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第15話

       15


「──の恩寵。いと尊き神の鳥。が神力を借り受け、我、汝に触れる」

 静謐な声が耳に届いた。まだ幼さを感じさせる、女の子の声だった。

 するとユウリの鎖骨のあたりに、柔らかい感触が生じた。

(…………ルカ?)ぼんやりとした思考が浮かび、ユウリはふっと目を開けた。すぐ目の前、拳三個分の位置にルカの顔があった。悲しげに瞳をうるうるさせていたが、ユウリの覚醒に気づいて表情がぱあっと明るくなる。

「お兄ちゃん──。目が覚めて──ぐすっ。良かった、良かったよう。わたし……ほんと……もう」

 感極まった様のルカは、ユウリを見つめつつ嬉し泣きを始めた。小さな手で、何度も何度も両眼の涙を拭っている。

神鳥癒掌ルミラル・クーアル……。俺のために……。ごめん、ルカ」

 ユウリはルカを見据えつつ言葉を紡いだ。神鳥癒掌ルミラル・クーアルは触れた対象を治癒する神術だった。使用可能者はルミラルと意思疎通可能な者、すなわち法皇のみである。

 だがユウリは不安だった。先ほどのルカの行動は、ルミラルの力を借りる点で神託と同種である。神託同様、ルカの身体への悪影響が懸念された。

「ここは聖都の病院だよ。お兄ちゃんは、フィアナさん、カノンさんと一緒に運ばれたの。知ってると思うけど、三人を助けるよう手を回してくれたのはメイサ先生だよ。ちょっと前までここにいたけど、会議があるって仰って出ていったよ」

 落ち着いた表情のルカが平静に説明した。ユウリは周囲を見渡した。

 十ミルト四方ほどの大きさの部屋いっぱいに、簡素なベッドが十個近く置かれていた。石造りの壁はくすんだ白色で、ところどころに半円形の窓がある。その向こうはプラリア々とした芝生で、陽の光が燦々と降り注いでいた。

(日光の感じからして今は朝か? ずいぶん気を失ってたんだな、俺は)

 苦々しい思いを巡らしていると、隣のベッドで一人の人物がすくりと身体を起こした。フィアナだった。はっとした表情で辺りを見回している。

「フィアナ」ユウリは小さく呼びかけた。

「ユウリ! 良かった無事だった!」

 黒目を大きく見開き、フィアナは喜びを口にした。

 すると部屋の片隅で、女の子がむくりと身体を起こした。カノンだった。寝ぼけているのか、ぼーっとした表情を見せている。

(カノンも生きてたか。……良かった)

 ユウリが感慨にふけっていると、フィアナが口を開いた。

悪竜ヴァルゴンが急に光り出したから、もしかして自爆? って思って、とっさに子ユリシスで障壁を作ったの。さすがに捨て身の攻撃に対して、無傷とはいかなかったわね。でも、三人とも生き延びた。生きてさえいればどうにでもなるものね。うん、我ながら良い判断だったわ」

 誇らしげな台詞を終えて、フィアナはルカに視線を向けた。

「そちらの麗しい女の人はどなたなの? もしかして、今日少し話してくれた妹さん?」

 友好的な微笑とともに、フィアナは尋ねてきた。

 ルカはぴんと背筋を伸ばし、両手を腿にやってゆっくりとお辞儀した。

「初めましてフィアナさん。わたしはルカ・ヴェルメーレン、ユウリの妹です。このたびはおに……兄の命を救ってくれて本当にありがとうございます」

 健気な感じのお礼だった。自分の妹の礼儀正しさに、ユウリは誇らしい気持ちになる。

「フィアナさんのことは兄から聞いてます。エデリアの護人ディフェンシアなんですよね。すごいなって思います。わたしと二つしか変わらないのに、あんなに恐ろしい悪竜ヴァルゴンと戦えるなんて」

「そうかしらね。でもルカさんって次代の法皇なんでしょ。護人ディフェンシア以上に尊い役目だと私は思うな」

 落ち着いた口振りで、二人は互いを称賛した。するとルカは、にこりと笑ってユウリの右腕に両手を巻き付けた。

「お仕事は確かに辛い時もあります。でもわたしは大丈夫、へっちゃらなんです! なんてったってわたしには、優しくて強くて頼りになって優しい、大大大好きな兄がいるんですもの!」

 ルカは高らかに言い放った。フィアナを見つめる眼差しは真剣で、表情には一点の曇りもない。

(ルカ……。お前そこまで俺を…)

 ユウリは感動で泣きそうになる。ルカの想いはあまりにもまっすぐで、ユウリの胸に迫った。

 するとフィアナは眩しいものを見るような目になった。

「兄妹とっても仲が良いのね。素敵だと思うわよ。私にも弟が──。ってそういえばユウリ。私としたことが、大切なことを忘れてたわ。本物のケイジ先生はいったいどこ……」

 バタンッ! 病室の入口で扉が開く音がした。ユウリは入口を注視した。十代半ばと思しき男が立っていた。服装は、フィアナとの出会いの時にケイジが身につけていたものに近かった。フィアナの仲間だろうか、とユウリは予想する。

「フィアナ! 病み上がりで悪いがすぐに来てくれ!」

 切羽詰まった口振りで男はまくし立てた。

「何かあったの?」フィアナは深刻な面持ちで応じる。

「ケイジ先生の遺体が見つかった! 場所は、初めに降り立った砂漠のオアシスだ!」

 信じられない言葉が、ユウリの頭の中でリフレインする。フィアナも言葉を失った様子で固まっていた。

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