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第26話

 学園を卒業し、大学進学と同時に俺は美玲の専属マネージャーになった。

 彼女はアイドルで、俺にとっても大切な存在だが、時折、その関係を離れて一人で考える時間が欲しくなることもある。

 今がまさにその瞬間だった。


「珍しいな、直哉。お前のそばに美玲がいないのは」


 声をかけてきたのは門真さんだった。


「四六時中、美玲と一緒にいるので、たまには一人になりたいときもあるんですよ」


 そうかと言って、門真さんは無糖の缶コーヒーを持ってきてくれた。俺はそれを開けて、一口飲む。


「まあ、俺もそんな感じだ」

「門真さんはステラノヴァを統括しつつ、莉子の世話もしないといけないのは大変ですね」

「これが俺の選んだ道だからな。そこまで気にしていない。……それで、直哉、お前は美玲との将来をどう考えている?」

「――すべてこいつの中に書いてある筋書き通りに」


 俺は颯真の残した不思議な手帳を取り出し、目の前に差し出した。


「……そうか。ありえない結末を作り出してしまった責任があるから、か?」

「それもそうですけど、前世ではぐうたらしたことが理由で失ったものが多くて……。もうあの過ちを繰り返したくなくて……。

 だから、この手帳に書かれた道を外れないようにしてるんです」


 なるほどと、門真さんは答える。


「――まだ誰にも話してないんだが、近々蒼司として新しい道を歩むことになる。

 もともと、このゲーム世界の結末はお前と同じ、幸福なエンディングだったんだ。

 だから、門真という名前に固執する意味はないんだよ。

 ただ……そうなるには少し面倒な手続きが必要だ。呼び方は今まで通りで構わないけどな」


 確かにそれはそうだ。


「でも結婚なんて、どうしたんですか、門真さん?」

「莉子が、アイドル活動は潮時と感じていると言ってたんだ。

 俺も正直、彼女の引退を見守るのは寂しいと思ったが、彼女自身が前に進みたいと強く思っているのなら、俺もそれを支えたい。

 ……それに、俺自身もいつまでも現状に甘んじるわけにはいかない。

 彼女の新たな道を一緒に歩むことで、俺もまた新たなステージに立ちたいと思ったんだ」

「新たなステージ……。門真さんみたいな仕事をやっていきたいと思っているんですね」

「だから、俺は莉子の願いを叶えてやりたい。それに新メンバーも入れようと思っている」

「えっ? それって初耳ですけど」


 缶コーヒーを半分飲み終わったあたりで、門真さんが言うので驚いた。


「俺と莉子が導く予定の新米アイドルだ。彼女を妹分としてステラノヴァに入れて、活動させてみたい」

「なるほど……。うまくいくでしょうか」

「どうだろうな。やってみなければわからんが……。するからにはしっかりと導くつもりだ」


 ☆★☆★☆★


 虹架市の定期ライブで、ステラノヴァの莉子はアイドルの一線を退くことを発表と同時に、新メンバーを発表した。

 莉子は自分が退く理由をしっかりと説明したので、ファンは惜しみながらも前向きなエールを送る。

 そして、莉子が連れてきた新たなメンバーは、熱心な莉子のファンでアイドルになることを常々言っていた少女だという。


「えっと……。リーコさんとっ、い、入れ替わる形で、ス、ステラノヴァの新メンバーになりました……ヒナユイです!」


 彼女は大きく息を吸い込み、一瞬で顔を赤く染めた。


「こ、これから一生懸命頑張りますので、よろしくお願いしまひゅっ! ……あ、噛んじゃった……」


 会場にいたファンは、そんな彼女の初々しさを温かい拍手で包み込んでいた。


「あっ、でも。私は貴方達と出会うことができるから、私のファンだった人たちは私とヒナユイちゃん、両方よろしくお願いいたしますわ!」


 莉子はもう自分の将来を決めたんだと改めて実感した。

 だからこそ、俺も美玲との将来を真剣に考えなきゃいけない。

 でも――転生前の俺は、何度も未来を見誤った。失ったものを取り戻せないことも知っている。

 だからこそ、今度は間違えたくない。美玲と築く未来は、俺にとって唯一無二のものにしなきゃならない。


 ☆★☆★☆★


 ステラノヴァにヒナユイこと、日向結衣ひなたゆいちゃんを迎えてしばらく経った頃。

 莉子が門真さんとの子供を身ごもったと俺たちに話した。

 結衣ちゃんを入れたのは、お互いに我慢できなかったんだろうと、なんとなく察してしまった。


「なあ、美玲」

「なに、直哉」


 莉子の妊娠報告を受けた日の夜、美玲を自分のベッドに招き入れ言う。


「これから、俺たちはどうする……じゃなかった、どうしていきたい?」

「………そうね」


 美玲は一瞬、ためらうように視線を逸らした。

 彼女のその沈黙に、俺の心臓がひとつ強く跳ねる。

 俺は何を望んでいるのか、彼女もまた同じことを考えているのか、それがわからなくて。


「いつまでもこのままではいられないわよね」

「あぁ。俺はそう思っている。でも……アイドルを辞めるっていうのは、美玲にとって簡単な決断じゃないだろ?」

「そうね……。ファンのことを考えると、踏み出せないの。でも、いつかは決断しなきゃいけない。私がアイドルを辞めたら、直哉はどう思う?」


 俺は何も答えられなかった。


「……難しい話よね」

「そうなるな。でも前に向いていくのなら、このまま結婚とかどうだろう?」

「結婚……か。それだったら、莉子と同じように誰か連れてきたほうがいいかしら。

 ……本当はね、私も怖いのよ。アイドルを辞めた後、何が残るのか。それでも、直哉と一緒なら、私も新しい道を見つけられる気がするの」


 美玲も、このままアイドルを続けることは難しいと思い始めてきたらしい。

 彼女がそれを公にはしていなかったとしても、代表もその気配を察しているようで、新メンバー募集をかけていた。

 実際、ステラノヴァの現メンバーが入れ替わるなら、グループ名を変える可能性もある、と代表は以前言っていた。

 ――しかし、代表はついに総入れ替えを宣言し、ステラノヴァの新体制を発表したのだ。

 莉子が連れてきた日向結衣に加え、風間ひより、神楽ひかりという新人たちを加えることになった。


「代表が新しいメンバーを見つけてきたんですか?」

「そうだ。メンバー募集をかけて応募してきたのが彼女たちだ」

「なるほど。……ということは、華恋と美玲を外す準備が整ったということですか?」

「あぁ。ただし、しばらくは彼女たちがサポート役として新メンバーを支える形にする」


 俺の問いに、代表は淡々と答えた。


「それならば、彼女たちも自分の進むべき道を見つけられるだろう?」

「そうですね……。あぁ、いや、不満があるわけではないんです。ただ、決断が早いなと思っただけです」


 俺は代表の鋭い眼差しを感じ、慌ててフォローを入れた。


「実は華恋も次のステージに進みたいと言っていてな。美玲も同じように感じているんじゃないかと思ったのだ」

「そうだったんですね」

「そこでだ、桐生君。美玲と華恋を、アイドルとしてではなく、次のステップへ進む彼女たちをサポートしてくれないか?」

「それが俺の新しい役割ってわけですね?」


 代表は、しっかりとうなずいた。

 どうやら、ステラノヴァは新しい光を放つ一方で、古い星が消えるのを見届けることになる。

 それでも美玲の決意が固まれば、彼女の未来はまだこれからだ。

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