悲劇があった。けどもう大丈夫だ! これからはみんな平和に──って、待て待て。カノンだ。カノンは大丈夫なのか?」

 ユウリは現実に戻り、カノンの落ちたほうへ顔を向けた。

「うわっ! カノン! 目覚めてたのか?」

 ユウリは驚愕を口にした。カノンが十歩ほど離れた位置に立っていた。ユウリをじとっと見据えている。いつもは穏やかで柔らかい印象の瞳だが、今は見る影もなくぶすっとしていた。

「目覚めてました! 目覚めてましたとも! 目覚めてバッチリ見てました! 愛しいユウリ君が美人のフィアナさんとひしと手を触れあって、甘ーい視線で見つめ合っていた衝撃のっ! 永遠に忘れられないであろう衝撃のシーンをねっ!」

 強い抑揚を付けてカノンは言葉を叩きつけてきた。

「いやっ、そうじゃなくて。違うのよカノン。私とユウリはそんな関係じゃ──」

「そうだぞカノン。お前は壮大な勘違いをしている。一度深呼吸して、冷静になってだな」

 ユウリたちはあたふたと言い訳するが、カノンのむーっとした表情は変わらない。

「もうっ! 何ですかこの仕打ちっ! せっかく死の危険を冒してまで強敵に立ち向かったっていうのに! 創造神ルミラルよ! わたしは再度あなたに問います! あなたには、頑張ったものを労う心はないのですか!」

 カノンの魂の叫びが響き渡った。ユウリとフィアナは視線を交わし、同時に溜め息を吐いた。


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