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「ソ、ソンナ。ア、アノ巨大ナ蝶ハ。伝承ニ謳ワレル、コ、黒神蝶ダトデモイウノカ?」
上空を見やるファルヴォスが、狼狽えたような声を出した。わなわなと小さく震えていたが、ふいにぴたりと静止した。
「ぐあっ!」突如ユウリは、頭が割れるような痛みが生じた。ぐらり。バランスを崩して倒れ込み、片手で地面を支える。
(何だ、これ。黒神蝶から恐ろしいまでの圧迫感みたいなものが──)
ユウリは困惑しつつ、周囲を見回した。皆、ユウリと同様に激痛を感じている様子で、顔を歪めている。
「カ、身体ガ動カナイ、ダト?」ファルヴォスが呆然と呟いた。
「見たかよ性悪
シャウアが咆哮した。ただその面持ちは苦しげだった。ユウリたちと同じく、頭に痛みが生じているのだろう。
黒蝶の動きが停止した。頭部から黒色の光が放たれる。高度を上げると士官学校を囲む半透明の膜を通過し、超高速で昇天していった。
光の上昇が止まった。すぐにぐんぐんと下降してきて、硬直しているファルヴォスに命中。黒い光に包まれ、ファルヴォスの姿が見えなくなる。
数秒ののちに光は霧散し、ファルヴォスが現れた。飛行の制御を失ったのか、すぐに落下していく。
やがて、ドサッ! 鈍い音がした。ファルヴォスが地面に叩きつけられた音だった。「ガハッ!」苦しげに呻き、ごぼっと吐血する。
ファルヴォスの右足は、異常な方向に曲がっていた。禍々しい鎧は八割ほどが消失している。まさに満身創痍といった様子だった。
(やった! シャウアの奴、やりやがった!)頭痛が少しずつ引いていくユウリは
「とどめだ!」ユウリは両手持ちの
ゴガッ! ただならぬ音がして、ファルヴォスの頭は地面にめり込んだ。完全に動きを止めて四肢を投げ出す。
「ユウリ!」興奮した調子の声がした。ユウリは振り向いた。シャウアだった。大きくガッツポーズしている。まだ幼さの残る顔には達成感と安堵が色濃く現れていた。
「一度見ただけの技を再現するとは! さすがだな! 恐れ入ったよ!」
ユウリは高揚した気持ちをそのまま吐き出した。
「あったりめーだっつの! 俺が無翼なのは、エデンの恩恵がぜーんぶ頭に行ってるからだ! 空を行く有翼の連中に追いすがれなくても、思考の速度に関しちゃあ誰一人として追随できねえんだよ!」
シャウアは誇らしげな口振りで、わかるようなわからないような内容を喚いた。その周囲ではエデリアからの留学生たちが、充足感に満ちた笑顔を浮かべている。
すると「ユウリ君!」可愛らしい高い声がした。向き直るとカノンが立っていた。失神から目覚めたフィアナに肩を貸している。二人とも穏やかな微笑を見せていた。
ユウリが口を開こうとすると、二人の背後に展開されていた黒色半透明の膜が一瞬で消えた。
「勝った。私たち、生き残れたのね。──良かった」
士官学校を孤立させていた障壁の消失を受けて、フィアナは感極まったような声を出した。