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その後、ユウリは変わらぬ日常を送った。朝に士官学校に登校し、フィアナとともに夕方まで授業を受けて帰宅(カノンのアプローチは華麗にスルーし続けた)。七日に一度の安息日には、ルカやフィアナと遊んだりもした。
三、四日に一度、
二十日後の夕方、ユウリは教室で歴史学の授業を受けていた。ほぼ正方形の教室は、一辺が歩幅で十歩分もないほどの大きさである。
木製の二人掛けの机が二十個近く並んでいて、灰色の長袖制服を着た生徒たちが席に着いていた。壁は深みのある茶色の木でできており、落ち着いた感じの雰囲気を醸し出していた。
教壇には、学者然とした黒ガウン、黒帽子を纏ったシャウアの姿があった。背後の黒板には、やや荒っぽい字で年号などの記載がされている。エデリアの歴史を教える、一日限りの特別講師だった。
「こうして
諦めたような口調で弁じると、シャウアはちらりと窓の外に目をやった。そびえ立つ時計塔は、授業終了の時刻を示している。
「エデリアの歴史を神話時代から現代までまとめると、ざっくりこんな感じだな。何かの参考になれば嬉しいぜ。授業はこれにて終了」
きっぱりとシャウアが告げると、生徒たちは動き始めた。帰宅しようとする女子生徒の間を縫って、ユウリはシャウアに近づいていく。
「なんか凄いな。大勢の年上を相手に、全然緊張してる素振りもないじゃないかよ。何というか、大物だな」
ユウリが素直に賛辞を述べると、シャウアは自慢げな笑みを見せた。
「なんてったって俺は労働者だからな。大人の世界の荒波に揉まれて鍛えられてるんだ。ユウリたち学生のお子様からしたら、物腰とか違って見えるのは当然なんだよ」
「もう、シャウアったら! そんなに変な内容を話してるわけじゃないのに、いちいち言い回しが挑発的過ぎるのよ。直すべきところよ。立場は関係ありません」
いつの間にか隣にいたフィアナが、むっとした表情で断じた。両手を腰に当てる様には、可愛らしさと同時に威厳が感じられた。
「はいはい、わかりましたよ。ご立派なフィアナさんのありがたーいご指摘だ。せいぜい善処するさ」
からかうような声色でシャウアは返事した。聞き届けたフィアナはいっそう厳しい面持ちになる。
(好きな子に意地悪、か。ワンパターンだなこいつも。でもこのスタンスだといつまで経っても関係は変わらないだろ。どうやってフィアナとひっつく算段なんだ?)
首を捻る思いでいると、「ん?」とシャウアが訝しげな面持ちで呟いた。視線は窓の外に向けられている。
ユウリは屋外に顔を向けた。黒い半透明の膜のようなものが士官学校の敷地境界を覆っていた。
(何だあれは? 誰かの力か?)ユウリが疑問を抱いていると、「……あれは何かしら」フィアナが不審げな口振りで時計塔の上を指差した。
黒色の渦巻があった。どんどん大きさを増している。ユウリが凝視し続けていると、やがて一つの人影が渦の中心から現れた。
「あいつは、まさか……」ユウリは思わず言葉を漏らした。ファルヴォスが、時計塔の頂点に降り立っていた。身に纏う禍々しい鎧も以前と同じだった。両腕を胸の前で組み、瞳のない眼で士官学校を睥睨している。