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「でもユウリ君は絶対に立ち直るんです。なんて言ったってわたしが見込んだ殿方ですからっ!」とは訝しむ教官へカノンが告げた言葉だった。自信満々な物言いに、ユウリはむずかゆい気持ちになるのだった。
その後ユウリは最後の授業に加わり、放課後を迎えた。革製の鞄を肩に引っかけ、教室の入口へと歩き始めた。
するとぐっと、右手を誰かが掴んできた。ユウリは振り向いた。フィアナだった。怒っているような悲しんでいるような、複雑な面持ちでユウリを見つめている。
「ユウリ。私、あなたに話したいことがあるの。今からついて来てくれる?」
真摯な哀願だった。ユウリはしばらく黙っているが、フィアナは目を逸らそうとしない。
「わかったよ」ユウリがぼそりと答えると、フィアナは歩き始めた。ユウリの右手は握ったままだ。
フィアナはしっかりした足取りで進んでいった。廊下を抜け階段を上がり、やがて二人は校舎の二階の端まで辿り着いた。廊下の突き当たりに接地されたドアを開き、屋外へと出る。
芝生の敷かれた、教室ほどの広さの空間だった。中央には花壇があり、それを囲むようにベンチが配置されている。背の低い木が六本、芝生地帯の端に植えられている。
「うん、良かった。誰もいないわね。一週間前にここの存在を知って、うってつけの場所だなって密かに当たりを付けてたのよ。人に聞かれたくない話をするのにね」
フィアナはどこか寂しげに独り言のように呟いた。ユウリの返事を待たずに歩き出し、ベンチに腰かける。
ユウリはフィアナの隣に座り、落下防止の柵の外へと目をやった。士官学校の校庭や時計塔があり、さらに向こうには聖都の瀟洒なレンガの街並が見られた。
「ルミラリアは本当に良いところだと思うわ。衣食住に困る人は少ないし、治安は極めて良好。異邦人である私たちもすんなり受け入れてくれた。何より驚いたのは、次代の最高指導者であるルカさんの死亡事故で、加害者のシャウアが不問に処されたことね。ルミラリアの根底に流れる寛容の精神を強く感じたわ。
……でもルミラリアに限らず、為政者がどれだけ優秀で隅々にまで気配りをしていても、不慮の事故は完全にゼロにはできないのよね」
遠い目で街を眺めながら、フィアナはしみじみと語った。風が吹き、滑らかな栗色の髪がさらりと揺れる。
「私ね、弟がいたの。年は二つ下だから、シャウアと同級生ね。小さい頃から仲良しで、三人でよく遊んでいたのよね」
(こないだちらっと言いかけてたか)ユウリは小型
「私が十四歳の年の、夏の熱い日だった。私たちは三人並んで、教会図書館に向かっていた。すると空から、ハンマーが落ちてきた」
ユウリはぎょっとしてフィアナの顔を見た。諦観を滲ませた沈んだ面持ちをしていた。
「弟の頭に当たった。ガゴンッって鈍い音がして、地面に倒れた。私はしゃがんで弟の状態を確認した。頭から血がドクドク出てて、私は泣きそうになった。シャウアが人を呼んできて、弟は病院に搬送された。でも……助からなかった」
一気に言い切ったフィアナは俯いた。「ハンマーは何だったんだ?」絶句しつつもユウリは問うた。
「教会の鐘塔を建てていた大工が、汗で手を滑らせた」
淡々とした調子でフィアナは返事をした。
「……そうか。それは本当に、辛い出来事だと思う。フィアナの弟の冥福を祈るよ。でもその話で結局、何が言いたいんだ? ルカの死も偶然の悲劇だから、すっぱり諦めろってのか? くそっ、くそくそ! そんなのできるわけないだろ!
よく意味を噛みしめろよ。ルカが死んだ、殺されたんだぞ? あいつの、シャウアの出した蝶に精神をぶっ壊されて。 他人事だから! 自分の身内じゃないからそんな涼しい顔してられ──」
「私だって悲しいよ!」フィアナが叫んだ。怒り、やりきれなさ、悲哀。様々な負の感情の入り交じったぐちゃぐちゃな声だった。
「ルカさんは
きっぱりと断言すると、フィアナはふっと表情を緩めた。
「シャウアを、赦してあげて。あの子は
フィアナは諭すように語った。顔付きは穏やかで、普段よりはるかに大人びて見えた。
「弟の死の原因となった大工も、ルカさんを死に追いやったシャウアも、私はもう赦している。どうにもならないことを気に病み続けても、事態が好転したりはしないもの。怒りや恨みは心から消し去って、赦す。そうしないと私たちの心は、一歩も前には進めないのよ」
フィアナが重々しく呟き、辺りに沈黙が訪れた。十秒ほど経過し、フィアナは着衣を正してすっと立ち上がった。落ち着いた足取りで、屋内に続くドアへと歩いていく。