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第6話

       6


 未知の力を恐れつつも、ユウリは雷槌らいついを小さく引いた。間髪入れずにフィアナに振るい、離れた位置から雷を飛ばす。

 フィアナの蝶翼が形を崩し、一部が空中を滑っていった。二人の間に円を成し、雷とぶつかる。

 雷、蝶翼ともに霧散した。衝突点がきらきらと輝き、分裂した蝶翼はフィアナの背の本体へと戻っていく。

 ユウリは構わず前に進み、今度は地面すれすれから振り上げた。直接的にフィアナに打撃を加える意図だ。

 フィアナはバックステップで引いていった。ユウリの雷槌らいついは空を切り、十歩分ほどの距離が空く。

鏡蝶弾ミラルガン!」フィアナの澄んだ声音が響いた。翼は輝きを増し、微細な何かが流動し始める。

 一秒も経たないうちに、蝶翼から幾百もの白色球体が分離した。

 球体が飛来する。「プラリア」ユウリは呟き、青色透明の、一ミルトほどの大きさの盾を出現させた。ユウリの三つ目の神鳥聖装セクレドフォルゲルである水盾すいじゅんだった。身を縮めて後ろに隠れ、球体をやり過ごす。

 弾幕射撃が途切れた。ユウリは起立し、水盾すいじゅんを前に据えたまま地面を蹴った。翼を使って、低空飛行でフィアナに迫る。

 フィアナは片足立ちになった。上げた右脚を折り曲げると、黒色のブーツに蝶翼の構成要素が集まり始めた。

 盾で突進するユウリに対し、フィアナはびしりと脚を伸ばした。ユウリの盾とフィアナの蹴りが激突し、双方の勢いが止まる。

(こいつ、強い! 気を抜いたら一瞬でやられる!)

 気を引き締めるユウリは、透明の盾の裏からフィアナを見つめた。

 今のフィアナには登場時の穏やかさはなく、闘気に溢れた佇まいは完全に軍人のそれだった。

 ユウリはぐっと盾を押した。フィアナも足に力を込めてくる。

 二人とも後ろに力が加わり後退する。

(今度こそ!)ユウリは決断し、再び攻撃を加えんとする。その時だった。

「双方止まれ!」

 勇壮な男の声が轟くやいなや、フィアナの喉元に蝶が出現した。大きさは掌ほどで、色は銀。翼は鋭利で、人間の首すら切り裂けそうな様子だった。

 ユウリが困惑していると、すたり。ユウリとフィアナの中間位置に、男が着地した。

 男は長身で、濃紺の軍服を着ていた。腰の位置にはベルトがあり、脚部のほとんどはコートの裾に覆われている。フィアナの纏う服の男版といった装いである。

「フィアナ! 君に質問する! この人がどうして襲い掛かってきたかわかるか?」

 フィアナに差し向けた銀蝶を消して、男は平静な口調で問うた。

「わかりません、ケイジ先生! 私は終始友好的に接しました! 話しているうちに、敵意がないことを理解してもらえたと思ったのですが……」

 フィアナは大声で返答したが、口振りには困惑も滲んでいた。

「君が後ろを向いている間に、小さな悪竜ヴァルゴンが君から発射されたんだ。心当たりはあるか?」

 ケイジの問い掛けにフィアナははっとしたような面持ちになった。しばらくしてから、「いいえ、ありません。そもそもそんな小さな悪竜ヴァルゴンは初めて見ました」と明確に返答する。

「そうか、わかった」

 何の感慨もない調子で返すと、ケイジはユウリに向き直り銀蝶を消した。そのままばっと、直角に頭を下げる。

「申し訳ない! うちのものが多大なる迷惑をかけた! でも彼女が悪竜ヴァルゴンを放ったわけじゃないんだ。そんな邪悪なまねができる子じゃあない! それは信じてほしい!」

 ケイジはびしりと謝罪した。相当な地位にある男なはずだが、プライドも何もないような振舞いである。

 後ろからも「ごめんなさい」と、フィアナの沈んだ声がした。

(俺を殺したいのなら、あの銀の蝶で殺せてた。嘘をついてる訳じゃあないのか)

 ユウリは半信半疑ながらも「わかりました、信じます。だから頭を上げてください。事情も聞かずに攻撃を仕掛けたんだ。僕も謝らなくちゃあいけないんです」と努めて平静に話した。

 するとケイジはゆっくりと顔を上げた。申し訳なさそうな表情だった。

「いや、君の対応は間違っちゃいない! 悪竜ヴァルゴン相手に躊躇してたらやられるだけだ。君は正しい行いをした」

 真面目な調子の返答が来た。ユウリは戸惑いながらも、ケイジの顔に注目する。

 上部を残して短く刈り上げた黒髪に、やや細めだが柔和な雰囲気の目。ケイジは全体的に、人好きのする顔つきだった。笑うと相当愛嬌のある顔になるのではと、ユウリは当たりをつける。また年齢は、三十代後半ぐらいに思えた。

「名前を教えてくれないか。いや、まず私から名乗ろうか。私はケイジ・ラングレイ。エデリアの守り手、護人ディフェンシアを要請する学校で教師をしている者だ。好きな食べ物はパン全般。野菜、肉より断然パンが好きだな。生粋のパン派だ、うん」

「好きな食べ物って……。ああ、せっかくばしっと謝って良い人オーラが出せたのに、もう台無し。先生、初等科のクラス分け最初の自己紹介じゃないんですから、もっと真面目な内容を話しましょうよ」

 フィアナからやれやれといった調子の突っ込みが来た。

「しまった、ついうっかり」とケイジは呟き、無念そうに顔を歪めた。

(次から次へと訳のわからない展開が続くな。まあでも、この二人は悪人じゃなさそうだ。変てこだけどな。──って待て待て。カノンだ! カノンは無事なのか?)

 はっとしたユウリはカノンに近づいた。

「カノン! 大丈夫か? 頼む! 返事をしてくれ!」

 ユウリが早口でまくし立てると、「う……。うん」カノンの口から可愛らしいうめき声が漏れた。やがてすうっとカノンは目を開いた。

「良かったカノン! 不意打ちをまともに食らうからほんと、どうなることかと……。どこか痛むところはないか? 遠慮なく言ってくれ」

 安堵したユウリはカノンを見つめつつ問うた。

 するとカノンはいつもの満面の笑顔になった。すぐにがばっと起き上がり、ユウリの背中に手を回す。

「お気遣いありがとですユウリ君! わたしはこの通り正真正銘の無事です! 命中の寸前に後ろに体重移動して、勢いを殺しましたから!」

 ユウリを抱きしめつつ、カノンは朗らかに喚いた。

(ちょっ……! またこんな密着体勢にっ……! こいつには羞恥心ってものがないのかよ)

 耳を心地よく揺らす鈴の音のような声と、女の子特有の甘い香り。ダブルパンチをもろに食らうユウリは、かあっと顔が熱くなるのを感じる。

「……うん。なんだか反応に困るシチュエーションね。ケイジ先生。こういう時私はどう対処すべきでしょうか。未熟な私には判断ができかねます」

「焦る必要はないぞ、フィアナ。邪魔をするほうが無粋ってものだ。お似合いの二人が、気の済むまでやらせるのが男の心意気ってやつだ」

 冷静なフィアナの質問に、達観した調子でケイジが答えた。

「うふふ。ではではお二人のお許しも頂けたことですし、思う存分、誠心誠意、わたしはわたしの宿願を果たしに果たしまくるとしますか!」

 幸せいっぱいに叫ぶと、カノンはいっそうユウリを抱きしめる力を強めた。

「待て待て、ストップストップ! あんたたちみーんなおかしいって! ほんっと頼むから! 俺の意思も尊重してくれよ! お願いだ!」

 ユウリの心からの叫びが砂漠に響き渡った。


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