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第9話

       9


 悪竜ヴァルゴン真球スフェイラが跳んだ。ユウリの身長ほどの高度に至ると、翼を展開。大きく羽ばたいて一気に舞い上がっていく。

 ユウリは雷槌らいついを薙いだ。生じた雷で翼を狙う。

 すると瞬時に悪竜ヴァルゴン真球スフェイラが縮んだ。雷は避けられ、少し遅れてフィアナの子ユリシスの弾も同じ場所を通過する。

 戦いは互角だった。ユウリたちは着実に有効打を加えていくが、悪竜ヴァルゴン真球スフェイラから反撃も何発か貰い、ダメージを受けていた。

 四つの竜頭が姿を現した。ユウリはもう一度雷槌らいついを振るった。会心の速攻だが、竜頭は球面を移動し雷は鱗に当たるに留まる。

「GUAAAAAOOOOOO!」

 竜頭が一斉に吠えた。刹那、全球面から粉体が出現。空中の全方位に一瞬にして拡散する。

「フィアナ、炭塵爆発だ! 空中の炭塵を風で吹き散らせ! そうすりゃ躱せる!」

 叫んだユウリは「ヴェリデス!」と間髪入れずに詠唱。生み出した風扇を即座に振り回し、周囲から炭塵を除去する。

 離れたところではフィアナが回転していた。開いた蝶翼で風を生み、炭塵を吹き飛ばしている。

(ケリをつけてやる!)決意したユウリは「雀扇風ミラクラファル」と詠唱。即座に風扇は輝きを増し、羽根を発射せんとユウリは振りかぶった。だが。

 炭塵の間に次々と黒い光線が発生。悪竜ヴァルゴン真球スフェイラの周囲一帯が、網で覆われたようになる。

 ユウリは瞠目し視線を落とした。全身の各所が光線に貫かれている。

 次の瞬間、そこを基転に激痛が走った。ユウリは膝を折り、その場に倒れた。

(……ぐっ、炭塵爆発──じゃあない? 何、が……)

 混乱しつつも手を突き顔を起こした。少し先ではフィアナがうつ伏せから復帰しようとしていた。だが動きは弱々しい。ユウリ同様、謎の攻撃を食らったようだ。

「──尊き神の鳥! ひっく! 其が神りょ──神力を借り受け、我、汝に触れる! ぐすっ! 治して! 絶対っ! ルミラル様っ!」

 少女の声がユウリの耳に届いた。涙混じりでぐちゃぐちゃな、悲痛そのものな声だった。

(ルカ? 神鳥癒掌ルミラル・クーアルか? でも触れないと効果は──)

 思案していると、身体の痛みがすうっと引いていった。ユウリは立ち上がりフィアナを見やった。ルカは二人同時にかけたようで、フィアナも完全復活していた。

「ありがとな、ル──」礼を告げつつユウリはルカに向き直った。ルカは心の底から幸せそうに微笑み、くたりとその場に倒れていった。

「ルカっ!」ユウリは思わず叫んだ。シャウアとメイサが慌てた様で介抱を始める。

(くそっ! 俺のせいで!)ユウリは歯噛みしつつ悪竜ヴァルゴン真球スフェイラを睨んだ。

 悪竜ヴァルゴン真球スフェイラの竜頭が上がった。「また!」悲鳴のようなフィアナの声がする。

 竜頭が咆哮した。黒い粉体が拡散する。「ユウリ! 退け!」遠くのシャウアから必死な声が飛んでくる

(退かない! 討つ!)高速思考したユウリは、風扇を構えた。極限の集中状態。周囲がスローになる。

 風扇を大振りした。暴風が吹いた。黒粉が吹き飛んだ。悪竜ヴァルゴン真球スフェイラの前半分がほぼ空白地帯になる。

 ユウリは駆けた。刹那、無数の黒粉間に光線が発生。悪竜ヴァルゴン真球スフェイラの周囲に、再び光の網が展開される。

 右前、真左、斜め上、真正面。光線は間断なく迫ってくる。

 しかしユウリは最小限の動きで回避。前方の黒粉はほとんど除去したおかげで、ユウリを貫く軌道の光線は大幅に数を減らしていた。

 左前方から光線が来た。ユウリはブリッジでやり過ごした。即座に直立姿勢に戻り、全力で地を蹴る。

 竜頭の一つが火球を吐いた。ユウリは風扇を小振りにした。火球を捉え、斜め後ろに逸らす。

 と同時に、「キラーヴォ!」ユウリは唱えた。雷槌らいついが現れた。だが、風扇は消えていない。

 ユウリは飛翔した。風扇と鳥翼で一気に加速し、竜頭に急接近する。

 竜頭が眼前に来た。ユウリは雷槌らいついを両手で振り下ろした。額の中心にクリーンヒットする。

 空中を行ったユウリはすたりと着地。すばやく振り返り、状況を確認した。

 ユウリが叩いた竜頭が、ぐたりと表皮に体重を預けていた。動きは完全に止まっている。

「ユウリ!」フィアナの歓声が響いた。悪竜ヴァルゴン真球スフェイラは四つの竜頭を引っ込めた。

(できた! できたぞ! できたんだ! 絶対に無理だと思ってた、風扇と雷槌らいついの同時使用! これで戦術の幅は格段に広がった! 俺は、無敵だ!)

 歓喜のユウリは悪竜ヴァルゴン真球スフェイラを見据えた。全身に力がみなぎり、もはや負ける気はまったくしなかった。


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