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午前の授業が終わり、メイサたちが
ユウリは一人、士官学校の敷地内の芝生の道を行っていた。向かう先は食堂である。周囲には、歓談しつつ歩く他の生徒の姿がある。
普段は友達と食事するユウリだが、今日は一人だった。ルカの死の衝撃はあまりにも大きく、しばらくは誰とも関わりたくない気分だった。
焦げ茶色のレンガ造りの建物が見えてきた。食堂である。ユウリは入口へと向かって歩き続ける。しかし。
シュウゥゥゥ。風のような音がすぐ近くからした。ユウリは辺りを見回し、右側を見るなり瞠目する。
純黒の渦があった。直径はユウリの背丈の半分ほど。
(ファルヴォスの時の──!)ユウリが動揺していると、ぬうっ。渦の中心から一本の手が出てきた。
刹那、額に衝撃が来た。(がっ!)なすすべなく食らい、ユウリはどさりと後ろに倒れる。
(何……だ)重い頭を動かし、ユウリは自分を攻撃した何かに顔を向けた。
(……学校の中に
□ □ □
(ここは、どこだ?)ユウリは意識を取り戻した。おもむろに目を開くと、視界は白一色だった。
次にユウリは、自分が仰向けに横たわっていると気づいた。右手を突いて力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。
不思議な空間だった。上下左右全方向、どこまで行っても白色で満ちている。
「えへへ、お兄ちゃんだ! また会えたね」
女の子の溌剌とした声がした。ずっとずっと聞きたかった声だ。ユウリははっとして振り返った。
「ルカッ!」歓喜のあまりユウリは叫んだ。祭服姿のルカが立っていた。この上なく愛の籠もった、優しくて甘い視線をユウリに向けている。
たたっとルカが駆け出した。ユウリは小さく手を開き、愛しい妹を待ち構える。
ルカがぎゅっと抱きついてきた。ユウリもルカの背中に腕を回し、力を込めて抱きしめた。そのまま二人は動きを止める。
ユウリの目に涙が溢れた。頬の緩みが止められない。二度と会えないはずだったルカと会えて、まさに天にも昇る心地だった。
「ルカ! ルカ! くそ、もうなんつったらいいか……」
ユウリは心のままに喚いた。永遠にこうしてルカと触れあっていたかった。
しかしすっと、ルカはユウリから身体を離した。ユウリも姿勢を元に戻し、ルカの顔を見つめる。相変わらず笑顔ではあるが、どこか諦めのような色も混じっているように思えた。
「わたしも嬉しいよ。とてもとっても嬉しい。だけどね、ずっとは一緒にいられないの。わたしはすでに亡くなっているんだよ。残念だけどね」
ルカが寂しげに呟いた。薄々わかっていた現実に、ユウリは目を伏せる。
「『ここ』は一体何なんだ? 死後の世界か? それとも幻覚か?」
早口で問うユウリに、ルカは薄い笑みを見せた。
「またわかる日が来るよ。だから焦る必要はない。今は答えを求めないで」
はぐらかすような物言いだった。不思議な雰囲気に飲まれてユウリは口をつぐむ。
「気づいているだろうけど、さっきお兄ちゃんを気絶させたのは
「やっぱりそうか。くそっ! 悪知恵だけは一丁前に回りやがるよな! どこまでも憎たらしい連中だよ、ほんと」
ユウリは毒づき、唇を噛んだ。するとルカは、右手でユウリの左手をふわりと握り込んだ。
「お兄ちゃんはわたしが死んだショックで、一時的に
きっぱり言い切ると、ルカは力強く笑った。澄んだ大きな瞳でユウリの目をじっと凝視する。
「行け、ユウリ・ヴェルメーレン! みんなを救ってヒーローになるんだ! わたしはここから、お兄ちゃんの大活躍をじっと、じーっと、穴が空くほど見続けてるよ!」
晴れやかな口調で言い放つと、ルカの周囲にきらきらした光が舞いだした。そしてだんだんと、ルカの姿が消えていく。
「ルカッ!」ユウリが思わず声を上げると、ルカは再び暖かい笑顔になった。やがて完全に消失し、ユウリの意識は再び闇に溶けていった。