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第14話

       14


 二人は油断なく戦い続けて、悪竜ヴァルゴンを片付けていった。

 飛んできた一体が爪を振り下ろした。フィアナは半身になって避けた。後方へと行き過ぎる悪竜ヴァルゴンに、子ユリシスの槍を投擲する。

 一直線に飛行した槍は、瞬時に追いついた。尾の付け根に深々と刺さり、悪竜ヴァルゴンはばたりと地に落ちた。

「残り四体! ぱぱっと畳んじゃおう!」

 フィアナが明朗な声音で叫んだ。「当然!」ユウリも即答する。

 四体がぴたりと動きを止めた。すぐにじわじわと不気味な様に全身の黒みが増していく。

「何かやる気──」

 ユウリが危機感を口に出そうとした瞬間、何かが視界を横切った。

 一瞬の後に、ギンッ! 金属音がして、悪竜ヴァルゴンたちは次々と地面に落下していった。

「自爆だなんて小賢しくておろかしいマネは! わたしことカノン・マルカスが許しません! 断固拒否します!」

 芝居がかった女の子の声がした。ユウリはとっさに声の主に視線を向けた。

 カノンだった。子供っぽくも真剣な表情で悪竜ヴァルゴンたちを睨んでいる。

 カノンは身の丈ほどの長さの刀を、腰の辺りで両手持ちしていた。悪竜ヴァルゴンを斬り伏せた刀である。

 色は、黄色と黒のまだら模様。カノンの有するキビタキの神鳥聖装セクレドフォルゲルの賜物であり、カノン自身は「黒黄刀こくきとう」と呼んでいた。

「カノン! 助かったよ! でもどうやって……」

「愚問にも程があります! わたしは常にユウリ君の動向をてってーてきに追い掛けてますゆえ! いついかなる時でも駆けつけて、ユウリ君に降りかかる災いを切って切って切り下ろす! それがわたし! です!」

 カノンは腰に両手を当てて、自慢げに力説した。笑顔には力があり、後ろめたさは皆無な様子である。

「……なんつうか、うん。聞かないほうが良かったかもだな。まあ命を救われたんだし、その点は素直に感謝しとかないとな」

 微妙なテンションのユウリは抑えた声で呟いた。だが依然としてカノンは曇りなき満面の笑顔だった。

「ユウリ! まだ気を抜いちゃあ……」フィアナの叫び声が響き渡った。ユウリははっとする。

 刹那、ユウリの視界に緑青色の流体が入った。

 一瞬遅れてドゴウッッッ! 短い爆音が轟く。ユウリは吹き飛んだ。身体中に凄まじい激痛。二回、三回。地面を無抵抗に跳ねる。

 やっと止まったユウリは、自分がうつ伏せ姿勢なのに気づいた。

(……く──そ。二人はどうな……って?)

 ユウリは、動きの鈍い首に力を込めた。すると、聞き慣れない男の声が耳に飛び込んできた。

「ふむ。齢十六にして、先程の奇襲に反応し防御の術を展開するか。末恐ろしい女よ。貴殿は如何に感ずるかな、ファルヴォス」

「全ク以テ同感ダ。時間ノ猶予モソウナイガ、三人ハココデ潰シテオクベキダナ」

(フィアナのことを話して……。こいつらはいったい何者だ?)

 訝しむユウリはどうにか顔を上げ、声のしたほうに目を向けた。五歩ほどの距離の場所に二人の人物が立っていた。

 向かって左、ファルヴォスと呼ばれた者の頭部は、悪竜ヴァルゴンの頭そのものだった。背中には黒色の翼が付いている。全身に纏う鎧は漆黒。その装飾は精緻かつ豪奢で、怪しい魅力に満ちていた。

 右側の人物は、外見は完全に人間のそれだった。年の頃は四十代半ばと見え、襤褸ぼろ切れのような焦げ茶の布で全身を覆っている。

 黒髪は首にわずかにかかる程度の長さで、額の中央で完全に左右均等に分かれていた。切れ長な目が発する視線は射貫くようであり、太い眉とあいまって精悍な軍人といった雰囲気である。

「お前たち……、何者だ。フィアナを、どうする気だ」

 ユウリは強く二人を睨みつつ、声を絞り出した。

 すると、四十代らしき男のほうが口角をわずかに上げて微笑を浮かべた。

「大真面目に応じる義理はないのだが、名前ぐらいは答えるのも一興か。よかろう。我が名はリグラム。これより諸君らを葬り去る者だ」

 丁重ではあるが、心根の邪悪さが滲み出たような不快な声だった。

(──こいつら、悪竜ヴァルゴンの手先か何かか。くっ! させるかっての!)

 己を奮い立たせたユウリは、小声で詠唱を開始。自爆攻撃によって解かれた神鳥聖装セクレドフォルゲルを展開しようとする。

「無駄ダ」無感情な声音でファルヴォスが言った。

 するとゴウッ! ファルヴォスの頭のあたりに黒炎が発生。徐々に大きさを減じ、握り拳ほどとなった。

 ユウリは危機感を強めるが、詠唱はまだ終わらない。

(くそ、くそくそ! こんなところで死ねるかっての!)

 ユウリはぎりっと歯ぎしりする。だがファルヴォスの黒炎は止まらない。

 ユウリはとっさに目を閉じた。凄まじい熱を覚悟する。だがいつまで経っても攻撃は来ない。

「何者かは知らんが、人の所有物おもちゃに手を出そうとする行為は看過できんな。少々痛い眼に遭ってもらおうか」

 不遜で居丈高な童女の声がした。ユウリは目を開き、予想通りの光景を目にする。

 メイサがいた。敵二人とユウリたちの間に立っている。

「何ダコノわらべハ。ガキ風情ガイッタイドウヤッテ我ノ炎ヲ防イデ……」

 怪訝な調子でファルヴォスが呟いた。

「此奴はメイサ・アイシス。紛れも無き強者だ。風貌など当てにならぬよ」

 リグラムは詰まらなさげに応じる。

「何やらぶつぶつとご相談の所を悪いが、この地を墓所とする心の準備はできたか?」

 低い声でメイサが割り込んだ。背中側にいるユウリには視認できないが、不適な笑顔が容易に想像できる声音だった。

 するとすうっと、ファルヴォスとリグラムの姿が掻き消えた。

「ふん、詰まらん」メイサが小さく毒づいた。

「……ありがとうございます、メイサせんせ……い」

 謝意を示そうとするユウリだったが、ふうっと意識が遠のいていった。

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