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第24話

 ……思えば色々あったな。

 この一年は、期待していたほど大きな出来事は何も起きず、穏やかに過ぎていった。

 俺と美玲は同じ大学に合格できて、これからも一緒にいられることが決まり、お互いに喜びあった。

 そして、卒業式前の登校日に俺と美玲は思い出がある学園内を歩いていた。


「俺たちの教室、だな」


 窓際の席は午後のやわらかな光に包まれていた。

 もう誰も座ることのない空席が、俺たちが過ごした日々を物語っているかのようだった。


「ええ」と答える美玲の瞳には、どこか懐かしさと哀愁が混じっているようだった。

「美玲、どうかした?」

「……ううん。ただ、もうこの教室に戻ってくることはないんだな、って少し寂しくなっちゃって」


 思えばここから始まった。

 俺がこの教室で、美玲に呼び出され、生徒会広報として生徒会に入ることになる。


「あの時の美玲は、きつそうな雰囲気をしていた覚えがあるよ」

「メガネを掛けていたし、そう見えたのかもしれないわね」


 そこから二年も通い詰めた生徒会室。

 今では、新メンバーが美玲の残した意思を受け継いだ生徒会長がみんなを引っ張ってくれると信じている。

 三島のような権力を掌握して、好き勝手に変えてやろうということが起きないことを願って――。


「……ねえ、直哉」

「うん?」

「三島と神崎の企みを粉砕したあと、神崎はどうなったのかしら」

「三島は卒業できたらしいけど……まあ、想像通りって感じかな。神崎は……どうだろう。鹿伏兎先生に聞いてみるしかないかも」


 そうして、俺と美玲は職員室へ向かった。


「神崎? ……あぁ。月舘に企みを木っ端微塵にされ、文化祭終わりまで出席停止処分にしたろ?

 そのあと、一週間ぐらい学園に来なかったんだよ」

「そうだったんですか」

「久しぶりに登校した神崎は、坊主頭になっていてな。どうやら、近所のお寺で心を洗っていたっていうんだ」

「改心したってことですか?」


 美玲が少し驚いた顔で口を開いた。


「……そうなるな」と、先生は小さく頷いた。

「だから、受験で抜けることになったお前たちの代わりをやらせてみたんだ。

 ……そうしたら、監査も必要ないぐらい品行方正な挙動になっていてな。俺がびっくりしたぐらいだ」

「とすると、神崎はここを卒業したらそのまま、そのお寺の厄介になるってことに?」

「らしいな。時折、自分の過ちに苛まれるらしく、しばらくは学園に来たり来なかったりだった。

 安定してからは毎日来るようになって、無事卒業ということだ。結構ギリギリだったが、俺がなんとかしてやった」

「さすが鹿伏兎先生!」

「婆様の教えさ、こういう奴ほど救いを求めてる。だから手を差し伸べてやれってな」


 先生は肩をすくめて笑った。


「まあ、俺だってその教えにしたがってるだけだが、これが意外といい感じにいくんだよ」と、目を細めて言った。

「あぁ、そうそう。桐生、月舘。お前らは二年間よく頑張った。生徒会を担当する教師として、最高の賛美を送りたいぐらいだ」


 そして思い出したかのように俺たちににこやかな表情で言う。

 鹿伏兎先生の言葉に、少し感動を覚えた。


「次の生徒会もしっかり見届けるさ」と、鹿伏兎先生が言い終えたあと、美玲が俺の方を見上げて笑った。

「私たちの役目は終わったね、直哉」

「そうだな、でもこれからが本当のスタートかもな」


 ☆★☆★☆★


 職員室を出た俺たちは、詩乃の図書室へと向かった。

 今では詩乃の代わりの図書委員長が、この図書室の長をしている。

 詩乃が卒業するまでの間、時々新しい委員長を指導していたのだという。


「直哉はここで詩乃と暁颯真っていう人と、私の秘密を守るために打ち合わせをしていたって聞いたわ」

「あぁ。詩乃は、土曜日に時々登校してこない美玲を疑問に思って調べたら、『ステラノヴァ』に行き着いたらしい。

 そこで美玲とミリィの関係性に気がついたと言っていた。だから、美玲の秘密を守るために、俺と颯真に協力を申し出たんだ」

「その、颯真って人って誰だったのかしら。どうしても思い出せないのよ」


 美玲は言う。それはしょうがない。

 あいつは、三島と神崎の企みを粉砕したあと、かのように姿を消したのだからな。

 颯真のことを覚えているのは、この学園内では俺だけになってしまった。


「あいつは、不思議な男だったよ。いつも何かに縛られているような、浮かばれない地縛霊みたいな奴だった」

「うわあ……不気味ね」

「でも、害を与えるような存在じゃなかった。むしろ、俺たちを守ろうとしていたんだ。自分ができなかったことを、俺に託して……。

 それが果たされると、颯真は消えてしまった。まるで、最初から存在していなかったかのように」


 俺は空を見上げ、颯真が最後に消えた瞬間を思い出していた。

 あの時、彼は微笑んでいた――すべてを解き放ち、ようやく自由になれたように。


「そうなのね……」


 美玲の声が少しだけ遠く聞こえた。

 最後に向かったのは、文化祭でライブステージをやった中庭。

 今年度の文化祭も、ステラノヴァを呼んでライブステージをやった。


「それぞれ異性のパートナーがいるステラノヴァは、文化祭のスターだったよな。歌いながら舞い踊る姿に、みんなが釘付けだった」

「そうね。門真さんが激しい踊りをやめてくれたおかげで、私は安心してステージに立てたわ」

「……でも、ずっと気になってたんだ。あの頃の美玲は、自分の変化に戸惑ってるようにも見えたけど、あのステージで何か変わったのか?」


 美玲は一瞬目を見開き、そしてゆっくりと微笑んだ。


「そうね……あの時、自分がどう見られるかって、すごく怖かった。でも、ステージに立ってみて分かったの。

 私たちが輝くのは、誰かに見てもらうためじゃない――自分たちのためだって」


 俺は思わず美玲の表情を見つめていた。

 彼女が自信に満ちた笑みを浮かべる姿は、俺の記憶に強く刻まれている。


「……でも、そういうところに目が行くのは、なんか男の子って感じよね、直哉」


 美玲が少し呆れたように言うが、その瞳にはどこか温かさが滲んでいた。


「すまん」


 即答する俺に、美玲はクスッと笑った。


「ふふ、直哉がそういうのを気にするのは分かってたから、言ったのよ。でも……ありがとう」

「え?」

「ステージで自分を見せるのは怖かったけど、直哉が見てくれてたから、最後まで笑顔でいられたんだって、今なら思うの」


 美玲の顔が少し赤くなっているのを見て、俺も不意に胸が熱くなった。


「……俺は、美玲があのステージで輝いていた姿を忘れないよ。あの時、お前が自分の力で変わったんだって分かったから」


 美玲は驚いたように目を見開き、そして小さく頷いた。


「ありがとう、直哉。でも、変わったのは私だけじゃないよね?」

「え?」

「あなたも、あの時から少しずつ変わっていたのよ。自分の意志で道を選び、そして……今、こうして私と一緒にいる」


 俺は彼女の手を握り返し、静かに微笑んだ。


「これからも、俺たちは変わり続ける。お互いに支え合いながら、な」

「うん。これからも一緒に、ね」


 柔らかな風が二人の間を通り抜け、桜の花びらが舞い落ちる。

 美玲の笑顔は、春の日差しの中で眩しいほど輝いていた――俺たちの新しい未来を、明るく照らすように。

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