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昼一の授業は家庭科だった。
場所は、古めかしい木製の調理台が十ほどある調理室だった。百年前の開校以来、手を加えていないため、何ともいえない静謐な雰囲気を漂わせる部屋である。
だが今は静かとはほど遠い状況だった。原因は、一人の女子生徒にあった。
「ここで! この家庭科という女子力の大アピールポイントで! わたしはユウリ君のハートを鷲掴みにするのです!」
切羽詰まった口調のカノンは、包丁を持った右手を恐ろしい速度で動かしタマネギを切っていた。丸めて表面に添えた小さな左手が何とも可愛らしかった。
同じ班となったユウリは、カノンの挙動を注視していた。ニンジンの皮を剥く手は完全に止めている。隣ではフィアナも、思い詰めたような視線をカノンに向けていた。
半分ほど切り終えた。だが、「痛っ!」包丁がわずかに左手の甲を掠め、カノンは顔をしかめた。床に包丁が落ちて、甲高い音を立てる。
「「大丈夫(か)?」」ユウリとフィアナが同時に叫び、カノンに接近した。血こそでていないが、心配なことに変わりはなかった。
カノンはしばし、辛そうにしていた。だがやがて表情を和らげ、「うふふふふ」甘い声音で小さく呟き始める。
(なんだ、どうしたんだ?)ユウリが疑問を抱いていると、カノンは目を開けすうっと姿勢を正した。
「なるほどなるほど! わたしの恋路はどこどこまでも! 意思なき包丁にまで言われなき妨害を受けるというのですね! 上等です!」
決意に満ちた表情で言い放ち、カノンは再びとんとんとタマネギを切り始めた。そして三十分後。
「どうですユウリ君! わたしの全力を注いだ野菜スープ! 五臓六腑でとくとご賞味あれ!」
自信満々な様子のカノンは、ユウリをじっと見つめ始めた。机の上の鉄鍋の中には、ホカホカと湯気が立ち上っている。
(内臓じゃあ味覚は感じられないんだけどな)
心中でクールに突っ込みつつ、ユウリはレードルでスープをカップに掬った。少し拭いて冷まして、ゆっくりと飲み進める。
「うん、うまい」ユウリが呟くと、カノンの表情がぱあっと明るくなった。
「そうでしょうそうでしょう! もうこれは、わたしをお嫁に迎える以外の選択肢はないでしょう!」
興奮した口振りでカノンはまくし立てた。つぶらな瞳はキラキラと希望に満ちあふれている。
「それに関しちゃ悪いけどノーコメントだ。ただこのスープの料理には俺やフィアナも携わってる。カノン一人の力じゃあないっていう厳然たる事実は、忘れちゃあいけないよな」
努めて冷静にユウリは諭すが、カノンの顔付きには一点の曇りも入る兆しはなかった。
「初対面の時から薄々感じてはいたけど、マイペースというか、自由奔放って感じの子よね」
フィアナがひそひそとユウリの耳元で囁いた。
「ああ、まったくそうだ。でも悪い奴じゃあないからさ。温かーい眼で見守ってやってくれ」
ユウリが静かに返事をすると、フィアナは小さく頷いた。