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「『自分の身体を創出したルミラルはあたりを見渡しました。すると、無は宇宙となりました。世界とはすなわちルミラルの知覚するものごと。ルミラルは永遠に飛翔を続けるので、宇宙も永遠に広がり続けるのです』。まあこんなところかな」
ユウリは説明を終えて口を閉じた。場所は、ルミラリア士官学校の中庭。三方を二階建ての校舎に囲まれた空間である。
ユウリたちがいる場所は、広い草地の一角にある木のベンチだった。頭上には鉄製の構造物があり、蔦が全面に生い茂っている。
君主会見の翌日、フィアナは知人を連れてユウリに会いに来た。出会ってからすぐルミラルが話題に上がり、ユウリはルミラリアに伝わる創世神話を述べていった。
「無から嘴が生まれて、嘴を基点にルミラルが顕現して、か。壮大というか幻想的ね。ふむ、なんとも興味深い逸話だわ」
隣に座るフィアナから、感心したような様の返答が来た。
「シャウア、あなたはどう思う? 私としては、専門家の意見を聞いて考えを深めたいのよね」
愛想良く微笑んで、フィアナはベンチの端に位置する男子、シャウアに話を振った。
シャウアは驚いたように目を見開いた。
「し、知らねーよそんなの。人に聞く前に自分で考えろっての。子供じゃねえんだからよ」
慌てたような調子だった。むっとしたフィアナはすくっと立ち上がり、腰に両手を当てた。
「もうっ、シャウアったら! 他の人に何か聞かれた時はぺらぺらくどくど喋るくせに、私が話しかけたらいつも口答えばかりじゃないの! ほら、シャキッとする! あなたは皇帝からの期待も厚い天才神学者なんだから、ばしっと言ってみなさいな! 何か思うところはあるんでしょ?」
気丈な口振りでフィアナはまくし立てた。シャウアに向ける視線は射貫くようなものである。
(シャウアは何を急に怒り出してんだ? 子供じゃないって、フィアナはまだ十六歳だぞ。成人まではあと二年ある。
──ん? よく見ると、微妙に顔が赤くないか。そんでもって不機嫌そうなことを言った割には、どことなく嬉しそうだし。まさかこいつ、フィアナが好きで。でもどうすればいいかわからなくて意地悪しちゃってるんじゃあ……。それこそ子供じゃねえか!)
心の中で盛大に突っ込みつつ、ユウリはシャウアを眺め始めた。
膝下まで届く黒ガウンと、天辺が正方形で紐房が一本垂れた黒帽子。フィアナの幼馴染み、シャウア・カルヴィアは学者然とした出で立ちだった。
だが、あちこち跳ねたやや長めの茶髪としゃきっとした印象の顔のパーツからは、やんちゃな感じを受ける。背はユウリより頭一個分小さく、十四歳という年齢を考慮してもやや小柄だった。
「わーかったわかった。言えばいいんだろ、言えば。ったく、しゃーねーな」
シャウアははーっと溜め息を吐いた。呆れたような顔付きだが、どこか嬉しそうにも見えた。
「エデリアに伝わる創世の物語はルミラリアの神話と同様に、世界が存在できるのはエデンという神が観測するからなんだよな。それにしても不思議だ。いったいどうして、はるか遠くで生まれた二つの世界で似たような話が伝わっているのか」
シャウアの声色は少年らしい明朗なものだが、落ち着いた瞳からは深い思索が伺い知れた。
「気になる点はまだある。エデンとルミラルが飛翔しながら別個で宇宙を広げているとしたら、一方は他方に観測されなくても存在できるのか? それとも、エデンとルミラルは超長距離間で互いの存在を認識しているのか? 疑問は尽きないよな。神話以外の面でも共通点は多いしな。言語とか」
言葉を切ったシャウアは、ちらりとフィアナに視線を向けた。ユウリも吊られてフィアナを見る。
フィアナは、息子を思い遣る母親のような眼差しでシャウアを見返していた。
「さすがはシャウアね。目の付け所が違うわ。神話ってのは心の拠り所。謎は多いけれど、エデリアの人もルミラリアの人が争わないで済むような結論に至れたら素敵よね」
感慨の籠もったフィアナの言葉に、シャウアは「そうだな」とぶっきらぼうに答えた。だがやはり、そこはかとなく嬉しそうな印象を受ける言い方だった。
(シャウアさん、ベタ惚れじゃないですか。そんでもってフィアナはまったく気づいてないと。うおお、なんつう混沌とした状況だよ)
ユウリは二人を注視しつつ、微妙にわなわなするのであった。