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第16話

       16


(何だあの姿は。無機的というか、生物って感じがしない。というか翼もないのにどうやって宙に浮いてるんだ。……気味が悪いな)

 ユウリは変身したリグラムを注視しつつ思考を巡らせていた。

「まずは翼なき者にはご退場願おうか。神聖なる戦場に不相応極まりない」

 リグラムが冷静な調子で言い捨てた。するとユウリの視界の端に、純黒の物体が入った。

 ユウリははっとしてそちらに顔を向けた。人間大の渦があり、近くにシャウアがいた。難しい面持ちでリグラムを見ていて、背後の渦に気づいていない。

「シャウア、後ろだ!」ユウリは右手を口に添えて大声を出した。

 シャウアはきょとんとした顔になり、振り向いた。

 しかしすでに遅かった。渦はぐわりと大きさを増し、シャウアの身体を包み始めた。

「シャウア!」フィアナの悲鳴が耳をつんざく。シャウアは手足をばたつかせる。

 だが渦は完全に全身を包み、収縮し始めた。渦はやがて点になり、跡形もなく消え去った。

「シャウアをどこへやった!」ユウリは声を荒げた。

「愚問だな。答える義理などありはしないよ」

 落ち着いた声音でリグラムは応じる。

(くそっ!)ユウリが心中で毒づいていると、リグラムが頭から前進した。魚が水中を行くような奇妙な動きだった。

 右、左。ユウリは雷槌らいついを振り回した。二筋の雷がリグラムへと向かう。

 リグラムはぬるりと空中を滑り、雷を躱した。速度を上げてユウリに迫ってくる。

(普通の悪竜ヴァルゴンみたいに予備動作がないから、捉えにくいったらない! 線がダメなら面で攻撃だ!)

 ユウリは雷槌らいついを消して風扇を出した。身体の後ろにテイクバックし、斜め上へと振り抜く。

 緑色の暴風が吹き荒れ、リグラムに到達。リグラムはその場に縫い止められる。

 トライデント片手にフィアナが滑空。静止したリグラムへと突きを放つ。

 刹那、リグラムの皮膚の一部が銀色に変わった。トライデントはそこに当たり、ギンッ! 鈍い金属音がして弾かれる。

 フィアナは反動でのけぞった。リグラムは向き直り、がぱりと口を大きく開けた。

 微細な黒色の何かが吐き出され始めた。フィアナはとっさに左手を振るい、子ユリシスの障壁を長方形に展開。防御に成功する。が。

 一度障壁に跳ね返された「何か」は、迂回してフィアナに向かい始めた。ユウリは瞠目して目を凝らす。

(小さな、悪竜ヴァルゴン? それも俺とフィアナが戦った奴よりずっと小さな……)

 推察する間にも、極小悪竜ヴァルゴンはフィアナに迫っていく。

 ユウリは再び風扇を振るった。風が発生し、フィアナのすぐ前に至った。極小悪竜ヴァルゴンは身体側面に食らい、はるか向こうへと吹き散らされる。

「ありがとユウリ!」朗々と言い放ち、フィアナはもう一本トライデントを生成。二本を同時に投擲する。

 だがリグラムは身体を部分的に金属化。トライデントは二本とも命中するが、ダメージは与えられない。

「身体がダメなら、顔です!」キビタキ化による移動で、カノンがリグラムの頭部に迫った。黒黄刀を振り下ろし顔面を両断せんとする。

 キンッ! カノンの斬撃も金属化によって阻まれた。リグラムは尾をぶん回し、カノンの胴体を狙う。

 カノンの姿が一瞬で消えた。すぐにひらりとキビタキがユウリの元に飛んできて、人間になった。

「やっかいですね。どれだけ高速で攻撃を加えても、それを上回る超反応で皮膚を金属に変えちゃうんですから」

 形の良い顎に右手を添えて、カノンは思慮深い様に呟いた。

「金属…………。電気なら、通るか?」ユウリは呟いた。

「それよユウリ! やってみましょう!」

 少し離れた位置からフィアナが言い放った。

 するとリグラムの全身の至るところに、切り込みのような白線が生じた。一秒もしないうちに、次々と線は膨らんでいく。

「全身に、口?」ユウリが言葉を漏らすや否や、リグラムの数多の「口」からうじゃうじゃと何かが現れた。極小悪竜ヴァルゴンだった。リグラム同様、のっぺりとした外形で、キィキィと深いな鳴き声が不気味だった。数は千では利かないように思える。

「来るわよ!」危機感たっぷりにフィアナが叫ぶと、極小悪竜ヴァルゴンの大群が三手に分かれた。

(なんて数だ!)ユウリは戦慄しつつ、「カノン! 俺の後ろに来い!」と言い放った。刀では多数の敵に対応できないと考えてだった。

「ごめんなさいユウリ君!」カノンは申し訳なさそうにユウリの後ろに移動した。

 ユウリは風扇を大きく横薙ぎにした。緑色の風が渦を巻き、極小悪竜ヴァルゴンに襲いかかる。

 大多数は風を受けて吹き飛ばされていった。だが攻撃範囲の端だった者は、大きくは後退せずユウリたちに接近してくる。

(くそっ! 切りがない!)焦燥に駆られつつ、ユウリは雷槌らいついを両手持ちした。己の内から生じるインスピレーションに従い、「雷晶壁ディアクラスタ!」新技を詠唱し、胸の前で柄の先端を基転に回転させる。

 バリリッ! 雷鳴が轟き、雷槌らいついの頭部から雷の線が伸びた。雷槌らいついが一回転すると、眼前に雷の壁が顕現。形状は正六角形で、幅はユウリの伸長の三倍近くある。

 次々と極小悪竜ヴァルゴンが雷壁に激突。瞬時に帯電して戦慄き、地面へと墜落していった。

 極小悪竜ヴァルゴンの大波が途切れ、ユウリはフィアナに視線を向けた。

 フィアナは障壁とトライデントで極小悪竜ヴァルゴンに対処していた。だが、その内のいくらかには突破を許しており、身体のあちこちに極小悪竜ヴァルゴンが貼りついていた。

「ああっ!」フィアナが苦しげに呻いた。トライデントが落下していく。

 ユウリははっとしてフィアナへと飛んでいった。風扇を小振りし弱めの風を発射。

 フィアナに当たると、取り付いていた極小悪竜ヴァルゴンが剥がれていった。

 苦痛の表情をしていたフィアナは、きっと己に付いていた極小悪竜ヴァルゴンたちを睨んだ。一足飛びに近づくとトライデントを振るい、次々と命を刈り取る。

 カノンがフィアナの隣に着いた。恐ろしい速度で黒黄刀を操り、残った敵を屠っていく。

 ユウリも追いついて援護し、極小悪竜ヴァルゴンを全数片付けた。「くっ!」フィアナが唐突に右腕を押さえて身体を丸めた。

「フィアナ!」ユウリはフィアナの全身を注視する。濃紺の軍服はあちこちに破れがあり、覗く皮膚かはおびただしい量の血が出ていた。特に右腕は酷かった。

「あいつらに、噛まれて……。ごめん、ユウリ。足手まとい、よね」

 はあはあと辛そうに呼吸しながらフィアナは謝罪した。

「成程。この攻め手はなかなかに有効なようだな。では遠慮無く、もう一度試させて貰おうか」

 怪しげな口振りで言葉を吐くと、ぐぱり。再びリグラムの全身の「口」が開いた。すぐさまぐじゃぐじゃと、無数の極小悪竜ヴァルゴンが体外に出てくる。

「──まだあれだけいるのかよ」ユウリは眉を顰めて呟いた。

「ユウリ君。わたしの大事な黒黄刀に、あなたの雷を。それでわたしは、あの悪魔を討ちます」

 カノンは顔の前で黒黄刀を掲げた。小さな顔には強い決意の色が滲んでいる。

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