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第11話

       11


「ソ、ソンナ。ア、アノ巨大ナ蝶ハ。伝承ニ謳ワレル、コ、黒神蝶ダトデモイウノカ?」

 上空を見やるファルヴォスが、狼狽えたような声を出した。わなわなと小さく震えていたが、ふいにぴたりと静止した。

「ぐあっ!」突如ユウリは、頭が割れるような痛みが生じた。ぐらり。バランスを崩して倒れ込み、片手で地面を支える。

(何だ、これ。黒神蝶から恐ろしいまでの圧迫感みたいなものが──)

 ユウリは困惑しつつ、周囲を見回した。皆、ユウリと同様に激痛を感じている様子で、顔を歪めている。

「カ、身体ガ動カナイ、ダト?」ファルヴォスが呆然と呟いた。

「見たかよ性悪悪竜ヴァルゴン! 敵の動きを完全に止めて、裁きの黒き光で滅殺! これが黒神蝶の断罪エデン・カノゥネ! 天才神学者、シャウア様にしか実現不可能な、神話に伝わる天下無双の一撃だ!」

 シャウアが咆哮した。ただその面持ちは苦しげだった。ユウリたちと同じく、頭に痛みが生じているのだろう。

 黒蝶の動きが停止した。頭部から黒色の光が放たれる。高度を上げると士官学校を囲む半透明の膜を通過し、超高速で昇天していった。

 光の上昇が止まった。すぐにぐんぐんと下降してきて、硬直しているファルヴォスに命中。黒い光に包まれ、ファルヴォスの姿が見えなくなる。

 数秒ののちに光は霧散し、ファルヴォスが現れた。飛行の制御を失ったのか、すぐに落下していく。

 やがて、ドサッ! 鈍い音がした。ファルヴォスが地面に叩きつけられた音だった。「ガハッ!」苦しげに呻き、ごぼっと吐血する。

 ファルヴォスの右足は、異常な方向に曲がっていた。禍々しい鎧は八割ほどが消失している。まさに満身創痍といった様子だった。

(やった! シャウアの奴、やりやがった!)頭痛が少しずつ引いていくユウリは雷槌らいついを生成。大きく羽ばたいて一気にファルヴォスに接近する。

「とどめだ!」ユウリは両手持ちの雷槌らいついを頭の後ろまで引いた。大きく振りかぶり、頭部目がけてフルパワーで叩き込む。

 ゴガッ! ただならぬ音がして、ファルヴォスの頭は地面にめり込んだ。完全に動きを止めて四肢を投げ出す。

「ユウリ!」興奮した調子の声がした。ユウリは振り向いた。シャウアだった。大きくガッツポーズしている。まだ幼さの残る顔には達成感と安堵が色濃く現れていた。

「一度見ただけの技を再現するとは! さすがだな! 恐れ入ったよ!」

 ユウリは高揚した気持ちをそのまま吐き出した。

「あったりめーだっつの! 俺が無翼なのは、エデンの恩恵がぜーんぶ頭に行ってるからだ! 空を行く有翼の連中に追いすがれなくても、思考の速度に関しちゃあ誰一人として追随できねえんだよ!」

 シャウアは誇らしげな口振りで、わかるようなわからないような内容を喚いた。その周囲ではエデリアからの留学生たちが、充足感に満ちた笑顔を浮かべている。

 すると「ユウリ君!」可愛らしい高い声がした。向き直るとカノンが立っていた。失神から目覚めたフィアナに肩を貸している。二人とも穏やかな微笑を見せていた。

 ユウリが口を開こうとすると、二人の背後に展開されていた黒色半透明の膜が一瞬で消えた。

「勝った。私たち、生き残れたのね。──良かった」

 士官学校を孤立させていた障壁の消失を受けて、フィアナは感極まったような声を出した。


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