18
葬送の儀が終わり、ケイジは聖堂の裏手、墓石が並ぶ広大な草地に埋葬された。その後、老人が短い語りを入れて、神葬は終了した。
数十人の参加者が、ゆっくりと動き始めた。ユウリも歩き出そうとすると、「ユウリ」と、背後から穏やかな声がする。
振り返ると、フィアナが立っていた。ユウリをまっすぐに見つめているが、視線にはそこはかとない空虚さがあった。
「一緒に来てほしいところがあるの。このあと少しだけ良いかな?」
静穏な声音の問い掛けに、ユウリは小さく頷いた。
するとフィアナは振り返り、歩を進め始めた。ユウリも従いていく。フィアナの足取りは重く、ユウリに向ける背中にも強い憂愁が感じられた。
聖堂の裏口を抜けて、二人は森に入った。鬱蒼とした木立の間を止まることなく進んでいく。辺りは物静かだが衛星大月の光は優しく、不思議と心が休まった。
しばらく行くと森が途切れた。「着いたわ」フィアナがぽつりと呟き、ユウリは周囲を見回した。
三方を樹々に囲まれた草原だった。広さはユウリの自宅の敷地と同程度。前方は崖で、その向こうには宇宙が無限の広がりを見せている。
視界の下端に何かが映った。ユウリは顔を向ける。
小さな蝶だった。色は白色。ひらひらと翼をはためかせ、草の間を楽しげに行きかっている。
ユウリは草地全体に視線を移した。よく見ると至るところに白蝶がいた。
「綺麗というか……。神秘的な場所だな」ユウリは感じたままを言葉にした。
「ここはエデリアの聖地。エデンの頭に当たる場所で、その御力が最も強く表れる場所と言われているの」
静謐な口調でフィアナが答えた。さあっと風が吹き、草原が揺れる。
「幼い頃からみんなを守れる人になるのが夢だった私は、八歳の時に今の士官学校に入った。でも生徒の九割は男で、体力に劣る私は訓練で辛い思いをする機会も多かった。そんな時、ケイジ先生はいつもここに連れてきてくれた」
フィアナの口振りには、ケイジへの強い想いが伺えた。
「二人で他愛のない会話をしながら、蝶と星とを眺めてた。すると不思議よね。なんとなく頑張れる気がするの。ああそうそう。戦闘訓練で初めて男の子に勝ったけど、『女だから手加減した』とか子供丸出しの負け惜しみを言われた日は叫んだのよね。『女だからって何よ! いつかすっごい手柄を立てて、みーんな黙らせてやるんだから!』ってね。あの時の先生の驚いた顔っていったら。ユウリにも見せてあげたかったな」
優しい声音だった。横顔は、過ぎ去った思い出を懐かしむようなやわらかなものである。
「先生が好きだった。魅力に溢れた人だった。ずっと一緒にいたかった。だけどもう願いは叶わない。だから私は──私は、もう一度叫ぶことにした」
フィアナは言葉を切ると、大きく息を吸い込んだ。
「先生、ありがとー! 貴方のくれたもの、忘れない! たくさんの人を守って、いろんな人を幸せにして、いつか私もそっちに行くから! それまで待ってて!」
底抜けに明るい大声だった。表情は晴れやかで、眼差しには力があった。
響きが完全に消えて、草原に静けさが戻った。ユウリは決意を固めて、フィアナに向き直った。
「先生を死に追いやった奴──おそらくは俺とメイサ先生が目撃したリグラムとファルヴォスって奴だ──を倒そう。当然、俺も手伝う。いや、『手伝う』は主体性がないな。俺が潰してやる」
きっぱりと告げると、フィアナは小さく微笑んだ。
「ありがとう、ユウリ。正直私、ここに来るまで沈んでた。でも死者を悼むのと落ち込むのとは違う。それに、うじうじは先生が大嫌いだった。だから私は前に進む。決然と、悠々と、確固たる足取りで前に進むのよ」
いつものフィアナらしい、自信に満ちた物言いだった。ユウリは満ち足りた思いで笑顔を返した。