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第13話

       13


 ユウリは目覚めた。重い身体に力を入れてゆっくりと身を起こす。長座の姿勢になり、辺りを見回す。

 周囲には十近いベッドがあり、士官学校の生徒が横たわっていた。ここは病院の一室で、彼らは先ほどの戦いでの負傷者だろう。自分の衣服に目をやると、案の定、白一色の患者衣だった。

 ルカを発見してからの出来事を想起するが、断片的にしか思い出せなかった。ユウリたちを見つめる受付の女性の深刻な眼差し、ルカを運ぶ簡易ベッドの立てるからからという音、身体は至って健康で死因は不明だと告げる医者の冷静な声。どれもこれも幻想めいており、ふわふわと現実感がなかった。

 ふと気がつくと、フィアナが傍らに立っていた。いつもの軍服を身につけている。表情は沈鬱そのものだが、視線にはユウリへの労りの色も感じられた。

「フィアナ……。俺は、なんでここにいるんだ? 教えてくれ、頼む」

 ユウリは呆然と尋ねた。

「お医者様とのやり取りが終わると、あなたは気絶して倒れたの。ファルヴォスからの頭部への一撃と、精神的疲労が原因って話だったわ。……ルカさんの死による精神的疲労がね。それで急遽、あなたは入院となったってわけ」

 フィアナの口調は重かった。ユウリは顔を覆い、絶望で言葉をなくした。わずかにあった、ルカの死が幻だった可能性が完全にゼロになった。

 沈黙が訪れた。ユウリは両手を元に戻した。だが何も話す気になれず、ただフィアナの揺れない瞳を見つめ続けていた。

「それでねユウリ。落ち着いて、落ち着いて聞いてほしいんだけど。ルカさんの死の真相についてよ。あのね、ルカさんがあそこで倒れていた理由はね。……黒神蝶の断罪エデン・カノゥネなの」

 耳を疑った。「え?」間の抜けた声が自分の口から零れる。

 フィアナは小さく息を吐き、決意を顔に浮かべた。

「ファルヴォスとの戦いで、シャウアは黒神蝶の断罪エデン・カノゥネで黒神蝶を呼び出した。でもユウリも感じたと思うけど、あの時の黒神蝶は神代かみよの戦で見たのと違って、近くにいるものに頭痛を引き起こすものだった。理由はおそらく、神である黒神蝶の思念が人の身では処理ができないため。神代かみよの戦では、何らかの方法でそれを人間には伝播しないようにしていたみたいだけど」

 フィアナは一度、言葉を切り、ユウリをじっと見据えた。

「ファルヴォスを攻撃した一羽以外にも、黒神蝶は三羽現れた。そのうちの一羽は、ルカさんの近くに出現したの。ルカさんは次代の法皇。ルミラルとの交信をずっとしてきているから、神と名の付く存在との感応度は並外れて高い。黒神蝶の思念を超至近距離で受けて。精神が、心が焼き切れて、ルカさんは亡くなった」

 一度言葉を切ったフィアナは、ちらりと病室の入口に顔を向けた。するときぃと音がして、木製のドアが開かれた。

 シャウアが立っていた。顔色は蒼白で、ユウリを見据えてはいるが目にはまったく力がない。

「俺、俺。──完璧だと思ったんだ。神代かみよの戦から帰ってきて、俺はすぐに動き始めた。エル・クリスタ軍の詠唱の詳細を思い出して、歴史の文献をさらって、神蝶聖装セクレドフルトゥールに関する研究論文を読んで。そんで編み出した。黒神蝶の断罪エデン・カノゥネを。でも何かが足りずに、黒神蝶の思念が周囲の人に流れ込んでしまった」

 泣きそうな顔のシャウアは、畳みかけるように真実を告げていく。ユウリの目の前がどこまでも暗くなっていく。

 シャウアが早足で歩み寄ってきた。フィアナの隣に来て、がばっと直角に頭を下げる。

「すまん! ユウリ! 謝って済むなんてこれっぽっちも、全然まったく思っちゃあいない! だけど俺には他にどうすることもできない! だから謝るぞ! 許されなかろうが謝る! 本当に──」

 ガン! 右手の指に柔らかい感触が生じた。一瞬後に、盛大な音がする。シャウアがぶっ飛んで、隣のベッドの脚に顔面をぶつけていた。

 ユウリはシャウアを殴り飛ばした。気がついたら拳が出ていた。

「ユウリッ!!」怒気をはらんだフィアナの一喝が、病室に響き渡る。

「帰れ! 人の妹を、大事な大事なルカを惨い方法で死に追いやっておいて、どの面下げて俺の前に出られんだ! お前らみんなどっかに消えろ!」

 ユウリは吠えた。右手を思いっきり振るい、二人を追い払う動作を取る。

 シャウアは申し訳なさそうに、フィアナは鬼気迫る佇まいでユウリを見つめていた。

「ルカさんが亡くなって悲しいのはわかる! でもあなたは物事の一面しか見てない! シャウアが黒神蝶の断罪エデン・カノゥネを使わなかったら、私たちはみんな──」

「もういいよ、フィアナ」大声で怒鳴るフィアナを、シャウアは穏やかに諭した。フィアナの表情がふっと緩む。

「今日は帰る。でもまた謝りに来るから。何度でもな」

 シャウアは毅然と断言し、フィアナの左手を取った。すぐに出口へと歩き始め、フィアナも渋々ついていく。

 二人が出て行き、ばたんとドアが閉まった。


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