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未知の力を恐れつつも、ユウリは
フィアナの蝶翼が形を崩し、一部が空中を滑っていった。二人の間に円を成し、雷とぶつかる。
雷、蝶翼ともに霧散した。衝突点がきらきらと輝き、分裂した蝶翼はフィアナの背の本体へと戻っていく。
ユウリは構わず前に進み、今度は地面すれすれから振り上げた。直接的にフィアナに打撃を加える意図だ。
フィアナはバックステップで引いていった。ユウリの
「
一秒も経たないうちに、蝶翼から幾百もの白色球体が分離した。
球体が飛来する。「
弾幕射撃が途切れた。ユウリは起立し、
フィアナは片足立ちになった。上げた右脚を折り曲げると、黒色のブーツに蝶翼の構成要素が集まり始めた。
盾で突進するユウリに対し、フィアナはびしりと脚を伸ばした。ユウリの盾とフィアナの蹴りが激突し、双方の勢いが止まる。
(こいつ、強い! 気を抜いたら一瞬でやられる!)
気を引き締めるユウリは、透明の盾の裏からフィアナを見つめた。
今のフィアナには登場時の穏やかさはなく、闘気に溢れた佇まいは完全に軍人のそれだった。
ユウリはぐっと盾を押した。フィアナも足に力を込めてくる。
二人とも後ろに力が加わり後退する。
(今度こそ!)ユウリは決断し、再び攻撃を加えんとする。その時だった。
「双方止まれ!」
勇壮な男の声が轟くやいなや、フィアナの喉元に蝶が出現した。大きさは掌ほどで、色は銀。翼は鋭利で、人間の首すら切り裂けそうな様子だった。
ユウリが困惑していると、すたり。ユウリとフィアナの中間位置に、男が着地した。
男は長身で、濃紺の軍服を着ていた。腰の位置にはベルトがあり、脚部のほとんどはコートの裾に覆われている。フィアナの纏う服の男版といった装いである。
「フィアナ! 君に質問する! この人がどうして襲い掛かってきたかわかるか?」
フィアナに差し向けた銀蝶を消して、男は平静な口調で問うた。
「わかりません、ケイジ先生! 私は終始友好的に接しました! 話しているうちに、敵意がないことを理解してもらえたと思ったのですが……」
フィアナは大声で返答したが、口振りには困惑も滲んでいた。
「君が後ろを向いている間に、小さな
ケイジの問い掛けにフィアナははっとしたような面持ちになった。しばらくしてから、「いいえ、ありません。そもそもそんな小さな
「そうか、わかった」
何の感慨もない調子で返すと、ケイジはユウリに向き直り銀蝶を消した。そのままばっと、直角に頭を下げる。
「申し訳ない! うちのものが多大なる迷惑をかけた! でも彼女が
ケイジはびしりと謝罪した。相当な地位にある男なはずだが、プライドも何もないような振舞いである。
後ろからも「ごめんなさい」と、フィアナの沈んだ声がした。
(俺を殺したいのなら、あの銀の蝶で殺せてた。嘘をついてる訳じゃあないのか)
ユウリは半信半疑ながらも「わかりました、信じます。だから頭を上げてください。事情も聞かずに攻撃を仕掛けたんだ。僕も謝らなくちゃあいけないんです」と努めて平静に話した。
するとケイジはゆっくりと顔を上げた。申し訳なさそうな表情だった。
「いや、君の対応は間違っちゃいない!
真面目な調子の返答が来た。ユウリは戸惑いながらも、ケイジの顔に注目する。
上部を残して短く刈り上げた黒髪に、やや細めだが柔和な雰囲気の目。ケイジは全体的に、人好きのする顔つきだった。笑うと相当愛嬌のある顔になるのではと、ユウリは当たりをつける。また年齢は、三十代後半ぐらいに思えた。
「名前を教えてくれないか。いや、まず私から名乗ろうか。私はケイジ・ラングレイ。エデリアの守り手、
「好きな食べ物って……。ああ、せっかくばしっと謝って良い人オーラが出せたのに、もう台無し。先生、初等科のクラス分け最初の自己紹介じゃないんですから、もっと真面目な内容を話しましょうよ」
フィアナからやれやれといった調子の突っ込みが来た。
「しまった、ついうっかり」とケイジは呟き、無念そうに顔を歪めた。
(次から次へと訳のわからない展開が続くな。まあでも、この二人は悪人じゃなさそうだ。変てこだけどな。──って待て待て。カノンだ! カノンは無事なのか?)
はっとしたユウリはカノンに近づいた。
「カノン! 大丈夫か? 頼む! 返事をしてくれ!」
ユウリが早口でまくし立てると、「う……。うん」カノンの口から可愛らしいうめき声が漏れた。やがてすうっとカノンは目を開いた。
「良かったカノン! 不意打ちをまともに食らうからほんと、どうなることかと……。どこか痛むところはないか? 遠慮なく言ってくれ」
安堵したユウリはカノンを見つめつつ問うた。
するとカノンはいつもの満面の笑顔になった。すぐにがばっと起き上がり、ユウリの背中に手を回す。
「お気遣いありがとですユウリ君! わたしはこの通り正真正銘の無事です! 命中の寸前に後ろに体重移動して、勢いを殺しましたから!」
ユウリを抱きしめつつ、カノンは朗らかに喚いた。
(ちょっ……! またこんな密着体勢にっ……! こいつには羞恥心ってものがないのかよ)
耳を心地よく揺らす鈴の音のような声と、女の子特有の甘い香り。ダブルパンチをもろに食らうユウリは、かあっと顔が熱くなるのを感じる。
「……うん。なんだか反応に困るシチュエーションね。ケイジ先生。こういう時私はどう対処すべきでしょうか。未熟な私には判断ができかねます」
「焦る必要はないぞ、フィアナ。邪魔をするほうが無粋ってものだ。お似合いの二人が、気の済むまでやらせるのが男の心意気ってやつだ」
冷静なフィアナの質問に、達観した調子でケイジが答えた。
「うふふ。ではではお二人のお許しも頂けたことですし、思う存分、誠心誠意、わたしはわたしの宿願を果たしに果たしまくるとしますか!」
幸せいっぱいに叫ぶと、カノンはいっそうユウリを抱きしめる力を強めた。
「待て待て、ストップストップ! あんたたちみーんなおかしいって! ほんっと頼むから! 俺の意思も尊重してくれよ! お願いだ!」
ユウリの心からの叫びが砂漠に響き渡った。